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狼はメトロノームに耳を傾ける。

テテ視点です。



 狼の朝は早い。


 まだ日も登っていない暁に香る朝露の香りに、私は浅い眠りから呼び起こされ、同様に覚醒を始めた姉妹たちが寝床から離れ始めました。


 元々は庭具などを保管しておく倉庫だった小屋を拡張し作ったハウスの中はまだ暗く、お父様が新たに呼んでくれた家族の尻尾を踏まないように扉へと向かいます。


「相変わらずお早いことで。集まって隠れないと寝れない、情けな縛られし方々」


 扉をあけ、まだ冷たい空気を鼻から吸い込んでいると、庭の樹の枝に座っていたクロが優雅に、それでいて皮肉混じりな挨拶をしてきました。


「代わりはありませんでしたか?」


「さぁ、どうでしょう」


 クロは私の言葉にニヒルな笑みを浮かべながら背中の翼を数度羽ばたかせます。


「一日中ピリピリと神経をすり減らして生きているあなた方は、警戒するのはお得意なはずですよ」


 私に続いてハウスから出てくる妹達を尻目にクロへ皮肉を返します。


「そう怒らないでいただきたい。元々は無能なあなた方の仕事だった警戒任務を横から掻っ攫ってしまったことに関しては申し訳ないと思っているんです」


「ングルルッ」


 私の反撃を軽くいなしたクロにツツが唸ります。


「はしたないですよ、ツツ」


「……申し訳ありません、お姉様」


 彼女はつい感情的になるのがイケないところです。


「お姉様には言われたくありません」


 内心思ったことにツツが口を出しました。


「血族を大切に思いすぎるが故にすぐ感情的になることに自覚のないとは……哀れなものです」


「グルルッ」


 高みから降ってくる言葉につい威嚇してしまいます。


「「お姉様」」


 ツツとトトの視線が同時にこちらへ刺さりました。


「……これだから羽付きは嫌いなんです」


 私は牙をむき出しにしたい衝動を抑えながらも屋敷へと向かって歩き出します。

 先程までは夜の気配に包まれていた空もすでに白み始めていました。メイドの仕事は多いのです。こんなところで時間を潰していてはいけません。


「素直じゃないですねぇ」


 扉に手をかけたところで背中にかけられた言葉は聞かないことにしておきました。


 私達は厨房に向かわねば。


「おはようございます、アルザさん」


「相変わらず早いねぇ」


「アルザさんには敵いません」


 皺のある 顔を嬉しそうに歪ませる彼女は現在この屋敷の厨房を担っています。以前はもっと立派な調理師が居たそうですが、盗賊に占拠された際に田舎に帰ったそうです。


「わたしは歳に敵わないよ」


 アルザさんは微笑みながら鍋からお湯を木製のマグカップへと注ぎました。


「ありがとうございます」


 私は白湯が湯気を立てるマグカップを受け取りお盆へと載せます。


「ミルクはもう少しかかるさね」


「承知しました」


 お父様へ持っていくミルクを待つツツと、朝食の手伝いをし始めたトトを尻目に、私は食堂を後にしました。


 まだ屋敷の中は静けさに満ちていて、歩くと揺れる白湯の音が聞こえそうなほどです。


 しばらくして目的の部屋の前につきました。

 部屋の中からお母様の寝息を聞き取っているのですが、それでも礼儀として扉をノックしてから開きます。


「失礼します」


 部屋の中は木窓が閉められていて、ベッドの上ではお母様が規則正しく寝息を立てていました。


 まず私は白湯のカップを枕元近くの机に置いてから、木窓を開けます。

 そして、床に落ちている衣服を集め始めました。


 お母様はしっかりしているようでいて、ところどころにだらしないところがあります。

 昨日はずいぶんお疲れだったので、こうなることは予想していましたが……。


 光の勇者を倒すのに数多くの家族が犠牲になりました。それをここ数日の間でお父様がなんとか戦力を取り戻そうと頑張っているのはみんな知っています。


 お母様もそれを知っているから、無理して頑張るのでしょう。


「んっ」


 お母様が開け放たれた窓に入り込む朝日から逃げるように寝返りをうちました。露わになったお母様の足元の肌を隠すように、私はシーツをかけ直してあげます。


 小さな身を包む暖かさの違いにお母様が身をよじる音が聞こえ、しばらくしてまた静寂が戻ります。


 静けさに包まれると今度はトクントクンとお母様の心音聞こえてきました。


 私はお母様の心音が好きです。

 お父様のそばにいれば早鐘のようになる心音も、嬉しくなると広がるような音を出すのも、悲しくなると締め付けられるような音を出すのも、聞けば人間という生き物が少しわかる気がするのです。


 私は眠るお母様の横に座りました。

 椅子は使わずに、ベッドへ顎を預けるような形で床に直接お尻をつけます。


 椅子はあまり好きではありません。

 どうせ座るのなら、できるだけ近くに寄り添いたいと思うのが我々グレイウルフです。


 もう少し顔を近づければ鼻先が触れるほどの距離で、お母様の心音に耳を立てつづけました。


 それだけで気持ちが安らぎ、先程起きたばかりなのに眠くなってきます。


 いつまでもこんな時間が続けばいいのにと思うほどに、それはいつも叶わないのです。


「……。……もう、テテ。……近いよ」


 目の覚めたお母様が眠たそうに口を開きます。


「おはようございます、お母様」


 だから私はいつものようにこう言いました。



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