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最弱無双の転移魔導師 ~勇者パーティの荷物持ち、パーティを追放されたが覚醒し、最弱魔法で無双~  作者: 夕影草 一葉
五章 聖地の守護者

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87話

 大きな広場を埋め尽くす程の信者達が、そこには集結していた。

 俺達がこのエルグランドに来た時よりもさらに過熱した信者達の声は、今や近くにいるだけで恐怖を覚えるほどだ。

 広場に面する建物の上から眺めても、その数は計り知れない。


 そしてそれらの声が向けられる先は、大聖堂の中にいるであろうベセウスだろう。

 だが、それだけには留まらない。

 民衆の声は間違いなく、広場の中央に作られた即席の処刑台の上へも向けられている。

 そこには縄で縛られた女性が転がっていた。 

 

 女性は民衆の怒りを受けて、おびえた様子で周囲を見渡す。

 間違いない。以前、俺達が助けた異種族の女性、ドーラだ。

 隣では巨大な斧を持った、神職者の格好をした男が立ち尽くしている。

 その斧の用途は、考えるまでもなかった。


「あの冒険者なら、なんて言うんだろうな」


 狂騒の最中、ふと脳裏をよぎるのはあの冒険者の顔だった。

 人々を救う。そんな願いを俺に抱かせた、揺るぎない信念の持ち主。

 そんな彼がこの光景を見たら。


 怒るだろうか。落胆するだろうか。

 人々の間違いを笑い飛ばすかもしれない。

 こういうのも人間だと受け入れるかもしれない。

 

 しかし俺は、彼には到底及ばない人間だ。 


 偽の情報を流布され、民衆の思考が攻撃的になっていることは分かる。

 恐ろしい病を持ち込んだのが異種族だとなれば、敵視しても仕方がない。

 加えてクラウレスのメンバーは、魔素の影響を受けた人々を操る術を持っていた。

 破壊の限りを尽くす生きる屍を操り、暴動を扇動したのもクラウレスだろう。

 

 理由は分かる。理解はしている。

 しかし、それでも。

 思ってしまったのだ。


 この民衆に、救う価値があるのかと。 


「こんな、醜い……。」


 強く握り過ぎたのか。

 拳からは、不快な生暖かさが伝わってきた。

 見れば指の隙間から鮮血が滴っていた。


 冷静にならなければ。

 怒りを追い出すために無駄な思考を外へと追いやる。

 だがそんな努力も、無駄だと知らしめられる。

 

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


 耳に届くのはそんな言葉だ。

 意図せずとも頭に血が上り、冷静さを奪っていく。

 なぜ。なぜそうも簡単に残酷になれるのか。

 

 ドーラと同じ台に立つ男が、民衆の声にせかされるように斧を振り上げる。

 呼応して殺せと言う声は大きくなり、もはや街中を揺るがしている。

 それがエルグランドの総意だとでも言うのか。

 信仰の街。聖地エルグランド。その面影は、もはや一片たりとも残ってはいない。


 そして気付く。

 人々を守るということが、どういうことかを。

 

「空間転移!」


 暗転の一瞬後。

 周囲は驚くほどの静寂に包まれていた。

 腕の中には、微かな熱量。

 視線を少し下げれば、腕の中のドーラと目が合った。

 

 処刑台の上で、俺は確信した。

 人々を守るという俺の掲げた夢。

 その人々とは、大衆という意味ではない。


 きっと彼女の様な人々なのだ。

 守るべき、そして守られるべき人。

 そして、守らなければならない人。


「悪いが、ここで殺させるわけにはいかない。彼女は、俺が貰っていくぞ」


 俺の漠然とした夢が、現実に削られて、明確な形となるのを感じていた。


 ◆


「わ、私に構わず、早く逃げて!」


「いいや、見捨てることは絶対にない。だが……。」

 

 民衆の間をかき分けて現れるのは、武装した兵士の集団。

 神職者のエンブレムを下げてはいるが、その正体は確かめるまでもない。


「クラウレスの別部隊か」


 ここで逃げても、事態は収束しない。

 魔素を使った暴動を根本から止めるのであれば、クラウレスのメンバーを残しておくわけにはいかないのだ。

 できるならこの場所で決着を付けるべきなのだろうが、今はドーラがいる。

 彼女を守りながら戦うのは、困難を極める。

 

 ならばと、周囲の空間を座標に収め、魔法を起動させる。

 彼女だけでも安全な場所で飛ばせばいいのだ。


「空間転移っ!?」


 しかし、魔法は正常に起動しない。

 代わりに左目に激痛が走り、視界が揺れる。

 

「くそ! こんな時にかよ……!」


 まるで目の奥を刺す様な痛みに耐えながら、空いた手で剣を引き抜く。

 魔素の影響で身体能力も向上しており、レベル自体も低くはない。

 だが俺は魔導士であり、剣士と正面から打ち合えば後れを取る。


 周囲を囲まれ、加えて魔法は使えないときた。

 到底、一人を守りながら戦える状況ではない。

 もはや手はないと思われた、その時。


 包囲網の一部が吹き飛ぶ。

 続けてクラウレスのメンバーが地面を転がった。


「ファルクス! 無事か!?」


「助かった、ビャクヤ。 だが、魔道具が……。」


 ビャクヤの姿は、徐々に黒髪から元の姿へと戻っていく。

 今となっては見慣れた純白の髪と武骨な一対の角。

 その姿を見た瞬間、遠巻きに眺めていた民衆が一斉にビャクヤを指さし、叫ぶ。


「見ろ、異種族だ! 異種族が、エルグランドの市民を殺してるぞ!」


「卑怯者め! 姑息な手を使って街に入りやがって!」


「死ね! 劣等種が!」


 状況は、考え得る限り最悪と言えた。

 いや、ドーラの処刑を回避できたのだから、最悪から二番目か。 


 クラウレスのメンバーは、事情を知らなければ善良な住人に見える事だろう。

 そして処刑を邪魔しようとした俺と、変装して街に入り込み、住人をなぎ倒す異種族のビャクヤ。

 どちらに住人の怒りが向くかなど、考えるまでもない。


「不味い! この状況じゃあ、なにも変わらないぞ!」


 住人から向けられる明確な敵意と殺意。

 一人ひとりのそれらは、微々たるものだ。

 しかしこれだけの数が集まると、冒険者である俺ですら恐怖心が煽られる。

 今にも信者達が襲い掛かってきそうな錯覚さえ覚えていた。


「退路はアリアが切り開いている! 我輩達は地上を抜けて逃げるぞ! その様子では、魔法が使えぬだろうからな」


「気付いてたのか?」


「忘れたのか? 我輩はお主の相棒なのだぞ」


 こんな状況だというのに、ビャクヤは笑って見せる。

 クラウレスのメンバーを仕留め切る事はできないが、俺達が全滅してしまえば元も子もない。

 潔く撤退を選び、ビャクヤが切り開いた包囲網の穴を抜けようとして。


 硬質な声音が響き渡った。


「そうはさせません」


 ◆


 声の持ち主は凄まじい勢いで降り立ち、流れるような動作で背中の剣を抜き放つ。

 緻密な意匠が施された鎧。鋼色の長い髪。

 そして光を浴びて輝く刀身にはエルグランドの紋章。

 

 その紋章は誰でも背負える物ではない。

 目の前の人物は、民衆に認められて紋章を掲げているのだ。

 街の守護者にしてエルグランドの鋼と呼ばれる者。

 聖女ミリクシリアである。


「聖女様! 鋼の聖女ミリクシリア様だ!」


「愚劣な異種族に、聖なる裁きを!」 


 民衆に求められるように、ミリクシリアは剣の切っ先を地面に突き立てた。

 それは抵抗すれば俺達に刃を向けるという、事前通告。


 ビャクヤはドーラを背負って逃げ出す態勢を整えている。

 俺もすでに瞳の痛みは引いているため、すぐにでも転移魔法が使えそうだ。

 だが、それを安易に見逃す相手だとは思えなかった。 


 蒼穹の瞳が俺達を射抜き、そして告げる。


「貴方方の身柄を拘束します。 悪いようにはしません。 ここは状況を治めるために、協力を――」


「なにをしているのだ、ミリクシリア。 街へ入り込み、市民を殺したのだぞ? 早くその者達を殺せ」


 唐突な言葉が、鋼の聖女の警告を遮る。

 そんなことができるのは、この街でたった一人しかない。


「教皇ベセウス様」


 聖女ですら恐れ敬う存在。

 ミリクシリアが告げたその名前は、この街で最も力を持つ者の名前だった。

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