2、ポジティブシンキング
遅ればせながら第2話です
《2時間前》
「えぇ、新入生のみなさま。ご入学、誠におめでとうございます。えぇ、本日におきましては__」
俺の学園生活は薔薇色になる……はずだった。今朝まではそうなる事を微塵も疑ってはいなかった。
しかし、今はどうだろうか? 俺の視界に映る光景、その全てが灰色に濁って見える。
現在、俺を含めた新入生は入学式のため、大金を掛けて建てたのだと思わせる規模の講堂に集められていた。横を見やれば、先程までの異常性が鳴りを潜めた明美が座っている。
……っ、俺がコイツの本性をもっと早く思い出していれば…………
後悔先に立たず。仮に、今朝の時点での俺に明美の本性を伝えたとしても、俺は信じなかっただろう。何故なら、俺は明美に苦渋を味合わされ続けた頃の記憶を自ら忘却しようと努力したのだ。それこそ、自己暗示をかけるほどに。
明美は俺の弱みを握っている。それも周囲に知られれば、社会的地位が死ぬ云々の話じゃすまないレベルの弱みだ。
「__では、これを持ちまして開式の言葉とさせて頂きます」
聞き流していたが、どうやら入学式が本格的に始まるようだ。
こちらはそれどころでは無いと言うのに! ……はぁ
周囲が、これから始まる高校生活に胸をときめかせている中、俺は可視化出来そうなほどの負のオーラを漂わせていたのだろう。辺りから、チラチラとこちらを窺うような視線がいくつもあった。
勿論、それどころではない俺は周囲の視線を無視していた。
「では、これより学校長から新入生の皆様へ、歓迎の言葉が贈られます」
俺の気持ちなんてどうでもいいとばかりに進む式に、八つ当たりなのは理解しているがとてもイライラしていた。
(だから、俺はそれどころじゃ……っ、____)
__空気が変わった
確かにそう感じた。先程まで、これからの学園生活に想いを馳せていた新入生達も、参列している教師達でさえも、確かにその身に纏う空気が変化していた。
その様はまるで、イタズラがばれて大人に叱られる子供、みたいな……。
気がつけば、灰色だった世界に色が戻っていた。これからの生活に対する絶望感も薄れ、横目で明美を見て__驚愕した。
あの明美が、額に汗を滲ませていたのである。
それからも重苦しい沈黙が続き、言いようのない緊張感が俺を襲っていた。
そして、その音は静まり返った講堂でやけに響いて聞こえた。カツンカツンと、講堂の壇上を靴底が叩く音。
俺は誘われるように、音の発生源に視線を向けた。
自信に満ち溢れた顔。引き締まった体躯に、ギラついた瞳。髪はオールバックにしてある。偉丈夫という言葉がよく似合うその人物を見て、俺が一番最初に抱いた感情は怯えだった。
「新入生の諸君! 入学おめでとう!! 私がこの学校で校長をしている、佐々木小太郎と言う者だ。私は諸君らを歓迎しよう、ようこそ〝理想郷〟へ。諸君らは今日を持って、我らの同士となる! ……これまで辛い思いをした者も多いだろう。だが、安心するといい。そのために私はこの学校を作ったのだ! 青春だ! 青春せよ若人たちよ! ここでは諸君らが願う全てが叶うのだから! 私から諸君らに贈る言葉はただ一つ……〝己の欲を満たせ! 他者の欲はそれ以上に満たせ!!〟 ……私からは以上だ」
突如、轟音が響き渡った。何事かと思えば、音の正体は拍手だった……ただ、殆ど全ての生徒が号泣しながら、スタンディングオベーションしていたが。
俺を含めた極少数の新入生は、突然の出来事に困惑するしかない。明美でさえも、立ち上がり滝のように涙を流しながら拍手していた。ここまでくると、まるで自分がおかしいのか、とさえ感じてきた。
「続きまして、在校生代表による挨拶です。在校生代表、茅野兵楼」
司会者が言葉を発すると、新入生達が一斉に着席し静かになった。……君たち、何なの? 事前に準備してたの? 一切乱れがなく完璧に統制された動きを見せる自分と同学年の生徒達に、最早何も言うまいと固く心に誓った。式が次のプログラムに進行し、次は在校生代表__即ち生徒会長からの挨拶のようだ。
「えぇ、先ずは新入生の皆さん、入学おめでとうございます。私はこの学校で生徒会長を務めております、茅野兵楼です。先程の校長先生の御言葉に比ぶべくもないでしょうが、私からも皆さんに向けて言葉を贈りたいと思います。贈りたいのは、〝黙らせるなら上の口からではなく、先ずは下の口から〟という言葉です」
ン〜? あれれ〜、おかしいぞ〜?
俺は戦慄していた。まさか、こんな重苦しい雰囲気の中で冗談を言うなんて! と。生徒会長のメンタルに脱帽していた俺は、ある違和感に気がついた。
あれ? 何で誰も止めないんだ? と。先の言葉は、明らかにおかしい言葉が混じっていた。それこそ、某名探偵もすぐに指摘しそうな程におかしかった。しかし、教師陣が動く様子は無く、新入生達も生徒会長の言葉を聞き入っていた。
その後も、生徒会長の挨拶は滞りなく進んだ__進んでしまった。
「これを持ちまして、在校生代表による挨拶とさせて頂きます」
突如、轟音が____(以下略)
俺は最早、明美の事など考えていなかった。最初の校長の言葉も変だとは思ったのだ。仮にも聖職者である教師が、大声で欲を満たせ! なんて叫んだのだから。そんなものは最早、聖職者ではなく性職者だ。しかし、そんな違和感はその後のスタンディングオベーションのインパクトが強すぎて消し飛んだ。だが、2度目ともなると多少は心構えが出来ていた。
(校長の言葉に、生徒会長の下ネタ発言。これに対して、どうして周囲は反応しなかった?)
周囲の新入生達の顔、その表情を観察する。
(周りの奴らの表情……まるで……そう、まるで当たり前の事を言われたかのような……っ、まさか、な)
自信の馬鹿げた考察に対して、あり得ないと一蹴する。だが、何故だろうか? 今日は今春で一番の冷え込みだとニュースで言っていたのに、さっきから汗が止まらないんだ。多汗症ではないはずなのに、どうしてだろう?
「以上を持ちまして、私立百合薔薇大学付属高等学校入学式を閉会いたします」
はっ!? どうやら、考えこんでいる間に入学式が終わってしまったようだ。思えば、俺も考え過ぎな気がする。
……そうだよな、明美だってもう何年も昔の事なんて水に流してくれるだろうし、校長や生徒会長の件だってそれだけ冗談とかにも寛容だって事なんだろう! たぶん。
心機一転。ポジティブに考える事で、俺はようやくこれからの学園生活に胸がウキウキしだした。
「……おっ、ようやく明るい顔になったな」
ボソッと左側からそんな声が聞こえ、振り向くと少し日焼けした男が片手を振っていた(明美は右隣だ)。
「お前さん、せっかくのめでたい日だってのに辛気臭ぇツラしてっからよぉ。でもま、なんか吹っ切れたみたいだな?」
「あぁ、前向きに考えれば、どうって事ない事だったよ」
現在は式が終了し、次のクラス発表の準備をしているようだ。この学校は、とにかく金を掛けている。普通の学校だと、式の最初からクラス毎に分けられたりしていて大体の面子が分かるかと思うのだが、この百薇高では何と講堂に設置してある、映画館のスクリーンと同等かそれ以上のサイズを誇る大きさのスクリーンにて発表されるのである。
マジかよ、ブルジョワめ。
「? そうか。ところで、俺の名前は工藤倫太郎ってんだ。倫太郎でいいぜ。お前さんは?」
「俺は直也。田原直也だ。俺も直也で構わない。よろしくな倫太郎」
「おう! 直也、これからよろしくな」
席が隣なので握手を交わし笑い合う。これは入学して早速の友達1号か、と俺がはしゃいでいる中、スクリーンにクラスが映し出された。
「おっ、クラスが発表されるみたいだぜ。一緒のクラスだといいな」
「おぉ、その時はよろしくな倫太郎」
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1ーH 担任:詩理穴 右画津
・ 亜鳴 星
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・
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・ 工藤 倫太郎
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・
・ 西園寺 明美
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・
・ 田原 直也
・
・
・
・ 脇下 瓶缶
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「一緒のクラスみたいだな。改めてよろしくな直也」
「……あ、あぁ。よろしく倫太郎」
「? どした? 知ってる名前でもあったんか?」
くっ、ツッコミたいところが沢山あるが、そんな物は後回しだ。そんな事よりも__
「あ〜! 一緒のクラスみたいだよ直也くん……ン? 直也くんの知り合い?」
まさか、こんなにも大勢の新入生がいる中で、この変態と一緒のクラスとは……!! くっ、まぁいい。倫太郎も同じクラスだった事が何よりの救いだろう。
「おう。さっき直也の知り合いになったばかりの、工藤倫太郎だ。直也と一緒のクラスって事はアンタも一緒のクラスだな。よろしく」
「初めまして。直也くんの幼馴染の西園寺明美です。こちらこそよろしくお願いします」
爽やかな倫太郎に対して、完全に優等生の皮を被った明美。
これからの事についての不安なんて、今考えてもしょうがないとばかりに気合を入れ直し、俺も口を開こうと__
「__それでは、これより諸注意を行いたいと思います」
喋るタイミングを見事に外した俺は、少し気落ちしながらも諸注意を聞く態勢を整えた。倫太郎と明美も今は押し黙って聞く態勢だ。
「皆さまはご存知かもしれませんが、我が校には特殊な校則が複数存在しており、校則に違反すれば厳しい処罰が下されます。校則については、後ほど渡す生徒手帳に明記してあるので確認しておいて下さい。ですので、詳しい説明は省きますが、1点だけ。まぁ、先ず無いとは思いますが……校内にて異性間による交際が確認された際には、生活指導の教師より〝不良生徒更生プログラム〟が施されますので、そのつもりで」
ん〜? やけに、異性間のって部分が引っかかる気がするが……ま、気のせいだろ。
「ところで直也。お前さん、周りの同級の中で誰かいい奴見つけたか?」
声を潜めて問いかけてくる倫太郎。ふっ、愚問だぜ倫太郎。俺は既に4人はピックアップしたぜ!(※明美を除く)
「う〜ん、そうだなぁ。あの子なんてどうだ?」
俺の視線の先には、茶髪をショートボブにしているフワッとした印象の女子がいた。
「おっ! あの子か〜。なるほどなぁ。なんか、守ってあげたくなる感じの子だな……お主も中々にやりおるなぁ直也サンよ」
「そうだろう、そうだろう! 次はあの子だ!」
視線の先には、モデル顔負けのプロポーションにルックスを併せ持つクール系美少女がいた。
「おっ! 背が高い上に落ち着いた雰囲気の子だな。……ほほう」
「だろう? 更に更に、続いてあの子だ!」
示した先には、低身長で童顔、更に髪をツインテールにしているロリっ娘系女子がいた。
「……おいおい、マジかよ。ツインテールなんて……直也、お前さん見掛けによらず随分な業腹だな」
確かに、童顔ツインテールは業が深すぎたか。
「ならばっ! あの子はどうだ!!」
視線の先には、超が数十個付くのではないかというレベルの美少女がいた。髪はロングで佇まいはお淑やか。さぞモテるであろう、男子が気になる女子ランキング堂々の第1位だ!(周囲を見回して勝手に作成)
「うぇぇ? 直也ってあんな黒光り系もいけんだ……意外だったよ」
黒光り? それよりも何故だか倫太郎との間に、先程までは感じなかった壁を感じるんだが……気のせいだよな?
「では、新入生の皆さまは各自、発表された自身のクラスに移動して下さい」
取り敢えず、続きは教室でという事になった。
この時の俺は気づいてなかった____いや、気づかない振りをしていた。
ポジティブシンキングとは即ち……現実逃避だと言う事を。
運命のカウントダウンまで、残り30分を切っていた。