ぞ〜さん♪ ぞ〜さん♪
だが、それぐらいのことで──オオボラの心が躊躇するはずもない!
目の前に転がった万毛の上に、容赦なく足を振り下ろし始めた。
「くたばれ!」
「このクソビッチがぁああ!」
そのたびに「ブシュゥッ!」という湿った破裂音が響き、腐りきったヨーグルトのような異臭が周囲に立ち込める。まるで地獄のゴミ箱をひっくり返したような臭気だ。
オオボラは、「やるべきことは徹底的に」を信条としている。善悪など関係ない。ただ、自分の中の「筋」を通すだけの存在だ。
さすがにその無慈悲な行動に、タカトが声を荒げた。
「オオボラ! やめろって!」
万毛は魔物とはいえ、生きて動いている生物だ。
珍毛をかばっていた、あのけなげな姿を思えば、蹂躙には心が痛む──と思いきや、どうやら違った。
「アホかお前! ここは洞窟の中だぞ! 空気が流れねぇんだよ!」
タカトはゴシゴシと目をこすりながら、しかめっ面で叫んだ。
「お前のせいで、目がシバシバするし……喉までイガイガすんだよ!」
腐臭が洞窟内にこもり、まるで毒ガス室のような有様になっていたのだ。
どうやら、オオボラの目もシバシバしてきたらしい。
鼻をひくつかせながら、振り上げかけた足を渋々と下ろす。
「なぁ、タカト。こいつらって、どれくらいここにいたと思う?」
「この数だもんな……完全に住みついてる。数年、いや、十年単位かもな」
オオボラは無言のまま、うごめく万毛たちがうず高く積みあがった山を睨みつけた。
それはすでに、小山のように通路を塞ぎ、行く手を完全にふさいでいる。
「──ったく。まずはこの山をどうにかしねぇと、先に進めねぇな……」
足元には、すでに絶命した数体の万毛の亡骸。潰された体からは、腐臭混じりの体液が岩肌に広がっていた。
その匂いに誘われたのか、あるいは仲間を惜しんでか──万毛の山の奥から、珍毛の触手がひときわぬらりと現れた。
カリ頭を震わせながら、名残惜しげに、ぬるぬると這い出てくる。
「ブスリッ!」
オオボラは情け容赦なく、刃をその頭に突き立てる。
白濁の体液がドビュッと噴き上がり、なおも痙攣するカリ頭に、彼は軽蔑の唾を吐き捨てた。
その時だった。
唾を吐かれたことへの怒りか、それとも仲間たちを殺されたことへの報復か──
ねばついた液体をしたたらせながら、カリ頭が静かに立ち上がった。
それはまるで──蛇が鎌首をもたげるかのよう。
いや、動いていたのは触手だけではない。
目の前の万毛たちの山全体が、むくむくと蠢き始めたのだ。
みるみるうちに、毛と肉がうねりながら形を変えていく。
巨大な山から生える四本の脚。
そして、その先端からぶら下がるは、カリ頭のついた触手!
──もしや、これは……!
オオボラは目を見張った。
そう、目の前に立ちふさがったのは──
洞窟の天井に届かんばかりの巨体を誇る、
毛と肉で構成された、もふもふでヌルヌルの──
……“ぞ〜さん”であった!
──って、しんのすけかよ!!
オオボラの自分ツッコミも束の間、背後からタカトの叫び声が飛ぶ。
「オオボラ、気をつけろ! そいつは合体魔獣──『ハナゲ』(制圧指標38)だ!」
「象じゃなくてハナゲかよッ!」
言った瞬間、自分でもツッコミがすべった気がして、オオボラは内心で後悔した。
──くそっ、こいつのせいでテンポが崩れた。
というのも。
切れかけていたはずの触手が、いつの間にか元の勢いを取り戻していたのだ。
よく見ると、裂けた触手の断面に、無数の万毛たちがワラワラと群がっている。
彼女たちは、手足のようなヒダヒダを器用に使い、断面を必死に押さえていた。
まるで──傷口に殺到する白血球のように。
オオボラは、その再生しかけた触手……いや、鼻……毛を、間一髪でかわした。
というか……彼の足が滑っていたのだ。
ツッコミじゃなくて。
「──来るぞ!」
タカトの声と同時に、ハナゲのカリ頭がビュッと伸びた!
ヌル光をまとった触手が空気を裂く──「ビュルビュルッ!」という効果音が、もはや卑猥以外の何物でもない。
「クソがァ!」
オオボラは、腕ほどもある触手をギリギリで回避。
横っ飛びに地を転がりながら、すかさず跳ね起きる。
「喰らいやがれッ──万命拳・裏奥義ッ!」
気を一点に集中、抜刀と同時に雄叫びが響いた。
「『仏の顔も三度斬り』ィィッ!!」
ズバンッ! ズバンッ! ズバンッ!
三連撃が一瞬のうちに繰り出され、カリ頭の先端が短冊のように裂け飛ぶ。
白濁の体液がドロドロと火山のごとく噴き上がった!
──だが。
「効いてねぇ!? てか、すぐ再生してやがる!」
切り裂かれたはずのカリ頭が、万毛どもによって即座に補修されていく。
ヒダのような小さな手足がわらわらと伸び、断面を接着剤のごとく塞いでいく様は、まるで肉の工場。
見ていて気持ち悪いことこの上ない。
「おいタカト! どうやって倒すんだコイツ!」
「言ったろ!? あいつは“合体魔獣”なんだって! パーツが全部、万毛でできてんだよ!」
「知ってるわッ!!」
次の瞬間、ズズズ……と地響き。
ハナゲの巨体が四本脚でバウンドしながら迫ってくる!
「でけぇ! しかも跳ねるなッ!!」
その場を転がって回避したオオボラの目の前で、カリ頭の先端からズルリと“鼻水”が滴った。
ねっとりと糸を引き、酸っぱいような刺激臭を放つ謎の粘液だ。
「うっ……くっせえぇぇぇ!!」
「あれ、猛毒『スルメドリップ』だぞ! 一度浴びたら──“男でも妊娠する”からな!」
「なんだそのバフでもデバフでもない忌々しい効果はァ!!」
状況は最悪。
切っても切っても無限再生、臭気は毒ガス級。まさにジリ貧。
「なあタカト、弱点はないのか? 鼻の穴か? それとも乳首かッ!?」
「違う! 本体は──“珍毛の金玉”だ!!」
「どこだよそれ!! この象に金玉なんてねぇぞ!」
「まあ、万毛の集合体だし、おそらく“メス”なんだろ……」
「今! そんな生物学的分析いらねぇわァ!!」
「いいから聞け! あの巨体の中心、最奥に本体の金玉があるはずだ! あいつが命令出してるんだよ!」
「つまり、そいつだけをぶっ叩けば……!」
オオボラは周囲を睨みつけた。だが、どこだ──どこにある?
巨体のどこかに、本体の“金玉”があるはずだ。
だが、この肉と毛の山を前にして、それを狙える術が──ない。
──どうやって、あの珍毛の金玉を叩けっていうんだよ!
オオボラは悩んだ。




