やっぱり……ないか……
小門を探しに入った森の中
まだ朝だというのに、薄暗い森の影が三人の視界を遮る。
行けども行けども、そこは延々と続く緑の世界だ。
鳥たちは侵入者を拒むかのように、鋭く鳴き立てる。
「チンコロコロ……オマエノ……チンコロ~コ~ココロ」
その声に腹を立てるように、オオボラが振るうナタの音が荒々しく響き渡った。
もしかしたらオオボラさん……アレが小さいとか?
いや、腹を立てているのはチンコロ鳥たちにではない。
一番後ろをのうのうと、頭の後ろに手を回して歩いてくるタカトに対してだ。
実は、数か月ものあいだ、森に5回も分け入っているが、いまだに小門の場所は見つかっていないのだった。
「やっぱり……ないか……もう、そろそろあきらめようぜ」
タカトが退屈そうに、きょろきょろとあたりを見回している。
どうやら──すでに“小門”への興味は失せかけているらしい。
今や彼の関心は別のところ。
森の中に、融合加工に使えそうな素材は落ちてないか……と、地面ばかりをジロジロと見ている。
「お前な、あきらめるのが早いんだよ!」
そんなタカトをよそに、オオボラは目の前の茂みを、鉈でガシガシと切り拓いていく。
ガサッという音と共に、太い枝が黒く焦げた地面に落ちた。
……そう、ここは数か月前。
権蔵の“ヨガファイヤァー”が炸裂した、あの現場である。
……え? 意味がわからない?
よろしい、では少し丁寧に説明しよう。
かつて、タカトは万命寺に献上する肉を調達すべく、この森に入った。
そのとき仕留めたのが、あの魔豚・ダンクロールだったことはすでに話したとおり。
だが──
タカトはそのダンクロールと遭遇する“前”に、あるものを見つけていたのである。
それが……
魔草花『レディホールカーネーション』、
『ベロベロチューリップ』、
そして──
『立チンぼ』。
……ネーミングが終わっている?
そんなことは、いまに始まった話ではない。
これらの草花、見た目はどれも色鮮やかで可憐。だが──
融合加工の素材としての価値はゼロである。
……にもかかわらず、一部の“筋”からは高値で取引されていた。
その理由は、用途にある。
使い方は、いたってシンプル。
たとえば、『レディホールカーネーション』の花の中に──ええと……男が持っている“円筒状のちくわ”を差し込むだけ。
『ベロベロチューリップ』や『立チンぼ』は、女がその上から“またがる”だけ。
そう、もうお分かりですね?
つまりこれは──
魔草花のオ○ホである。(ぶっちゃけたwww)
ただし、魔草花は魔草花。
魔の生気を含んだ粘液を通して使用者の身体に影響を与え、確実に人魔症を発症させるのだ。
──だからこそ。
人魔症にかかった者たちが隔離されている“人魔収容所”では、
これらの魔草花が、性欲処理用の道具として密かに流通していた。
……とまぁ、そこまでは序の口。
本題はここからだ。
この森には、それらよりも遥かにやばい“逸品”があった。
その名も──
『ぺっ・ヨーテンカ』。
魔草花『ニギリッ屁よん♡淳』と、メキシコのウイチョル族が儀式に用いる幻覚サボテン“ペヨーテ”もどきを掛け合わせた、謎のハーフ植物である。
……つまるところ、半魔草。
半魔草だから、人魔症にかかることはないのだが……
だが、その胞子が持つ幻覚作用は駐屯地一つ分を惑わすほど超強烈。
しかも、中毒性まであるという鬼っぷり。
これを見つけた権蔵は──そりゃもう、火を吹いた。
「ヨガフレイム!!」と。
こうして、この一帯は“聖なる業火”によって黒こげになったというわけだ。
……で、あれから数か月。
今や、焦土だった大地には新たな命が芽吹き始めていた。
タカトは、その若葉たちをじっと睨みながら、
──金になりそうな魔草花はないかと、こっそり探していたのである。
「しかしだな、ここまで探しても見つからないってことは──もしかして、最初から“ない”ってことかもしれないぜ」
……ん? タカト君、見つからないのは“小門”のこと? それとも──魔草花のほうかな?
どうやら、黒く焦げた地面から生えているのは、そこら辺にもよくあるベニシダやイノデばかりのようである。
──ちっ、やっぱり『ぺっ・ヨーテンカ』はなしか……
あれを“幻覚剤”として売りさばけば、大金貨1枚にはなったはず……
(※ただし御禁制品につき──見つかれば即逮捕、もれなく手錠のオマケ付きである)
“ない”と分かれば、急速に飽きていくのがタカトという男。
早く帰りたそうに、きょろきょろと辺りを見回しては、ついにオオボラへの説得を試み始めた。
「なんせ、じいちゃんが言ってた話だからな? ほら、もう年だし、半分ボケてるかもしれんしな……」
ビン子が冷たい目で、じとっと睨む。
──そんなこと言って、私は知らないわよ……とでも言いたげに。
だが、オオボラはまったく諦める気配を見せない。
鉈をぶんぶんと振り回し、次々と茂みを切り開いていく。
「そうかもしれん。でもな──やるだけやってから、あきらめるんだよ」
……その様子を、タカトは呆れた顔で眺めていた。
──なんかもう、めんどくせぇ……とでも言いたげな顔で。
「だいたいそれ、お前だけだろ? 俺はな、頭の中でちゃんとシミュレーションして、最適解を選ぶタイプなんだよ」
そう、タカトなりに言い訳はあるのだ。
だが、オオボラはピタッと振り向き、大きな声で言い放った。
「だから、お前は弱いんだよ!」
──オイオイ。 マジで何をそんなに気負ってんだよ……
だが──
オオボラの目には、ただの意地っ張り以上の何かが宿っている気がした。
オオボラの振り下ろした鉈が、バシィッと音を立てて一本の太い枝を断ち切った。
壁のように行く手を遮っていた枝葉が、ばさりと音を立てて地面に落ちる。
……次の瞬間、視界が開けた。
そこは、森の中にぽっかりと空いた、直径十メートルほどの広場だった。
朝日も届かない鬱蒼とした森の中で、そこだけが不自然なほど静かで──異様だった。
そして、その広場の中央に、ぽつんと立つ人影が一つ。
頭からつま先まで、黒く怪しいローブに包まれている。
顔は深くフードに隠れ、年齢も性別もわからない。
ただ、なぜか……その存在は、“圧”として肌に感じられた。
タカトは、思わず息を呑む。
ビン子は、その人影から目を離せず、ぴたりと足を止めた。
──こいつは……いったい、何者だ?




