ビン子のお尻にッ! グサリ! あん♡ ドビュ! いくぅ♡ ……と、なるはずだった。
悩むオオボラめがけて、触手がビュルビュルッと卑猥な音を立てながら伸びてくる。
オオボラは咄嗟に身をひねった。
顔のすぐ横を、ぬらりと通りすぎる触手──その表面には、無数の万毛たちのヒダヒダがうごめいていた。
──気持ちワルッ!
だが、オオボラはすぐに異変に気づく。
伸びた触手の先にある“狙い”に。
──タカトか!
いま、タカトはビン子を背負っている。
万命拳で習った回避法『至恭至順』でかわすのは……不可能!
というか、タカトにそんな芸当ができるわけがない。
しかも、この触手は通常の攻撃じゃない。
万毛のヒダヒダが巻きつき、パワーも毒性もケタ違いだ。
この一撃がタカトに命中したら──
即! 妊娠確定である♡ アン♡
当然、タカトも気づいた。
自分めがけてビュルビュルと伸びてくる触手に──!
だが、今のタカトには武器がない。
何しろ両手はビン子の太ももをギュッと抱え込んでいる。重い!重い!重すぎる!
そんな状況じゃ、触手を払うどころか、手を動かすことすらできなかった。
――なら、どうする!どうする俺!?
タカトの脳内コンピューター“腐岳”が高速演算を開始。
腐岳だけに、臭いニオイは大好物。
いつもより余計に回っております!!(染之助・染太郎風)
チーン!
コ……これしかない!
腐岳は解決策を導き出した。
触手の先端はカリ頭!すなわちアレだ。
ならば、その対処法は──
よける!
――そんなの解決策になっとらんわ!
タカトは心のツッコミを必死に抑える。
だが触手はすぐそこまで迫っている。
一刻の猶予もない!
そこでタカトはくるりと回転した。
まるでフィギュアスケートのスピンのように。
その場でクルリ!
そして触手に背を向けたのだ!
え? よけてない?
いやいや、これでいいのだ!
タカトの背には眠れるビン子。
しかもおんぶしているため、お尻がちょこんと突き出ている。
――まあ、こいつの尻には脂肪がたっぷりあるから大丈夫だろう!
……というか、カリ頭というものは本来、女に突っ込むもの!
だから妊娠しても大丈夫!
って、んなわけあるかいッ!
(この瞬間、世の女性たちの怒りの声が聞こえてきそうだ……ということで、クレームは作者ではなくタカト君にお願いシャス!)
そう!この男──こともあろうに、ビン子のお尻を盾にしたのだ。
最低最悪!
男の風上にも置けない、卑劣極まりない行為である。
でもって、ハナゲの触手が──
ビン子のお尻にッ!
グサリ! あん♡
ドビュ! いくぅ♡
……と、なる。
──はずだった。
少なくとも、タカトはそう思っていた。
だが、待てども待てども、ビン子は動かない。
「あん♡」どころか、「う……ん」すら言わない。
それどころか、いまだにスースーと寝息を立てているではないか。
――これは……どういうことだ?
おかしい。
オオボラを襲ったカリ頭の動きは、あれほど俊敏だった。
狙った相手に一撃必中、まるで神の矢。
そのカリ頭が、よりにもよってビン子のケツの穴を外すなんて……あるか?
なのに、なぜ反応がない──?
タカトは、恐る恐る背後を振り返った。
そして──見た。
そこには──
ぞ〜うさんの鼻のように、ふにゃりと……ではなく、なぜか直角に頭を垂れたカリ頭が!
しかもその触手は、ビン子に突き刺さる寸前で、ピタリと動きを止めていたのだ。
……だが、その様子がどうにも妙だった。
どこかピンと背筋を伸ばし、礼儀正しく距離を取っている。
まるで、女性をダンスに誘う王子様のような立ち居振る舞い。
それはもはや──触手とは思えぬ、ジェントルな佇まいである。
思わずほれぼれしてしまうような、気品すら漂っていた。
(……触手だと思わなければ)
モテる男ってのは、だいたいこうだ。
エロスの前にエレガンス。欲望の前に礼節。
それがモテ道の真髄なのである。
いうなれば、どこぞの最低最悪の卑劣野郎とは対極の存在なのだ。
タカトはそれを見て、なぜか胸がモヤついた。
――なんか……負けた気がする。
まさか、自分が触手にまで“品格”で負けるなんて思わなかった。
我ながら、情けなさすぎて笑っちまう。
そんなジェラシー混じりの想いが、ふと記憶の片隅を刺激する。
「そういえば……珍毛って、確か“女たらし”の性格だったよな」
……って、それ、ただの負け惜しみじゃねえかよ!www
だが、そのひとことに──
オオボラの眉が、ピクリと動いた。
なるほど。たらし込む性質があるなら、これだけの雌の万毛を侍らせてハーレム状態を作っていたのも、妙に納得がいく。
──いや、待てよ。
「タカト。お前、それって……“雌”の範疇に、人間の女も入るってことか?」
「ああ。確かこの種の魔物は、相手が“女”だった場合は、種族問わず手を出さなかったはずだ。だからビン子のケツにも突っ込まなかったんだろうな……」
つまり、珍毛は相手が“女”であれば攻撃しない。
そして、その命令を受けた万毛たちも、同様に進路を譲る。
──なるほど、筋は通る。
オオボラは「ふむ……」とうなずいた。
これで一つの仮説が成立する。
かつてこの洞窟に入った二人組。
そのうちの一人は“女”で、珍毛たちに無害と判断され、無傷で通過した。
だが、もう一人は──“男”。
容赦なく殺された。
……それが、あの骸骨の正体。
しかし、オオボラは眉をひそめる。
気になるのは、その“男”のほうだった。
骸骨の残骸から察するに、どうやら一度きりではなく、複数回この洞窟を通っていた形跡があるのだ。
だが、それはおかしい。
珍毛の制圧指標は【27】。
対応戦力等級25の自分ですら手を焼くレベル。
さらに、合体魔獣となった巨大なハナゲともなると、制圧指標は【38】……これはもう、倒すどころの話ではない。
ましてや、タカトにいたっては対応戦力等級【1】。もう、存在がギャグである。
そして、問題の骸骨。
周囲に散らばっていた衣服の切れ端からして、守備兵のような武装も装備もない。
明らかに、戦闘訓練など受けていない一般人──タカトと同じ、ずぶの素人だ。
対応戦力等級は、せいぜい【5】。
素人に、ほんのちょびっと毛が生えた程度。
そんな男が、どうして何度もこの洞窟を通り抜けられたのか?
どうやって──珍毛たちの目をかいくぐった?
どうやって──この“性別ジャッジ地獄”を生き延びていた?
オオボラの中で、もやもやと漂っていた違和感が、じわじわと形を成していく。
──奴らを抑え込む“何か”がきっとある。
それを使えば、珍毛たちの動きを封じることができるはずだ!




