魂は必ずしも美しいとは限らない。
お久しぶりです。遅くなり申し訳ございません。
まずは少し過去のおはなしです。
昏き空は堕ち、魂は天に昇る。
まるで神話のようなその光景に、わたしの心はまるで踊らない。
無垢なる悪魔は泣き喚き、鈍い残響だけが頭に刺さる。
憎き勇者のいる都でわたしが目にしたのは地獄だった。
闇色の鴉に包まれた空と、美しくも悍ましい死の歌を泣き奏でる白き悪魔。
遠目に見ただけでも尋常ではないのに街の中はそれ以上にこの世のものとは思えない。
鳴り響いた死の声に耐えきらなかった人々は地に膝をつき、こうべを垂れたまま死んでいた。
鼓膜は破れ血を流し、両眼は弾けて溶けたように溢れ出ている。
みんながみんな、死んでいた。
ここが自分の死に場所なのだと言わんばかりの死顔で、天へと祈りの合掌を向けながら。
まるで幸せそうに、死んでいた。
死してなお祈るのをやめない彼等に畏敬の念すら覚える。
そんな死んだ彼等の魂が見えるわたしには、その喜びが本物なのだと分かっているだけに……なおさら。
この景色は異常過ぎた。
人間には魂がある。
生を受けたその時に肉体という呪縛に囚われた魂は、死というきっかけを得て解放される。
しかし、死と引き換えに生を捨てた魂は悲しさに泣きながら天へ登るのだ。
その声は歌の如き旋律など持ってはおらず、ただの不協和音としてわたしの耳に届く。
それなのに、目の前で死に絶え、今にも肉体から離れようとしている魂たちは叫んでいた。
解放される喜びを叫んでいた。
そんな異様な光景に足を止めそうになったが、わたしは深く考えるのをやめて魂の案内だけをまっすぐに見つめ、揺れる意識で彼女の元へと駆け続けた。
「ニナ……っ。ニナッ!」
白い建物に白い道。
神聖な街並みは観光で回るならさぞ美しいのだろうが、今は高く入り組んだ作りに苛立ちを覚える。
濡羽が雨のように降り注ぎ、進むにつれて白の景色が黒く染まっていた。
周りで人が死ぬたびに、その魂は喜んで身体を離れていく。
空で泣きじゃくっていた純白の翼を持つ悪魔の声はまるで終末のラッパのようだ。民はあれを神の使いだと思い込んでいただけに、なおさら。
でも、今はそんなこと、どうでもいい。
わたしは光の勇者に攫われたニナを助けに来たんだ。
ニナだけが無事なら……それで。
「大……聖堂」
ニナの元へと案内してくれる魂が止まった場所は街の中心である最も高い建物だった。
その尖塔は街の外からでも見えていたほど。
名も知らぬ大聖堂の門は開いていたが、巨大な大扉は閉まっていた。
豪華絢爛な装飾が施された白く美しい大扉の前には、同じく絢爛な装飾を施されたマントを身につけた死体が二つ。
他の死体と違うところはマントだけではなく、その死に方だ。
祈りをしていなかった。
ここに来るまで祈っていない死体が無かっただけに目が止まる。倒れた彼等の手元にはそれぞれシンプルでありながらも重圧な小刀と杖が落ちていた。
もしかしたら噂に聞いた神聖国を支える七聖典なのかもしれない。
そう結論づけてから、大扉に備えられてた一人用の扉に手をかけた。幸い鍵はかかっておらず、すんなりと扉は開く。
大聖堂の中はまさに神へと祈りを捧げる場所だった。
この世界では貴重なはずの色付きステンドグラスが備え付けられた暗くも色鮮やかな広間と、宗教を分かりやすく浸透させようとした絵画。
特徴的なのは空が見える透明な大ガラスだが、その上に重なる鴉の死体で空を見ることはできなかった。
並んだ長椅子には街と同じように空へと祈りを捧げながら死んだ人が座っている。
そして最も目を引くのが巨大な氷塊。
異様に存在感を放つ氷塊は聖堂の教主者が演説を行うであろう舞台に堂々と置かれ、小柄な少女が中に閉じ込められていた。
「…………テト?」
氷漬けにされた少女に気を取られていると、声が聞こえてくる。
それはとても小さく、すぐに広い聖堂に溶けてしまったが、それでも彼女の声だとすぐ分かった。
「ニナっ!」
声のした方へ駆けると、巨大な氷塊のすぐそばで鎖につながれたニナが横たわっている。
「良かった! 無事だったのだ……ね……」
両眼両耳から血を流す彼女は、控えめに言っても無事ではない。
何も見えないであろう虚空な瞳で絵画の描かれた天井につけられた、空が見えるはずの巨大なガラス窓を見つめていた。
「……テト」
わたしが駆け寄って来たというのに、そんな気配を感じ取ることもなく、ニナはもう一度わたしの名前を呼んだ。
「ニナ……?」
わたしがニナの名前を呼ぶも返事どころか、反応もない。
「あっ……あぁ……」
わたしは膝から崩れ落ちた。
溢れる鳴咽を抑えようとするもそれも無理で、歪む視界の中でゆっくりと彼女に近寄る。
「テ、テト……?」
いつもそうしていたように、そっと彼女の手を取ると、ニナはわたしの名前をもう一度呼んでくれる。
「あぁ……あぁ……。すまない、助けに来るのがこんなにも遅くなって」
流れる涙をそのままに彼女の手の甲を握り締めながら手繰り寄せた。
「テト……泣いて……いるんですか?」
ニナの声はいつもの輝きを失い、今にも消えてしまいそうなほどに、かぼそい声でわたしに訪ねてくる。
「泣いてはいけませんよ」
まるで子供諭すかのように口を開く彼女へ返事をする代わりに、さらに強く手を握りしめた。
「……以前、あなたが……言っていた……魂の歌が、今なら……私にも……聞こえそうなの」
「もう……喋らないでくれっ」
苦しそうに口を開くニナにわたしはそう言うが、もう音の聞こえない彼女の耳はわたしの声を伝えてはくれなかった。
「苦し……そうだったの。みんな下を向いて……ただ……祈る……だけ……」
何も見えない瞳で彼女は空を見上げていた。
「みんな、幸せそうだったの。これから死ぬのに……幸せそうだったの」
薄暗く、冷たいこの大聖堂で、彼女は来る日も来る日もそうしていたのだろう。
「だからきっと……みんなの魂は……唄を歌っているわ」
わたしの耳に届く魂の声は、かそぼい彼女の声を消そうとする醜くも汚い喜びの不協和音の叫び声だけ。
「死は……こんなにも素晴らしいもの……だったんですね。私は……そんな喜びを……けが人や病人から……奪って……いたのでしょうか」
「そんなことはないっ!」
「その喜びを分かち合いたいのです」
「そんなことしないでくれ! 早く自分に癒しの祈りを!」
「泣いては……いけません」
「あっ……あっ……」
「私はずっと……あなたのそばに……います……から……」
「あぁ……だめだ……いくなっ」
「…………テト。…………テト」
「あぁぁぁぁ……」
「………………。 ……。 ……」
その魂は何よりも美しかった。
慈悲に溢れ慈愛が満ちた慈雨の如き笑顔が降り注ぐ。
不協和音に叫んでいた魂達でさえ、彼女を迎え入れようと歌いだすほどに。
喜びの叫びは賛美歌となり天へと駆ける。
「だめだ……。いくなっ」
彼女の肉体から離れていく魂を掴もうとするも、魂は手のひらを容易くすり抜けた。
すり抜けることが分かっていて、それでも何度も両出を掻きむしるように魂を掴もうとする。
「逝かないでくれっ!」
そして、わたしは彼女の魂を囚えた。
「ずっと……そばにいてくれ」
共に天へ登るはずだった魂達の声が、再び不協和音へと変っていく。
「うるさい。うるさい。汚らわしい声で天へ登ろうとするな」
生の呪縛から解放された君らは、今度はわたしの呪縛に囚われるがいい。
魂のある限り。
歌い狂え。
死を喝采せよ。
「今度はわたしが奪う番だ」
祈り続けていた死体は母なる地から膝を離し、伏した七聖典は神具を再びその手に握る。
消えかけていた魂が冷たくなった死体へと戻っていく。
死の王国がここに誕生した。
名前:テト
種族:人間
職業:魂送師
所属:
加護:
字名:死を侮辱せし者
称号:転生者
戦闘:29108
資金:3124ゴールド
支配:5342
総合:76392
落ち着いてきたので少しづつ更新をしていこうかと思います。以前よりかはゆっくりになると思いますが、それでも楽しんでもらえると嬉しいです。
長い間待たせていたにもかかわらず、感想やメッセージで応援してくれた方は本当にありがとうございました。忙しくてもなんとかその言葉をモチベーションに頑張っていこうと思います。