逆転逆転&逆転!
白い。
白い世界。
光の中にいるような?
それとも雪?
雪の中?どこまでも白い―――
寒くて手が悴む。
遠くで誰かが泣いてる。
ずいぶん辛く苦しそう。
泣かないで。泣かないで。
笑って欲しい。
白い中に小さな影。
泣いてる誰かへ近づいて、そっと体に触れてみる。
シャランと振り返ったその瞳は青紫で――――
***
遠くから声がする。
「どう…て……っ……たんだ」
誰の声だろう?
エコーが掛かっているみたいでうまく聞き取れない。
でも知ってる。
若い男の人の声。
…貴方の声?
なんだか朦朧としていてわからない。
(貴方がいなくなるのが怖かった。だから―――)
そう言おうとしたのに声が出ない。
夢の中だからだろうか。
どこからが夢なんだろうか。
目を開けたつもりなのに周りがハッキリしない。
怖くなって手を動かそうとするが、思うように動けない。
ふと、その手を誰かが握る。
ああ温かい。懐かしい温もり。
だからとても嬉しい。
「どうして…追ってきたんだ」
なのに再び掛けられた声はくぐもっている。
声の方へ顔を向け、ぼんやりした影を見つめる。
輪郭がはっきりしてくる。
影の後ろにある窓のカーテンの隙間から、刺すような強い日の光が覗く。
私の回りはなにやら機械が蠢く。
私はその機械達に繋がれている。それでどうやら生かされているようだ。
ああここは病院のベッドだ。
今は、夏だ。
だから、たぶん。
ここの貴方は、双子の片割れ。
そうか。
そうなんだ。
今度は伝わるよう、一音ずつゆっくり話してみる。
「…あ、…ぇ、…て、…よ、…か、…っ、…た」
握られた手が震えた。
思い出した。
晴天の霹靂のように貴方がいなくなってパニックした私は、親が止めるのも聞かず飛び出し手当たり次第に貴方を探した。思い付く当てもなくなりそれでも炎天下を彷徨い続け、そして多分、倒れた。
気を失う一瞬、何処からか私に駆け寄る貴方を見た気がしたのが最後―――いや最期?
でも私は今、貴方に会えてる。
ぼんやりした影に目を凝らすと、浮かび上がってきたのは果たして泣き顔の片割れ。
良かった。生きてたんだ。
貴方も。私も。
繰り返す不幸な物語は夢だったんだ。
体を温かく柔らかい何かが拘束する。
ああ抱きしめられてる。
どうも今一つ感覚がはっきりしないけど、とても嬉しい
私から去ったクセに、私を心配して、私に気付かれないように遠くから見守っていくつもりだったんだね。
双子だなんて破滅的な条件の中で。
ゆっくりゆっくり言葉を紡ぐ。
「…だ、…ぃ、…じょ、……ぅぶ、……」
貴方の体が再び震えた。
伝わってる?
ねえ泣かないで?
一緒に歩いて行きたい。行こうよ。
頬があるだろう辺りへ手を動かす。
その手を貴方が掴む。
その温もりを頼りにもう一度私は口を動かし音を出す。
伝わったと確信できるまで言葉を繰り出すんだ。
「…い、…、…っ…しょ…、…に…い…る…ょ」
一緒にいようよ。
貴方に強く抱きしめられる。
それで温かさが強まる。
泣きながら笑う貴方の気配がした。
「…うん………好きだよ…」
ああ伝わった。
私もよ。
貴方の笑顔が好き。
貴方と一緒で幸せ。
元気になれたら、またゲームしよう。
今度は必ず勝つからね。
周りが白く、白くなっていく。
でも私は貴方に包まれて、温かくて、とても、とても安心。
だからもう大丈夫。
貴方の回してくれた腕の中で、私は再び眠りについた。
***
また泣く気配がする。
やっぱり貴方なの?
泣かないで。
お願い泣かないで。
「シスター!死なないで」
…え?
シスター?私の事?
パッと目が覚める。
ここは…件の農家だ。
開けられた窓から差す光は暖かみがあるものの、空気がまだ冷たい。
ここは早春の昼下がりだ。
私は寝込んでしまった修道女だ。
目の前には、泣き腫らした緑の瞳のそれは美しい男の子。
「死なないで。ごめんなさい。僕を独りにしないで。ごめんなさい…ごめんなさ…っ」
あの時、最後は音が聞こえなかった。
貴方はずっと謝ってたの?
類いまれなる麗しい顔を涙でグシャグシャにしている。
「ごめんなさい…ごめんなさい!許さなくていいから死なないでお願い」
まだ幼い顔なのに左目元のホクロが艶かしいなと繁々見つめる私に気付かず、少年は許しを乞い続ける。
「貴女が死ぬのはもう嫌だ…助けてお願い…」
泣かないで。お願い。
「…大丈夫…だから」
一瞬少年が固まる。
1つ息をゆっくり吐いてから、視線を男の子に向ける。
「…怖がらせてたのね…ごめんね…大丈夫」
まだ少しフラフラする。
だから上体は起こさず、ゆっくりと少年の方へ手を伸ばした。
男の子はその手を奪うようにくるむ。
「シスター…ごめんなさい…ごめんなさい」
今度は握った私の手に向かって謝り続ける。
「大丈夫…大丈夫だから」
こんなに怖がらせてしまったんだ。
罪悪感と、ほんのり嬉しい気持ちが胸を疼く。
「水を…お水を少しもらえる… ?」
できるだけ穏やかに彼へお願いすると、男の子はすぐ柄杓に水を入れてきた。
コップは…ないのか。
困った。
まだフラフラして起き上がれない。
私の様子に男の子は気付き、少しバツの悪い顔をする。
「シスター…ごめんなさい」
男の子は柄杓の水を口に含んだ。
それから私の頭をゆっくりと起こし、そのまま顔を近づけ…え?え?
…………………
とにかく喉は潤った。
私は固まった。
年甲斐も無く顔が熱くなる。
いわゆるこれはファーストな…。
「…ごめんなさい」
離れてからまた少年が謝る。
「………こういうお世話はダメ」
なんとか、取り繕った言葉を紡ぎ出せた。
心の中で何かがシャランと鳴る。
そうだ風鈴草。
「風鈴草は…」
「あの芽…僕がお世話してます………貴女が大事にしてと言ったから………僕…」
先程大胆な行動をした割にはオドオドしながら少年は答えた。
それがなんだかちぐはぐで、つい吹き出してしまった。
彼は弾かれたように私を見た。
?、しわくちゃな笑顔なんて不気味過ぎた?
少年の顔がじわじわと喜びに満ちていく。
「シスター、もう一度お水を飲みますか?」
「?」
「飲んだらもっと笑ってくれますか?」
待て。そちらではないよ少年。
「…お婆ちゃんでも女の子だし修道女だから、みだりに触れるのはダメよ」
途端に萎れる男の子が微笑ましくてさらに笑ってしまう。
するとそれを見た彼はさらに喜色満面の笑顔となった。
「シスター、もっと笑って」
男の子は目を潤ませ切なくねだる。
「もっともっと笑って。ずっと笑って。ずっと側にいさせて。お願い」
幼い少年なのに徹頭徹尾押せ押せだ。
「私はお婆ちゃんよ。そんなに長くはいられない。それに修道女としての役目も」
「小間使いや下男なら僕でもなれるでしょう?ずっと貴方といたい」
「そうして私のいなくなったら、貴方は貴方の人生を歩んでくれる?」
少年は言葉を詰まらせた。
本当に幼い少年なら勢いで「うん!」とか言ってしまうところだろうに。
みるみる緑の瞳に涙が溜まっていく。
今度は私がオロオロする番だった。
「私は、貴方が悲しむのは嫌なの。だから」
「じゃあ悲しまない」
彼は涙目のまま、まっすぐ私を見つめる。
「悲しまない。僕の命の消えるまで、ずっと貴女を想って幸せでいるよ。それならいい?」
無茶苦茶だ。
子供の理論だ。
否定しなきゃいけないのにまた笑ってしまった。
「…もうっ」
苦笑する私を見て、涙を溜めたままの彼がそれは嬉しそうに笑う。
釣られて私も微笑んでしまう。
なんだろうこの穏やかなひととき。
これはこれで…尊い。
「…長生きしなきゃね」
根負けした私に一層瞳を煌めかせた少年は、勢い頬にキスをする。
「大好きっシスター」
油断した!
もうもう貴方は!
笑う貴方はとても幸せそう。
釣られて私も幸せな気持ちになる。
もうもう…もういいや。
どうとでも幸せになってしまえ。
少年と修道女で幸せになってしまえ。
窓からの風が少し暖かくなる。
軒下の風鈴草の芽が、優しく揺れた気がした。
***
揺れる。
揺れる。
風鈴草が揺れる。
「風鈴草はね、寒い冬を越えてから花が咲くのよ」
幼い私に教えてくれたのは誰だっけ?
それは悲しそうな、あるいは嬉しそうな複雑な表情を浮かべた―――
涼風が頬を撫でる。
虫の声がする。
私はハッとした。
ここは……夕暮れ。
暑い日差しは今まさに山の向こうへと去った所だ。
今は晩夏。
ここは山の麓の村。
かざした手にシワはなく、幼さの残る年若い手。
つまり私は今、修道女ではない。
おそらくその1つ前…。
なんだか転生を逆転してるようだ。
でも晩夏?晩秋じゃなくて?
私は村外れにいる。
薄暗くなりかけの向こうから見知らぬ男がやってくる。
男は酷く年老いて、疲れて、心なしか動きもぎこちない。
破れて汚れた服は、辛うじて軍服だった頃を偲ばせてはいるが本来の機能は果たせていない。
――――傷病兵だ。
彼が来て村が全滅する――――
私は戦慄した。
この男が村へ入るのを止めねばならない。
でないと流行り病で村は絶滅する。
――――そして私は王様に出会ってしまう。村人の命と引き換えに――――
足が悪いのか男はゆっくりと近づく。
今なら追い払える?
私は混乱したまま男を見つめる。
そうして、近づいた男の顔がわかる頃、村へ招き入れたのは自分だったと思い出す。
その理由も。
この男は、この老人は。
公女だった私の―――――父だ。
全ての転生の元凶、風鈴草 に呪いを掛けた―――
私は動けない。
父を拒めない。
前と違って、父の業を知り尽くしているのに。
このままだと前と同じく招いてしまう。
道なりにゆっくりと歩いてきた男は果たして私に気付き立ち止まる。
酷く疲れた顔が歪み、ふと悲しそうになる。
男は、私を認めると、苦労しながら踵を返し、来た道を戻ろうとした。
私は思わず近づこうとする。
「やめなさい…お前が障る…」
私に気付いている!
だから前世のこの時も拒んでいたんだ。
なのに無知で無邪気な私が固辞する父を無理矢理村へ招き入れたんだ。
私は動けないまま。
父は酷く疲れたように、肩で息をしながらゆっくり去っていく。
今から峠越えなど無理だろう。
体ももつまい。
もうこのまま――――
「…嫌だ」
泣き出した私に気付き、再び振り返る。
ふと父は優しく目を細めた。
それはあの日、婚約の花を風鈴草にしたいと駄々捏ねた私に向けた父の眼差しそのもので――――
ああ、ああ、ああ。
心の中が鳴り響く。
煩いくらいに。
もう私は止められない。
私は父の元へ駆け寄ると、驚く父の足元にひざまづき両手を広げた。
「どうか……私に…私に貴方を看病させて下さいっ」
村外れの湖畔には使われなくなったハンター小屋がある。
私は、当の昔に猟師が出払ったそこに父を匿う事とした。
父は長くない。わかってる。これは危険な自己満足だ。
今世の母にはボカして話した。
病を得た老犬をハンター小屋に隠した。万一誰かに感染すると嫌なので、私1人で介抱していきたいと。
母は何やら複雑な顔をしたが、私の意見を尊重してくれた。
前世で私は何故か感染しなかった。一番の濃厚接触者なのに。
孤児となる設定だからだろうか。おぞましい事だが今世で利用しない手はない。
まず保菌者とならないよう、父に接触する前にそれ専用の服に着替えた。父との接触後は湖で体を洗い再び元着た服へ着替える。
前世で拘らなかった衛生にとことん拘った上で、独りきりで父を介抱した。
父は体の欠損もあった。おそらく内臓も外傷を得ている。加齢もあり体力も衰えている。
病は移るべくして移ったようなものだった。
清潔な布の端切れに水を含ませ、乾いた唇に当てる。
与えられるものはこれだけ。
粥を作ってみたがもはや受け付けなかった。
体力回復の為にも食べて欲しかったが、無理に食べさせると吐いた。
ああ、もう本当にダメなんだ。
沸かした湯を浸した清潔な布で体を労るように拭くと、ほんのり顔が柔らぐ。
そうしてぼんやり父は呟いた。
「バチが当たったんだよ…」
バチ。とても抽象的だ。
父は私にゆっくりと顔を向けた。
片目はもう白く濁っていて見えてないだろう。だけれど瞳は私を、私の瞳を目指している。
「バチ…ですか?」
「呪いを掛けるとはそういうものだ。掛けた分の理不尽が術者へ返ってくる」
今の父の状況は自業自得と言いたいのだろうか。
父は私を繁々と眺めた。
「…風鈴草の呪いが効いたのだね。もしお前が亡くなり、お前を大切に思う者が望めば転生できるように仕込んだ…」
ああ。
そういう事だったんだ。
小さな花に3つの呪いが掛かってたんだ。
まず王子様を速やかに殺す事。
それが達成できないなら私を殺す事。
でも、私が死んで誰かが悲しんだなら、私は何処かで再生される。
小さな花に随分色々仕掛けたものだ。
「私は酷い男だ……バチが当たったんだよ…」
父は疲れたように自嘲する。
「風鈴草はお前の母も好きだった…婚約の儀で私も贈られた…政略結婚だったのに、アレはそれは嬉しそうに鈴のような小さな花束を私に渡して…」
ゆっくりと肩で息をしながら父は続ける。
「…もし、王子があの花を利用したなら、やはり王子も何か代償が出るだろう」
私はギクリとする。父は構わず続ける。
「それは…お前もなんだよ」
父は何が言いたいのだろう。
まるで見透かされている。全ての転生に気付いている?
私は父の真意がわからず、見つめる事しかできない。
父は深く息を吸う。
そして優しく顔を歪めた。
「…私が持っていこう」
何を?何をですか?
私は動けない。
父は酷く辛そうに大きく息を吸うと、顔の筋肉を引きつらせる。
歪んだ顔は束の間、笑顔に見えた。
「だから…幸せにおなり」
父は言葉と共にゆっくり息を吐いた。そうしてそのまま息が止まる。
熱い位の体がだんだん冷める。みるみると冷たくなっていく。
ああ、ああ、ああ。
私は父の真意が掴めないまま泣いた。泣いて泣いた。
泣いて泣きながら裸になり、あらかじめ用意していた油を小屋に撒く。そして今まで着ていた服ごとハンター小屋に火をつける。
小屋が火柱をあげる。
それを裸でぼんやり見ていたが、ふいに思いつき自分の髪を根元から切る。
父と同じ色の髪。
それも炎にくべ、またぼんやり泣いた。
私を利用した父。
私を見殺した父。
風鈴草に呪いを掛けた父。
父の本当の気持ちはやっぱりわからない。
でもそれでも、自己満足でもなんでも!
私は父が好きだった。
ただただ好きだった。
泣いて泣いて泣いた後、空っぽになった心の何処かがシャランと音を立てた。
秋を迎えた村に流行り病はついぞ出なかった。
従って王様も来なかった。
そうして冬を迎える頃、私は家を出た。
理由はなかった。
理由がなくなったからかもしれない。
母は複雑な顔をしながら行き先も聞かず応援してくれた。
「ねえ」
なけなしの旅賃を私に持たせてくれた母は指を指した。
その先には、見覚えのある葉の形の草。
「この風鈴草はね、寒い冬を越えてから花が咲くのよ。今のお前みたいに」
目を見張る私に母は続ける。
「寒さに強いの。そして夢みたいに素敵な花が咲くの。私の大好きな花」
風鈴草が風に揺れる。
母は、短くなった私の髪をそっと撫でてくれた。
「きっと、大丈夫。花も、お前も」
それは遠いどこかで誰かから聞いた言葉に似ていた。
決めた。
目指すは王宮だ。
絶対幸せになってやる!
今までは運命に流されて出会ってたけど、今度は私から仕掛ける。
60歳な貴方に会いに行く。
前途多難?ご褒美です!
13歳の毒婦?やってやろーじゃないの!
必ず貴方と幸せになるよ。
心に浮かぶのは、壮年の美々しさに翳りある瞳の貴方。
刻まれた皺も艶かしい泣きボクロも、苦しそうな緑の瞳も。
みんなみんな愛してる。
私から会いに行って、驚く貴方を見たい。
私からプロポーズしちゃうもんね!
60歳の貴方を必ず幸せにしちゃうからね!
驚くほど前向きな気持ちにワクワクしながら、私は旅に出たのであった。
***
白い。
白い世界。
遠くで誰かが泣いてる。
泣かないで。泣かないで。
小さな影を見つけて近づく。
そっと触れてみる。
シャランと鳴ったそれは青紫の小さな花――――
1つの鈴が風に揺れる。
「私は呪われているの」
1つの鈴が風と揺れる。
「それなのに、私は貴女を幸せにしたかった」
1つの鈴がシャランと鳴る。
「私は王子様の共犯」
1つの鈴がシャランと泣く。
「何もかも歪んでしまった。いくつもの貴女が生まれ傷ついた」
シャラン、シャラン、シャラン。
私は答える。
「全ての私を幸せにするよ。全ての彼も幸せにする。そして貴方も」
怯むように揺れる花に、私は語り掛ける。
「ねえ知ってる?貴方の花言葉」
小さな鈴は震える。
私は構わず続ける。
「『不変』は『何をしても報われない』じゃない。『何があっても自分の気持ちを貫き通す』なの」
ああそうだ。
話ながら自分で気付いた。
風鈴草は花だ。
ただの花。
冬を越えて春を歌う為に咲く多年草の花。
呪われる為に生まれた訳じゃない。
たとえそれが切なる願いでも。
『願い』と『呪い』は同じかもしれない。
叶って欲しいと掛けるもの。
「…一番最初に貴方に呪いを掛けたのは」
亡き母なんだ。公女だった私の。
残された私が幸せになるように風鈴草に願いを込めた。
父はその風鈴草を呪術に利用した。
おぞましい呪いを掛けて王子様を殺そうとした。
だけど王子様は術に掛からず、私はその為に殺された。
呪いの掛かった風鈴草を、そうとは知らず王子様に託して。
彼は呪いのカラクリに気付く。
そして呪いを利用し、望ましい状況下で私と再会を果たそうとした。
結果彼が王となり、村の全滅した幼い私と再会となった。
業を背負ってしまった彼はそれでも私に執着し、私から拒絶される。
だから次は立場を逆転させて再会した。
すると側にいられる心労から私が死んだ。
終いには側にいられる事だけを願って、記憶を奪い同い年同じ条件の双子となった。が、私は記憶を取り戻し彼を探し回って倒れやはり死んでしまった。
全てダメだった。
「…じゃあどうして起点に戻っ…」
「貴方が望んだから」
私?
「貴方が望んだと私が思ったから。貴方を幸せにしたくて。そして今も」
じゃあどうして風鈴草は泣いてるの?
起点に戻った後の転生では、私は全て幸せになった。
形は様々だけど、どの彼ともずっと一緒にいた。
王様の彼に会うのは大変だった。
王宮へ忍び込んで衛兵に捕まり、早速処刑される所を結局助けられる形でようやっと会った。
私に気付き驚く彼へ、私はここが勝負!とプロポーズした。
「愛してます。結婚してください」
ああ、あの時の彼の顔!
喜びも哀しみも嬉しさも怒りさえもが渾然一体となった、複雑極まる表情を見れただけでも今世の価値はあったなと思った。
以前の王様とは打って変わって、彼は何故か私のプロポーズを断り、私を故郷へ戻した。
そうして速やかに次期王へ王権を譲渡すると、何故か行方を眩ませた。
そうとは知らない私は再チャレンジと王宮へ赴きパニクる。
私は彼を探して探して…悪漢に襲われそうになった所を助けたのがやっぱり彼で。
再び去ろうとする彼に再びプロポーズ。
「うんって言うまでプロポーズします。愛してます。諦めて下さい」
彼は…王様となって再会して以来一度も笑った事のなかった彼が、少し間を持ってから呆れたように吹き出した。
それはまさに私の大好きな彼だった。
ああ、春の花のように幸せな気持ち。
嬉しくなって抱き付いた私を彼は制する。
「ダメです。笑ったからもうダメです。貴方は私のものです」
「わかった…わかったから」
「わかったなら貴方は私のものです。ずっと側にいます。愛してます」
ぎゅうぎゅうと彼を抱き締める。
もう彼は抵抗しなかった。
そっと、私の背中に手を回してくれた。
長くは一緒にいられなかった。
でも私は幸せだった。
貴方と会えなくなっても、貴方の墓を守り、穏やかで幸せに過ごした。
修道女だった私も先に逝ってしまった。
幼い貴方は約束通り最期まで一緒にいてくれたけど、その後の貴方は、今の私の気持ちと一緒だったのかしら?
次元を越えて貴方と一緒にいるようで、いつまでもポカポカした気持ち。
そう、幸せ。幸せだった。
どの時もどの時もどの時も。
「また私を起点へ戻して」
最後に最初の貴方と幸せになるんだ。
「私をもう利用しないで」
風鈴草はイヤイヤというように花弁を揺する。
「気付かないの?呪いには代償が必要なの。本来不幸になる所を幸せにやり直したなら、その代償は何処へ行くと?」
…え?
「双子の貴女も、修道女な貴女も、幼い貴女も幸せになれたならもういいでしょう?お願い―――」
何がお願いなの?
なんで泣いてるの?
「私は王子様を助けたいの」
お願いする私に風鈴草はシャランと鳴った。
「そもそも貴女に会わなければ彼は不幸にならなかったのに?」
…え?
私は愕然とした。
なのに何処か腑に落ちた。
そもそも何故婚約した?
父のメリットは?
私は、父が仕込んだ王子様の刺客だったんだ。
無自覚だからこそ扱いづらい。王子様は何も知らない私だからこそ苦悩した。呪いが掛かってるとわかってるのに。心優しい女官も風鈴草を私から取り上げられなかった。
そうして私は死に王子様へ種が渡され、王子様は私に呪われた。
そして転生が始まった。
そもそも出会わなければ良かったんだ。
生まれてこなければ良かった。
そうしたら好きになるのも好きになってもらうのもなくなって、側にいたいも一緒に幸せになろうもなくなって、王子様は苦しむ事なく一生を終え、私は――――
私は?
わかった。
この転生の逆転の結末は私の消失だ。
それが私の代償。
全ての私はいなくなり、誰も私を知らなくなる。
そうして呪いを掛けられた風鈴草だけが私を覚えている。
その最初から私の幸せをずっと願ってくれていた風鈴草だけが。
何処にもいない、生まれてくる事さえない私を。
シャランシャランと風鈴草は泣く。
「私は呪われている」
「それなのに、私は貴女を幸せにしたかった」
「何もかも歪んでしまった―――」
シャラン、シャラン、シャラン。
私は―――――
「…ごめんね。やっぱり王子様の所へ行きたい」
1つの鈴が動きを止める。
「それで消えても構わない。やっぱり全てを幸せにしたい」
もう1つの鈴も泣くのを止めた。
「結果私は存在しなくなるのでしょう?大好きな貴方を悲しませてしまうけど」
青紫の小さな鈴が一斉にシャランと鳴った。
ごめんね風鈴草。
これが、私にできる正しい幕引きだと思うんだ。




