ミズイ再び……いや、三度!
そこは──かつてタカトが魔豚・ダンクロールと死闘を繰り広げた、あの場所だった。
広場の中央には、かつてダンクロールが崖にぶつかって崩れ落ちた巨大な岩が、今もそのまま転がっている。
その岩に──黒いローブの人影が、ゆっくりと腰を下ろした。
ローブの裾が風に揺れ、草の音すら吸い込むような静けさが、辺りを包む。
「おぉ……お主、久しぶりじゃの……」
しゃがれた、しかしどこか艶のある声が響いた。
ローブの隙間から、金色の瞳がのぞく。
それはまるで、夜闇の中でも獲物を見逃さぬ猛禽の目──
じっとタカトを射抜くように、見つめていた。
しかし、タカトは──この顔、いや、この圧の強さにどこか覚えがあった。
……しばしの沈黙。
眉をひそめ、目を細め、首をかしげて……そして──
「あっ! あの時のババァ!」
「ババァではないわぁあああッ!!」
ローブの人影──ミズイが立ち上がって大絶叫。
「ミズイじゃ! ミズイ! “鑑定の神”ミズイさまじゃ! というか! さっさと思い出さんかい、このスットコドッコイがぁああッ!」
その迫力に、あたりの木々がびくんと震えた……ような気がした。
──だが、タカトは完全スルー。
むしろ隣のビン子と顔を見合わせ、
「あーあ、また出たよ」「またあのババァだよ」
と、まるで幽霊か害獣が現れたかのようにヒソヒソと話し出す始末。
だが、オオボラがとっさにミズイの前で膝をついた。
……この所作、どこかで見覚えがある。
そう、ヨークと同じだ。
すなわち、神に対する畏敬の念を示す正式な礼法なのである。
「神様でしたか。ご無礼、深くお詫びいたします」
オオボラの低い声に、ミズイは満足そうに頷いた。
「よいよい……礼儀正しき者には、こちらも穏やかになれるものじゃ」
――おい、さっきまで「ババァではないわ!」と叫んでたよな! お前!。
そんなツッコミを心で飲み込みつつ、オオボラは表情を崩さずに尋ねる。
「それにしても、神様。こんな森の奥地に、何のご用でしょう?」
そう、ここは人の気配など皆無の森の中。
神がわざわざこんな場所に現れる理由とは──
一瞬、オオボラの頭に「人目を避けていたのでは?」という疑念が浮かぶ。
だが、それはすぐに打ち消された。
──もし本当に隠れていたのなら、自分たちの気配を察した時点で、すでに姿を消していたにちがいない。
それなのに、この神は──
あたかも“待っていた”かのように、ここに立っていたのだ。
ミズイはローブの隙間から、鋭い金色の目でタカトをにらみつけたまま言った。
「なに、そこのガキが──あの邪魔なダンクロールを倒してくれた礼をしようと思ってな」
「……なんでババァがそのこと知ってんだよ!」
ミズイはニヤリと口元をゆがめ、からかうように続けた。
「お前──神様に“求愛の舞”を捧げたであろうが? 『チンチンコロコロ〜〜〜〜! ちんころろ〜〜〜〜〜!』となwww」
ぐっ……!
た、確かに……
タカトはダンクロールの死体のまわりで、喜びを爆発させる“謎の舞”を踊っていた。
だが、それはあくまで、勝利の喜びを表現しただけ──のはずだった。
「あの舞、マジで“求愛の儀式”だったのかよ……」
タカトの顔から、みるみる血の気が引いていく。
知らなかった。
いや──知りたくもなかった!
「でな、お前の求愛を……受け入れてやってもよいと思ってな♡」
そう言って、ミズイの頬がほんのり紅に染まる。
褐色の肌に浮かぶその色は、どこか乙女のようで──
……ちょっとだけ、かわいい♡
だが。
「いやだッ!!!」
タカトは即答、というより即絶叫した。
──アホか! 頬が染まろうが、関係ねぇ!!
見た目はどう見積もっても、八十オーバーのババア!
腰は曲がってるし、顔はしわっしわ、魔女どころか“干からびたレディーカーネーション”じゃねーか!
もし、こんなのと一緒に寝たりしたら、俺の『立チンぼ』が魔の生気に侵されてイボガエルに変わっていたりとか……
笑えねぇ! マジで!
そんな魔女系ババアに
「付き合ってあ・げ・る♡」とか言われて
「うれピィ♡」なんて返す男がいたとしたら……
……そいつはもう、“勇者”でも“男”でもない。
ただのベロベロチューリップ以下の存在である。
だが、ミズイは話を変えた。
「まぁ、それはそれとしてな……実はちょっと、また生気が切れてきたもんでな……」
物欲しそうな目で、じっとタカトを見つめる。
──あの顔は……またおねだりか?
コンビニの前で倒れていたミズイに、タカトは気の毒に思い、有り金はたいて命の石を買ってやった。
――だが、あのババア──礼も言わずにとんずらこきやがった。
いや、礼は来たのか……第一の門に向かう途中で、鑑定スキルを授けに現れたのだ。
だが、タカトはすでに上位スキルを二つ持っていたらしく、何ももらえなかった。
結局、何も渡さず、何ももらわず、そのまま消えた。
今にして思えば……
──いったいあのババア、あの時何しに来たんだよ!?
それなのに、また三度もタカトの前に立ちふさがる。
しかも、物欲しそうな顔で。
思わず後ずさりしながら、タカトはズボンのポケットを押さえた。
「俺、今、金ねぇぞ。もう命の石なんて買えるほど持ってないって!」
ビン子にはすぐにわかった。いや、ビン子じゃなくてもわかるけどwww
タカトのズボンの中には明らかにお金が入っている。
ただ、どんなに多めに見積もっても、大銅貨2、3枚(200円、300円)程度が関の山だろう。
それでもタカトにとって、そのわずかな大銅貨は命に匹敵するほど重いものだった。
「ないないない! 絶対に持ってない!」
必死で後ずさりしながらそう抵抗するタカト。
そんな彼を、ミズイは鼻で笑う。
「お前の小遣いなど、期待しておらんわ!」
そして怪しく笑みを浮かべ、一つの提案を差し出した。
「お前たち、小門を探しておるのだろう。その場所、教えてやってもいいぞ」
ミズイの言葉を聞いた瞬間、タカトの顔がぱっと明るくなった。
「本当かよ、ババァ!」と思わず口にする。
これまでの苦労(?)が一気に報われるかもしれないのだ。
もし小門が見つかれば、伝説のキーストーンを手に入れて、一攫千金の夢が叶う――そう信じて疑わなかった。
「だから言っておるだろう! ババァじゃない! ミズイじゃ! ミ・ズ・イ!」
ミズイは少し甲高い声で言い返す。
まるで幼女が甘えているように手をバタバタさせるその姿は、どこか可愛くも見えた。
──だが、見た目は明らかにババアである。




