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変身

近未来です。

登場人物の年寄り率が高めです。

軽度ですが残酷描写ありです。拷問とかはないと思います。

勢いで書いてるので予告なしに編集することがあります。

暖色の間接照明がやわらかな雰囲気を醸し出す。

ロビーには有名なJ-POP曲がオルゴール調にアレンジされたものが流れている。その空間は、まるで高級なホテルのようであった。


ここは寿命管理局センター。


そして今俺は、その玄関前に立っている。ここで『終焉者』を待っているのだ。


自動ドアが開く。大きな黒い車から青いストレッチャーが現れた。ストレッチャーに括り付けられたタグには『瀬尾よしか』と書かれている。


「瀬尾さんですね。お待ちしておりました。当施設では安らかな最期をサポートさせていただきます」


送り人である俺はお決まりのマニュアル台詞を口にした。


瀬尾という老人に目をやる。手入れされてなかったのか、それとも病気のせいなのか、髪の毛はまばらで痛んでいる。しわしわでシミだらけの手足は硬直しており、背中はダンゴムシのように丸まっている。

それはほとんど死体のようで、"ヒト"というより肉の塊に近いように見えた。ただ瞳だけは動くものを追うようにぐるぐると動いていた。


今回は楽そうだ。

それが俺の素直な感想だった。


「瀬尾よしかさんのご家族ですね。書類をお預かりします」

夫婦だろうか、付き添いできた中年の男女に声をかける。


「はい」

女性が白い封筒を差し出す。


「ありがとうございます。」

受け取った封筒の中身をチェックして、二人に目を向ける。


「確認致しました。それではご案内しますね」


瀬尾老人の家族を引き連れて、ストレッチャーを押していく。一つだけ扉の色が異なる大きなエレベーターに乗り、処置室に向かう。

処置室は大きな部屋だが、細かく区画されている。そのうちの一室にストレッチャーごと瀬尾老人を運び込んだ。


瀬尾老人はここにくるまで一言も言葉を発することはなく、ただ虚ろな目で横たわっている。

ほどなくして臨床検査技師と、遅れて医師が入室した。

技師は挨拶もそこそこに、瀬尾老人の服をまくりあげ、胸に電極をつける。するとピッ……ピッ……と心電図の音が鳴り始めた。そして医師が慣れた手つきで瀬尾老人に注射を打つ。


「それではおやすみなさいませ」


職員が揃って口にする。これまたマニュアル通りの台詞だ。


瀬尾老人は虚ろながらも開き続けていた瞳を閉じた。

俺は瀬尾老人の顔に恭しい手つきで白い布をかぶせた。


静かな部屋に心電図の電子音だけが鳴り響く。そしてその音も、やがて消えた。

瀬尾に家族は泣いたりする様子はない。ただただ淡々と見ていた。


それから少し経って、俺は瀬尾老人の家族を玄関まで案内した。

俺は深々とお辞儀をして二人を見送る。しばらくすると彼らの姿も見えなくなった。


やっと気が抜ける。俺は顔面に貼り付けた笑顔を崩して伸びをした。


「さて、と」

まだ仕事は残っている。瀬尾老人の遺体処理をしなくては。

今頃瀬尾老人の遺体は安置所に運ばれているだろう。

施設のロビーを抜け、遺体安置所に向かうため廊下を歩いているその時、罵声が響いた。


「クソ野郎!」

終焉者の声だ。


「人殺し!人殺し!!」

角を曲がった先で白髪まじりの老人が大声で叫んでいた。


終焉者にはこういったやっかいな人も少なくない。

老人の隣には黒髪の短髪に黒ぶち眼鏡をかけた男、同僚の辻がいた。


「落ち着いてください!」


辻が老人をたしなめる。

しかしこんなことを言ったところで大人しくなるものではない。それどころか老人は逆上し、激しくひっかいてくる。辻は咄嗟に老人をおさえつけた。


「うっ」


辻が小さなうめき声をあげた。老人の肘がみぞおちにはいったようだ。俺は慌てて二人にかけよった。

暴れる老婆を二人がかりで押さえつけ、ストレッチャー下に収納してあったミトンを装着した。

さらにミトンについた布テープをストレッチャーの柵に括り付ける。

辻は終始にこやかな顔であったが、手に持ったボールペンをカチカチと鳴らしていた。

イライラしたときにする仕草だ。


「ありがとな」

辻が俺に声をかけてきた。


「今日は大変そうだな」

「ほんっと今日ははずれだよ。暴れたところでどうなるものでもないのに」

辻はイライラした口調で話し続ける。


「佐藤さんなんか終焉者に殴られて、顔にアザができてたよ。女の子なのにかわいそうだよな」

「ああ、あれは痛そうだったな」

「もっとサクッと死んでくれたらいいのに」

溜息交じりに辻がつぶやいた。


「そうだな……」

この会話がネットで暴露されようものなら確実に炎上するだろうな。

ふとそんなことを考える。

俺だって、思うところがないわけではない。普通に話せる老人に対しては多少の情も湧いた。だがじきに慣れた。


今となってはもう、面倒だとか、厄介だとか、浮かんでくるのはそういった感情ばかりだ。


そもそもこの仕事において優しさは意味をなさない。

情をかけたところで彼らが生き延びることはなく、ただ働く側の精神を圧迫するだけだ。

事実、こうした会話に参加せず、俺たちを汚いものを見るような目で見ていた『清い人間』たちは次々と辞めていった。


汚れ仕事とはいえ、公務員だ。

大した学もない男がこのような安定した職業につける。

これでいい。俺はいつも自分にそう言い聞かせている。


----------


仕事の後は時々辻と食事に行く

居酒屋で、仕事の愚痴や最近ハマっているゲームの話、恋人ののろけ話など、ぽつぽつと喋ってお開きになる。辻は地味な外見に反しておしゃべりなやつで、俺は基本的に聞き役に徹している。

辻は時々人の話をさえぎってまでしゃべろうとすることもあるが、口下手な俺にはかえってありがたかった。


今は辻と別れた後で、その帰り道だ。

コツコツコツ……自宅アパートの階段をのぼっていると見慣れない集団とすれ違った。中年の男女に若い男が二人、特に二人の青年は目元と鼻が似通っていた。おそらく家族なのだろう。


そのまま階段を昇り三階に辿り着くと、廊下に老人がポツンと立っていた。

お隣に住んでいる米川さんだ。

「こんばんは」

米川さんが俺の存在に気付き、声をかけてきた。


米川さんはプライベートではほとんど愛想のない俺に懲りずに挨拶をしてくる老人だ。はじめのうちはしつこいとすら思っていたが、次第に打ち解けた。


「こんばんは」

俺は挨拶を返してこう続けた。

「こんなところでポツンと立ってるなんて、何かあったんですか?」

すると米川さんはしわしわの顔をさらにクシャっとさせて笑う。

「家族が来てくれたんでね、見送ってたんですよ」

よほど嬉しかったのだろうか、ニコニコとした顔を見ているとこちらまで少し嬉しくなった。


「ご家族ですか。いいですね。俺なんかもうずっと会ってないですよ」


俺がそういうと米川さんから笑顔が消え、会話も途切れた。

家族と会ってないのは厳然たる事実であり他意はない。米川さんは俺に気を遣っているのか、それとも少し嫌味っぽく捉えられてしまったのだろうか?

いや、考えすぎかな。声のトーンを上げて話したし大丈夫だろう。多分。


そんなことを考えていると再び米川さんが口を開く。


「いやぁ、僕も普段は全然会えてないんだけどね……明日は僕の80の誕生日だから、前祝いをしてもらったんだよ」


俺は言葉につまってしまった。


80歳。それはこの国で定められた寿命。

国民は80歳になったその日に施設に送られ、人生を終える。

そして彼ら『終焉者』を葬る手伝いをするのが俺たち送り人なのだ。


黙りこむ俺を見て米川さんは笑った

「湿っぽいのは苦手なんでね、パァっと祝ってやりましたよ」

「……」


仕事なら優しい言葉をポンポンと投げかけられるのに、この人には何も言えなかった。


「お仕事で疲れているのにこんな話しちゃってすみませんね。それではおやすみなさい」

そういうと米川さんは自室に戻っていった。


俺はひとり立ち尽くす。


仕事をはじめてから老人に対する情が薄れている気がしていた。それでも米川さんと話している時だけはあたたかい気持ちになれた。


米川さんは俺が送り人をやっていることは知らない。それに明日の担当リストには米川さんの名前はなかったはずだ。


──だけど


胸に重いものがのしかかった。

俺は自室にはいり、すぐに床に寝転んだ。

どうにも起き上がる気にはなれず、惰性でスマートフォンをいじっているうちにいつの間にか眠りについていた。


----------


しまったな。

風呂にも入らず寝落ちしてしまった。

シャワーを浴びて、支度して……そもそも今何時だろうか。やけに外が明るい。スマホはどこだ?つらつらと考えを巡らす。


意を決して起き上がろうとしたその時、異変に気づいた。


身体がだるい。それに尻や肘が痛い。


スマホを探そうと動く手は、カサカサでささくれ立っており細かなシワが複数刻まれている。

手だけじゃない。腕も同じだ。まるで老人にでもなってしまったような……。

「え?」

混乱のあまり思わず声がでる。聞きなれたいつもの声ではない。低くてしわがれている。


どういうことだろうか。立ち上がって周囲を見渡した。

ここは俺の部屋ではない。内装や間取りは一緒だが置いてある家具は見覚えのないものばかりだ。

よろめく足でなんとか洗面所に行き、鏡を見ると、信じられないものが映っていた。


「米川さん……?」


そこに映っているのはいつもの見慣れた姿ではなく、米川さんらしき人だった。いや鏡は左右反転しているのだから、反転したらそのまま米川さんの顔になるのではないだろうか。


……状況がよくわからない。これは夢なのだろうか。とりあえず頬をつねってみたらぶよぶよにたるんだ皮膚がにゅっと伸びた。痛い。


夢じゃない?まさか本当に俺が米川さんになってしまったのか?


だとしたら……非常にまずい。


米川さんは『明日お迎えが来る』と言っていた。つまりこのままだと俺は今日、米川さんとして葬られてしまう。

今は何時だろう。寿命管理局の始業時間は午前八時半。迎えにくるのであれば早くて九時頃だ。

今、掛け時計の針は十時をさしている。


冷や汗が出る。なんだか心臓が苦しい。

再びあたりを見回すと、机の上に黒い二つ折りの財布を見つけた。申し訳なく思いつつも中を見ると、『米川茂』名義の保険証があった。


──ピンポーン

チャイムが鳴り響く。俺の心臓が跳ね上がる。

「米川さーん、寿命管理局です。お迎えにあがりました」


来た。

どうしようどうしようどうしよう。

焦りのためか、額のあたりがカァッと熱くなる。


このまま閉じこもっていても管理局側が大家さんに鍵を借りて、連行されるのがオチだろう。

窓から出ようにも……ここは三階だ。カーテンを命綱にしてつたい降りようかと考えたが、果たして老人の体力でそれは可能なのだろうか。よしんば無事に降りられたとしても、人目につくことは間違いない。それにカーテンを加工している間に管理局職員が部屋に入ってくるかもしれない。


「寝てるんですかね」

先ほどとは違う男の声がした。辻の声だ。


光明が見えた気がした。


辻なら話を聞いてくれるかもしれない。

俺が一日で全く別の人になってしまったなんて、普通なら信じられないだろう。生き延びたいがための虚言と思われるのが関の山だ。

だけど俺と辻だけが知っていることを話せば……もしかしたら、わかってくれるのではないだろうか。

リスクはあるが、少なくとも三階から逃げだすよりは安全だ。そして終焉者が寿命管理局から逃げ切れる例はほんのわずかだということを、俺は知っている。


インターホンのカメラ映像を見ると、鍵を貰いに行ったのだろうか、もう一人の職員が去っていくのが見えた。今、扉の前には辻だけが残っている。チャンスだ。俺はインターホン越しに会話を試みた。


「辻!俺だ!!寿大輔だ!」

「え?」

ビクッと肩を揺らす辻の姿が見えた。俺は構わず話し続ける。


「今はなんでか米川さんの姿になっちゃってるけど……そうだ、昨日一緒に居酒屋に行って、

同棲してる彼女の……さゆりちゃんと靴下のことでケンカしたとかそういう話をしてたよな。あとは……今TPSにハマってて、チームのやつがすぐ死ぬって愚痴ってただろ。それでそれで……あの時はお通しが、豆腐にエビが乗ってるやつで、つくねに焼き鳥、味はタレ、最近油ものがきつくなったとか言いながら、から揚げ、それからポテトを頼んだ!辻はマヨネーズに胡椒をかけてフライドポテトを食べるのが好きだったよな!?こんなの見ず知らずの老人は知らないだろ?なあ?」


早口でうわずった声になりながら、俺と辻しか知り得ないであろうことを立て続けに話す。


はじめのうちは営業スマイルを崩さなかった辻も俺が話していくにつれ真顔になり、うつむいた。


辻は沈黙し続けている。何か考え込んでいるのか、見知らぬ老人に個人情報(というべきなのか微妙ではあるが)を知られている恐怖で口を開けないのか、考えは読めない。


そうこうしているうちに、もう一人の職員(今気づいたが上司の仲村のようだ)が戻ってきた。右手には水色のカードを持っている。あれは部屋の鍵だ。


部屋に、入ってくる。

ガチャリ、と音がした。


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