振り出しに戻った!
私の目の前には、王子様然とした美貌の若者がいた。
黒い髪に緑の瞳。
神の奇跡のような彼の微笑みに一点添える泣きボクロ。
私は今まさに天にも昇る心地でいた。
この感覚を知ってる!覚えてる!
私は戦慄した。
たった今、私達は婚約したのだ。
――――つまり私は3度目の転生にして振り出しに戻ったのだ。
彼の微笑みは初めて見た時のまま。つまり今回、彼に前世の記憶はない。
いやループしてるのだから『前世』呼びで良いのかわからないが。
これはチャンスなんだろうか?どう動いたらいい?
どうすれば破滅を防げる?
私達は幸せになれる?
ぐるぐる考え出して動けなくなる。
硬直した私を王子様が訝しむ。
「?、大丈夫?」
「…ダ、ダイジョーブ…」
返す言葉もおかしくなる。
なんだか周囲が回りだす。
本格的に体が揺らめいて意識が遠のく瞬間、またあの言葉がどこかからか聞こえてきた気がした。
「大丈夫。僕も、君も、花もね」
***
気が付いたそこは王宮の私の部屋。
正確には婚約者という名の人質となった私が処刑されるまで軟禁された部屋だった。
当時の私は王子様に浮かれて毎日お花畑な気持ちでいた。
だが転生した今、冷静に見ると、窓の鉄格子といい、王子様が誘い出してくれる以外部屋の外にも出られない境遇といい、結構キッツい状況にあったんだなと感じる。
手元には風鈴草の種の入った小さな袋が1つ。
王宮に移り住んだら植えようと父の許可を得て持ってきたものだ。
――――結局それは果たせず、最期に王子様へ託すことになる訳だけど。
私は1つ溜息をする。
予想外に閉塞感溢れる生活だったんだ。でも気が付いた今も、実は結構楽しかったりする。
それは、これまた予想外に頻繁に王子様が訪ねて来てくれるからだった。
それはいつも日に一回やってくる。
コンコンコン。
ノックは3回。
いつも通り部屋付きの女官が私の方を向く。いつも通り私は頷く。
「どちらさまでしょうか」
いつも通りな女官の声掛けにつも通りの彼の返事がくる。
「僕だ。姫君さえ良ければ、少しお話ししたいのだが」
姫君だなんて!
再び女官が私に向く。そして顔を赤くした私を見て1つ嘆息する。
「…姫様はずっとお待ちでしたよ。」
小言と共に女官は扉を開ける。
「いつも申しておりますが、せめて先触れはお通し下さい。姫様への最低限のマナーでしょう」
公女であっても王女でない私に姫君も姫様もないだろう。
婚約者という名の人質な私への配慮だとはわかるが。毎度恥ずかしくなる私も私だが。
「すまない」
緑の瞳が扉から覗く。
赤くなってる私を見てたちまち全身が現れる。
今日の王子様は旅装束だった。
マントを脱ぐ時間も惜しんで来てくれたかと思うと胸が熱くなる。
「こんばんは。今夜は月がキレイだから、良かったら少し散歩しない?」
首を縦にブンブン振る私の前に女官が立ちはだかる。
「夜風が寒うございます。お外へお誘いするなら昼間と。お控え下さい」
「ならお前が外套を持って付き添えばいい。あるいは僕がいなくとも昼間姫を外へお連れすれば良いことだ。僕がいなければ外へ連れ出せないないなら、今はお前が折れるが筋だろう」
言外に軟禁を揶揄している。
私に優しい王子様は、心無しか他者には冷たい。
オロオロするばかりの私に王子様は笑顔を向ける。
「今日も会えて良かった。行こう姫君」
後ろに女官を従えたこれは果たしてデートと言えるのだろうか?
そう思うのに私は前世のごとくウキウキが止まらない。
王子様と一緒にお月見!なんてロマンチックなの!
旅装束のままの王子様と夜着に極厚の外套を羽織った私は、傍目にロマンスぶち壊しな気もするが、蕩けるような王子様の笑顔のあれば他はどーでもいい。
幸せ。幸せだなあ。
ホクホクする私を王子様は見つめる。
「そんなに嬉しい?」
「とっても!焚き火に仕込んで良い具合に焼けたお芋を食べてるような気分です!」
「お芋?」
王子様は吹き出した。
ひとしきりクスクス笑う王子様。
王子様との柔らかくて暖かなこのひとときが堪らなく尊い。
毎日忙しい中を私の所へ来てくれるのも嬉しい。
お月様もキレイ。
やっぱり幸せ、幸せだなあ。
優しい瞳で王子様が私を見つめる。
「君と結婚したら」
急に振られてドキッとする。
「…もっと一緒にいられるかな」
「もっもちろん!」
クスリと笑った王子様の、腕が優雅に私へ近づく。
長い指が髪に触れそうになる。
「夜も更けて参りました。帰りましょう」
すんでのところを女官が割って入った。
女官に手を引かれあっという間に王子様と離れてしまう。
「明日があるならお早い時間に。先触れをお忘れになりませんよう。おやすみなさいませ」
申し訳程度の挨拶と共に部屋へと戻される。
王子様は立ち尽くす。
私は、女官に手を引かれながら振り返った。
「楽しかったですありがとうございます!明日もきっと待ってます!」
気持ちを込めて精一杯微笑んだ。
女官の顔が歪む。
王子様の表情はもう見えなかった。
ああ思い出した。
制限が多すぎて意思表示が上手くできなかったから、いつからかこの気持ちは笑顔に変換してたんだった。
だから最期も笑ったんだった。
***
破滅を回避する方法。
私が処刑されない未来。
そうすれば転生は起こらず数々の不幸は食い止められる。
でも何故処刑されたかというと父が謀反を起こしたからだ。
今のガチ軟禁で父の企てを止められる術はない。そもそも連絡手段がない。あったとしても聞き届けてはくれないだろうけど。
結局、処刑される事を予測した上で私を見捨てた位だし。
むしろ父の謀反は両陣営に於いてほぼほぼ決定事項で、王子様陣営が牽制と対抗手段を練る時間稼ぎのため、婚約という名の人質に私を取ったと見る方が自然な気がする。
後に王子様が王様になった訳だから、父の決行が私への情で引き伸ばされたのは父に取って取り返しのつかない失敗だったといえる。
こんな形で父の愛を知るのは苦い思いがするけど。
つまり遅かれ早かれ、私は殺される運命だったんだ。
早く殺されれば父が政権を奪取。前世の通りなら王子様が無事王様に。
どちらにしても私の死は免れない。
むしろ父にとっては、私が早々に王宮で暗殺なりされた方が良かったのかもしれない。
そこまで考えてはたと気付く。
婚約した段階で私の死は決まっていた。早々に暗殺か事変後に処刑か拷問死。いわば完全に生け贄だったのだ。
そして父は勿論だが、頭の切れる王子様もそれに気付いていたのでは?
婚約の儀式の時、己が身の儚さに怯えてくるか、はたまた狡猾に寝首を掻きにくるかと思いきや、ウキウキとお気にの花束抱えてきた暢気な私を見てどう思っただろう?
私は頭を抱えた。
とにかくだ。婚約した段階で殺されるのは確定。
じゃあ回避方法絶望的じゃないか!
頭を抱えるべきはコッチだろ!
なのに王子様の気持ちが気になる。
なんとなく嫌な予感がする。
父を思う賢い公女なら、王宮に乗り込んだ先で王子様を亡き者にするか失敗したなら自害がベストだろう。
このガチ軟禁は、それを阻止する為だ。
王子様勢からしたら――――――王子様からしたら、私は父への有効な駒だ。父が謀反を起こすまでイイコにしていて欲しい。幸運な事に王子様の美貌にメロメロなお馬鹿だった訳だし。
来る時までテキトーに餌付けしておけば良い捨てゴマ――――
そうなんだろうか?
なら、何故彼は私の処刑にただ一人反対した?大勢に抗うなんてなんのメリットもない。
そうして王様となっても女性を作らず、よって子は生さず。
2番目の人生で老王となった彼に会った私はまだ13歳。
あの時は、彼が独身を貫いたのは前世で非業の死を遂げた私への贖罪なのかと思った。
だが転生した私との再会は予想外だったはず。明らかに驚いていた。という事は、転生した私が修道院に逃げた後の展開と、私に再会しなかった場合のその後。本来どちらも同じ結果だったのでは?
そういえば、彼が指名した後の王様は実は面識があったと思い出す。
父が謀反の折、対抗馬として担ぎ出そうとした王族じゃないか。
当時そんな噂があった。ただし謀反の直前、かの人は他ならぬ王子様に保護され難を逃れている。
その恩義があって、彼の形見を執着された少女に送ったのだと思った。
あの時の噂が本当だったら?
王子様は謀反の前から、私を助けようと奔走していた?
昨日も来訪は夜遅く、しかも旅装束だった。
なんで?どうして?
そうだ。双子だった時の彼。
私と初めて会った時、私は花束を抱えてたと言ってた。つまり婚約の儀式の時だ。そうして出会って幸せな気持ちになったと。
当初王子様は、捨てゴマに情を持たないよう、事前に私の情報など知らないようにしていたんだろう。
だけど婚約したその時に初めて会って―――自分で言っちゃうとこそばゆいけど―――私を好きになったんだ。
よりにもよって死ぬしかない捨てゴマに。
もう悲劇しかないじゃん。
私は寝椅子にひっくり返った。
…そういえば。朝から女官が姿を見せない。
いつもならもう、朝食持って来てくれてるのに
三度の転生のおかげで、自分の事は大概できるが、この状況下で食事だけは提供してもらわないとどうにもならない。
…おなか空いたな。
妙に静かだな~。
もしかして今日が政変の日なのかな。
何もかも放り投げると、生来の暢気さが前に出る。
まあ今日が政変の日でもいっか。
前世では死ぬ前に風鈴草の種を渡せてるんだから、あと一回は王子様に会えるはずだしな。
それで今世がダメならもう来世でかな。
60歳の老王と13歳の孤児で結婚しても絶対不幸になる気はするが。
それを言ったらさらに歳の差なシスターと少年とか、近親も近親な双子とか、転生の度に破滅不可避に難易度上がっていくけどな!
いやもうはっきり彼に言いたい!
「私達何をどうやっても幸せになれません!」
「僕はあきらめない」
ガバっと跳ね起きる。
声のした方を振り向くと、まさかの王子様が立っていた。
***
夢?
王子様どっから湧いてきた?
周囲を見回すと部屋の扉が開いている。
と、いうことは王子様はフツーに扉を開け部屋へ入ってきたのか。
いや待て。その『フツー』は今まで一度もなかったじゃないか。
だって私ガチ軟禁だし。
事態がさっぱり飲み込めない私に、まさかの王子様はツカツカと歩み寄ると、手を伸ばし私を抱き締めた。
転生3度目にして初めての抱擁!
初めてのスキンシップがいきなり濃いぃ!
「…あ、あのぅ…先…触れ…とか」
女官とか…てか何故今ここ?何故抱擁?
王子様は私の髪にキスして囁く。
「…本当は昨日触れたかった。君に触れたいから今を作った」
うわぁ。
「君が…好きだ」
うわぁ。うわぁ。
「わっ私も好きです」
舞い上がった気持ちのまま答えたら、ふと体が離された。王子様が私を見つめる。
「…本当?」
え?そこ疑問符?
驚く私を見つめながら王子様は尋ねる。
「…本当に愛し合っているなら、それは幸せではない?」
ああさっきの
『何をどうやっても幸せになれません!』
か。
私は恐る恐る聞いてみる。
「…王子様は今、幸せ?」
「とても」
即答だ。あまりにあっぱれで一周回って惚れ直してしまう。
ああ好き。やっぱり好きだ。
「私…私も、貴方を100年以上好き」
怪訝な顔をする王子様に私から抱きしめる。
もうもうなんでもいいや。
「幼い貴方も今の貴方も双子の貴方も老境の貴方も。全部ぜーんぶ好き。ずっと側にいたい。苦しい思いはもう嫌。苦しむ貴方を見るのももう…」
そうだ!
バカな私一人ではダメでも、頭の切れる王子様とならこの八方塞がりな状況を切り抜けられるかも?
むしろ何故今まで二人で 戦おうとしなかった!
「王子様!」
ガバっと王子様から離れると勢い叫んだ。
「助けて下さい!お知恵を貸して下さい!」
王子様は目を丸くする。
私は1つ息を吐いてから王子様に告白した。
「私、転生したんです」
***
自分で言うのもなんだが。
王子様へカミングした内容は、長ったらしい上に要領を得ない。
妄想乙としか言い様もないものだった。
話してみて最高に惨めな気分になる。
王子様は何やら考え込んでいる。
転生3度目の今にして引かれたんだ。とうとう飽きれられた。
考えてみれば前世までの私は彼から離れよう離れようとしてたじゃないか。
ある意味結果オーライ。
良かった良かっ…ハハ…。
王子様はおもむろに口を開く。
「わからない所が1つある」
1つですか?全部でしょ?
私に振り向き、私が泣きそうだと気付いた王子様は、またギュウと私を抱きしめた。
「わわっ」
「…話してくれてありがとう。大丈夫。きっと大丈夫」
言い聞かすように繰り返す。
「君の妄想とは思わない。この話はとても不思議だが心当りがある」
?、どういう意味?
「この転生は仕組まれている。起点は君の考える通りここだろう。そしてここ以外の僕の動きが不自然だ」
いや王子様な貴方も大勢に抗うとか大概だと思いますが。
「老境の僕は何故独身だった?君への贖罪?違う。少なくともどこかで君に再会する根拠を持っていた。多分それがいつかわからず独身を貫いた形になっただけだ」
「子供の僕はそもそも君と会えるタイミングも知っていたようだ。姑息に一人介抱できるよう画策している。ただしその結果にショックは受けただろう」
王子様は眉根を寄せる。
「最後にに至っては極端だ。明らかに異世界で、僕達は双子…それに――」
珍しく王子様が言い淀む。
「?」
王子様は左頬を向けて私を窺う。
「…君は僕の姿を気に入ってくれているようだけど、このホクロも嫌いじゃないんだね」
「もちろんです!むしろホクロがない王子様なんて物足りない位です!」
クスクスと王子様が笑う。
「そうみたいだね。…僕自身はあまりホクロが好きでなかったんだけど…双子の時だけ君は僕にときめいてない」
え?
「双子の僕にはホクロがない」
…あれ?そういえば?
「双子の僕は追い詰められているようだ。君に嫌われず失わないようにかなり極端な条件の転生をしている」
している?
「その結果、君が起点に戻ったという事は…やはり失敗したという事だろうけど」
束の間自嘲した王子様は、私の手を取る。
「まずはここから出よう。…今度こそ君を助ける。」
―――今度こそ。
真剣な王子様の表情に私は頷くしかなかった。
小袋の中で鳴るはずのない風鈴草の種がシャランと音を立てた気がした。
***
王子様に促され恐る恐る軟禁部屋を出る。
と、不思議な事に外は誰もいなかった。
ラッキー?
いや王子様が何かした?
そのまま王子様に手を引かれ、王宮の隠し通路なる所へと向かう。
漠然と不安な気持ちのまま辿り着いた隠し通路の入り口は、渡り廊下の端にあった。
ただの壁のある一点を王子様が押すと、そこから扉が浮き出した。
本格的な隠し通路。
何故か私はワクワクを押さえられなかった。
どのような構造なのか、中は小さな明かりとりがあるものの、全体に薄暗い。
普段使われてないのか壁が腐食し、足元もぬかるんで進みにくい。
「悪路ですまない。ここを抜ければ王宮の外へ出られるから」
穏やかな声とは裏腹に、繋いだ手から汗を感じる。
先程の静けさとは違い、今は何処からか鬨の声が聞こえる。
とうとう父がしでかしたのか。
「君の予想通り今日がその日のようだ」
私の手を引きながら王子様が自嘲気味に話す。
「傲慢にもお父上と君を助けようと思っていた。間に合わなかったな」
「私の父も?」
それは心広すぎないか?
「お父上の擁立しようとした者は前王の忘れ形見だ。現王の政権奪取によって不当な立場にあったのをようやく保護できた所だった」
もしかして昨日の旅装束ってその人関連で?
「今となっては君は見つかれば殺されるだろう。幸いこの道を知っているのはごく少数だ。大丈夫、逃げ切れる」
「女官は」
「君との時間を作りたくて、僕が君の朝食に細工した。女官はその処理に手間取っているだろうところでこの事変だ。当分は巻けるだろう」
…どおりで女官も朝食も来ないはずだ。
緊迫した状況なのに、なんだか不思議な気がする。
前世でこの時はなかった。
転生をカミングしたせいか、運命が変わってきている気がする。
ただ確実ではない。前世では謀反の後に一回だけ王子様と面会できていた。今回がその代わりとなるかもしれない。
私は手の内にある小袋に目をやった。
ついつい持ってきてしまった。大好きな風鈴草の種。
ふいに王子様が振り向く
「その小袋」
ドキンとして握り締めた私に、不思議そうに尋ねる。
「王宮へ来た時から大切にしているね。お父上からの何か?」
「はい、中に風鈴草の種が入ってるんです。寂しくないようにと持たせてくれて…」
「カンパニュラ?」
「初めてお会いした時に渡した花の名前です。大好きな花で、王宮でも植えさせてもらおうかと思ってずっと持って」
「ああ、あの青紫の」
ふと足を止め、軽く周囲に目をやり王子様は微笑んだ。
「あの時の、1輪だけ押し花の栞にしたんだ。いつか君に渡そうと思ってずっと持って」
私はギクリとした。
栞?
最奥に外の光で照らされた門が見える。おそらく出口だろう。
その出口を背にして王子様がそっと栞を取り出す。
「今ここで君に贈ろう。そしてその種を僕に譲って欲しい。身の内にあるものを交換し誓いを立てれば僕達は夫婦だ」
それはこの国の古い慣習。
結婚の儀式。
それを今ここで?
何故?
私は固まってしまった。
王子様の栞に手を伸ばす事も、手の内の小袋を渡す事もできない。
もうすぐ出口。それを前に何故今、結婚の儀式をする?
貴方は何を考えてる?何を隠してるの?
私が貴方に風鈴草を渡すと貴方が不幸になる。
貴方が私に風鈴草を渡すと私が不幸になる?
じゃあお互いが渡し合ったら?
今のこの道は合ってる?
二人で切り抜けようと思って、あるいは上手くいくんじゃないかと期待したこの道。
「…イ…ヤ……」
なんとか絞り出した声に王子様は静かに答える。
「さっき、わからない事が1つあると話したね?それは転生の手段だ…心当りなら、ある」
小袋の中で鳴るはずのない風鈴草の種がシャランと音を立てた。
「心当り、つまり転生を起こした者の動機は手に取るように…わかる」
ねえ王子様、今は先を急いでいるのではないの?
「今まででき得る限りの手を尽くしたけど、この通り間に合わなかった。自分の無力さはとうに知っていた」
一緒に幸せになる未来を作り出そうとしてるんだよね?
「夢想したよ。僕に確実な権力が手に入り、一方で君は何にも属せず、何の拠り所もない状態で出会えたら、全て上手くいくんじゃないかって」
やめて、やめてよ。
「そう、君の最初の転生そのものだ…まさか老いた僕と孤児の君なんて形とは思わなかった」
王子様は栞に視線を落とす。
「呪いには相応の媒体が必要だ。さっきまでそれがなんなのか考えていたがわかった。」
呪いなんて。
「媒体はこれなんだね。」
知りたくない。
王子様は栞を差し出した。
「風鈴草だ」
***
「お父上が花と種、両方に呪いを掛けたんだと思う。花は即効性で種は遅効性。どちらにしろまず僕の命を狙い、上手く作用しない場合は君の命を奪うよう…事変の前に成すように」
立ち尽くす私に王子様は話し続ける。
「だけど花は僕に渡す前に萎れてしまった。種は蒔かれなかった。お陰で僕はおめおめと生き残れた。ただし呪いは解かれないまま。それで君は…」
王子様は一瞬目を臥せるとまたまっすぐに私を見た。
「だいぶ後で媒体に気付いたんだろう。それが花の種だとも知らず、おそらく僕は半信半疑で媒体を利用し君を転生させたんだ」
固まる私の手を取り、王子様は告げる。
「さっきから運命の改変を考えていた。ただ逃げるだけでは結局君を救えないのではと…それなら」
きつく握った手が王子様に開かれていく。
「結婚しよう。二人で立ち向かえば、無い未来が切り開かれるかもしれない…種をくれるね?」
なす術もなく私はただイヤイヤと首を振る。
怖い。
今度は二人共に死んでしまう?
そして不幸な転生は永遠にループ…
嫌だ!
私は、私が苦しむのも、貴方が苦しむのも、もう―――――
「姫様は拒絶なさっているようですよ」
出口から声がした。
弓をつがえた女官がそこに立っていた。
ああそうか。
早く承諾してれば良かった。
王子様は女官に気付いて急にこんな事したんだ。私が殺されないように。
妃になってしまえば迂闊な事はできない。
しかも今この場でなら、他ならぬ女官が結婚の義の証人となったのだ。
だが既に射程を見定めた女官からはもう逃げられない。
また失敗した。
私はもう何度目かの絶望をした。
なのに王子様が不敵に笑う。
私の手を握ったまま。
正確には私の手の内に風鈴草の栞を差し入れたまま。
「お離れになって下さい」
栞を私の手の内に残すと、王子様は私から小袋を奪う。
女官はそれを見逃さなかった。
「捨てて下さい!呪いが掛かっています」
「知っている。たとえ姫君がここで倒れても解除できない呪いなのも」
女官が一瞬怯む。
「お前も姫に情を掛けてくれてたんだね。何も知らない可哀想な姫が唯一大切にするこの小袋、ついぞ処分しないとは」
返事をしない女官に構わず、王子様は続ける
「お陰で道ができた。礼を言う―――」
言い終わらない内に王子様は素早く女官に走り寄る。
今や隙だらけとなった女官を羽交い締めにし私に振り向いた。
「姫、逃げろ!」
私はもう何度目かのイヤイヤをした。涙が後から後から溢れて止まらない。
「ここで女官が待ち伏せする位なら、見つかるのは時間の問題だ。君だけでも先へ行くんだ」
嫌だ、今度こそ二人で幸せになりたいって思ったのに。
もう何もかも嫌だ。
「走るんだ姫、その栞のあれば君の意思できっと転生できる。道が開け――」
「嫌!」
私は泣き叫び、王子様の元へ走った。
驚く王子様と一瞬表情を変えた女官。女官の肩がグニャッと撓り王子様の拘束を解く。自ら脱臼させてすり抜けたのだ。
そして素早く私へ向かう。
女官の手に短剣が光る。王子様はバランスを崩しながらも全身で女官に覆い被さるが、一寸女官が私に届く方が早かった。
ああ刺されて私は死ぬ。
そう思ったら、なんだか全てがゆっくりに見えた。
近づく女官は何故か目に涙を溜めていた。きっと、何かあれば私を殺せと命令されてたんでしょ?泣かなくていいのに。バカだなあ。ツンデレさんなんだから。
王子様の体は刃物ごと女官の前に突進しようとしている。その体勢では貴方も無事では済まないのに。バカだなあ王子様。頑張りすぎ。
私。私は。
私はね。
どの時でも、貴方とフツーに幸せになりたいの。
貴方がが笑ってくれて、私は幸せな気持ちになる。
ねえ風鈴草
私の願いはいつも1つだったのよ
ああ
何もかもが
白く消えていく。
手の中の風鈴草の栞がシャランと鳴った。
そんな気がした。