頭はフリーズ
今日は金曜日。
待ちに待った週末だ。
金曜日の夜から日曜日の夜までは、俺の最も充実した時間。
録画ためしておいたアニメを見ながら、一人で夕食を食べて、ネットゲームしながら土曜日の朝を迎え、土曜日の昼からは、小説になろうを読んでは、自作ゲームの構想を練る。でもプログラミングのセンスがないから、自分の頭の中だけだ。自分もプログラマーのスキルがあったらなぁ、とは常日頃思う。そして土曜日の夜もまた翌朝までネットゲームだ。日曜日の夜は日が越さない程度に、今度はダウンロードしたスマホゲームでもストーリーを進めておこう。
そうして、またつまらない月曜からの日々が始まるのだ。
俺は何のために生きている?この週末のためだけだ。
そのためだけに日々、精神を無にして、ひたすらつまらない仕事に精を出す。
こうしてるうちに何年たっただろう・・・。
「山田、山田!」
「は、はい!」
「お前また別の世界に行ってただろ?
お得意先の光明商事さんからだ。」
通路を挟んだところの席に座っている俺の直属の上司、鏡原課長から、お客さんからの電話があったことを聞く。
普通、上司より部下が先に外線電話を取るものだが、俺は全く意識がなかった。
いや、退勤してからのことに全神経を集中させていたのだ。
もう5時50分だぜ?当たり前だろう?
「はい、お電話代わりました。山田です。」
何事だろうかと思いながらも、電話を取る。
こんな時間からの発注とかは止めてくれよな、と思いながら。
「山田君、すまないね。ウチ、今日で店じまいするんだ。あんたにはお世話になったから、電話させてもらったんだ。アンタの上司の鏡原さんにもよろしく伝えておいてね。」
一方的に別れを告げられ、電話が切れる。
え?何が起こった?
これって映画?ドラマ?現実じゃないよな?
しばらく茫然としてた俺に、鏡原課長が声を掛ける。
「どした?俺、先に帰るから、何かあったら、また月曜日な。」
「あ、あの・・・」
とっさにこれはマズいと思って引き留める。
「光明商事の社長さんから・・・」
「ああ、さっきのは社長さんからの電話だったな。」
「店じまいにするって・・・」
「は?!」
その大声に社内が一斉に固まる。
静寂が訪れる。
頭の中には、どうしよう、どうしよう、という言葉だけが永遠に繰り返される。
ほんの数秒が何時間かのような長さだ。
「おまえ、あの2億円の機械納品は先週だったな?」
「はい。」
「手形は?」
「週明け取りに行く予定になってます・・・」
「お前、手形もないんじゃ、どうやって回収するんだ?」
「・・・」
当たり前だ。いくらお得意さまでも、手形もなしに納品はマズい。
しかもそのお得意様が逃げてしまったら・・・。
「お前、すぐに光明商事へ行け!」
「は、はいっ」
ビクっとしながらも、消え入らないギリギリの声で返事をする。
2億円、2億円。先月までのの売掛金も合わせると2億5千万円。とんでもない金額だ。。。
なんとか光明商事へ駆け付けたのが7時。当然の予想通りに、シャッターは閉まっている。
ここに来るまでに、鏡原課長から何度も携帯に電話があった。
社長にも報告したが、これは我が社が倒産になるかもしれない事態だという事。予想通り、光明商事の社長はもちろん誰とも電話がつながらない、ということ。
課長の指示通り、向かいのビルから出てきた人に声を掛けてみる。光明商事についてだ。
「あ、ここなら、2週間ほど前からずっとシャッター閉まってましたよ。」
完全にやられた。
これはもう、手遅れとしか言えないだろう。
ほどなくして、課長と社長も現場に到着。
しかし、もうこれ以上、ここで出来ることはなさそうなので、三人で事務所に戻ることに。
車の中は無言の嫌な空気。
事務所に戻ってから、ことの顛末を再び社長に報告、そして報告書を書くように指示される。
社長と課長は別室で話している。部長が会社に戻ってきて、その部屋に入る。少し顔が赤かった。そういえば、今日は取引先との会合だったはずだ。それを切り上げて戻ってきた、ということか。
逆に、一般社員は帰るように言われて誰もいない。普段なら、11時まで誰かは残っているはずだが、今日は誰もいない。自分のパソコンを打つ音だけが部屋に響き渡る。
ちょうど、課長が呼びに来た時、報告書が書きあがった。
印刷し、三人に渡して、口頭で報告する。
しばしの沈黙。課長も部長も社長の言葉を待っているようだ。
すでに結論は出ているのだろう。
社長は静かに言った。
「ほぼ間違いなく倒産だ。いずれにせよ、いろいろ手続きが出てくる。
とりあえず、このことは、まだ誰にも言うな。来週の月曜日、会社全体へ発表する。」
やっぱり。そうだよな。あんな額の不当たりがあれば当然だよな。
社長って、会社が倒産したら、その時の赤字を被ることになるのかな?
一般社員は給料がもらえないだけだろうけど、仕入先とかその他への支払いの責任があるもんな。。。
この夜、俺は一通の手紙を実家に送った。
そして、異世界へ生まれ変わることを期待し、トラックが走ってくるのを待った。