光の勇者の倒し方。
空から煌々と大地を照らしている月の光も、高い針葉樹が立ち並ぶ森の奥までは届かない。
太い幹にバイタードラゴンの巨体が叩きつけられ、聖剣が突き刺さる。
喉元を聖剣で貫かれたバイタードラゴンは光で焼かれ即死した。
「くそ、こんな奥まで逃げやがって」
愚痴を吐いた勇者は辺りを見渡してから、次の獲物を探し始める。
湿気と漆黒に包まれた森の中は驚く程に静かで、荒れる心臓と吐き出す息の音しか聞こえない。
「あのウルセェ鴉がいなくなってるな……」
そう呟いた言葉もすぐに静寂に呑まれて消えてしまう。
勇者が太い木の根から飛び降りると迷わず歩き始めた。
闇を遠ざけていた聖剣を鞘に仕舞うと、あたりの光量が格段に下がる。
勇者は闇を見通す為に目を細めると、小剣が喉を撫でた。
「っ!」
血が出ることはない。
西の城塞都市を落としたことが神聖国に伝わっているのだろう。そのせいで加護はさらに強化されている。
それでも不意の瞬間に剣が首元を通り過ぎるのは良い気がしない。
「出てこいよ! そうやって不意撃ちばっかりしやがって!」
勇者の叫び声は森の静けさに飲み込まれるだけで、返事が来ることはない。
それでも勇者は白いウサギが淡々と首を狙っていることだけは理解していた。
森に入ってからずっとだ。
もうかれこれ1日は起きている。
気を抜いた瞬間、寝ようとした瞬間、目を閉じた瞬間。
隙ができるたびに襲われていた。
「くそっ」
勇者は聖剣の柄に手をかけたまま森の出口を目指す。
広い平原にでも出れば襲われる可能性も減るだろうと単純な考えで。
勇者と言えども人間だ。
寝なければ疲れが溜まるし、苛立ちで思考が鈍る。
ウサギの邪魔のせいで巨大なサイの魔物を倒しきった後に見つけた恐竜もどきや狼の群れを倒すのに時間がかかっていた。
ウサギが自分にダメージを与えられないと分かっていても、一度やられた首の痛みが勇者の脳裏を横切ると、それだけで行動がワンテンポ遅くなる。
深い森を抜け出すまで勇者は無限の刻を彷徨っていた。
***
空が漆黒に染まる。
それはまるで神話の一節のようでした。
今日がこの世の終わりだと言われたら、そんなのかもしれないと思ってしまうことでしょう。
北から下りてきた闇空は瞬く間に国を包み込み、人々は戸惑うことしかできませんでした。
太陽が塞がれて数分、全ての者が空を見上げています。
そんな中、一条の光が差し込みました。
神々しい美しさです。
国の中心である大聖堂へ注ぐ空からの光は幻想的であり、神秘的でした。
ゆっくりと地へと引かれる光の正体が人の姿をしていることに、空を見上げていたどれだけの人が気づけたのでしょう。
「天使……」
純白の翼で空気を掴んでいる彼女はそう表現するしかありません。
この世に神は居たのだと、人々は一様に膝を地につけました。
そして、こうべを垂れて祈るのです。
だから彼女が泣いていることに気づけたのは私だけなのかもしれません。
銀の喉を持った天使の泣き声は――、
「テト……」
一瞬で世界に響き渡りました。
***
アルゼッドの街と大森林の間に広がる平原は開拓され、麦畑として活用されている。
曇り空の下を風のように駆ける勇者は、秋に向けて青い実をつけた麦を揺らしていた。
そんな勇者へと森に隠れていたフラフィーが姿を現す。
「やっと姿を現したな……」
濃いクマの目立つ勇者は目つきを鋭くしながら言った。
「フラフィー、速くてごめんね」
いつもの調子で相手を煽るフラフィーに苛立ちを隠せない勇者。
「お前なんか一太刀浴びせれば真っ二つだ」
聖剣を構える勇者の言葉はハッタリなんかではない。
いくら魔巧機化を施して両手両足を機械化したからといっても、戦闘力に差がありすぎる。
両手を剣にして、両足に加速機能が付いているだけでは勇者は倒せないだろう。
「消えろっ!」
最初に動いたのは勇者だった。
真っ直ぐに走り出し、次の瞬間にはフラフィーの立っていた場所を切り裂いている。
「このっ!」
逃げ出したフラフィーへ間髪を入れずに二段目の攻撃を仕掛ける勇者。
「くそっ!」
しかしそれもフラフィーは避ける。
空振りした聖剣が何もない地面に穴をあけただけだ。
「逃げるなっ!」
勇者は何度も何度もフラフィーへ襲いかかるが、攻撃が当たることはない。
時折フラフィーも勇者へ攻撃するが傷つきはしなかった。
「お前の攻撃が加護を破れないのは知ってるんだよ!」
もうフラフィーの攻撃が痛くないことを知って防御をするそぶりも見せなくなった勇者は、ひたすらに剣だけを振り続ける。
「うらぁ!」
勇者による大振りの上段斬りで割れた地面に聖剣が腹まで刺さる。
ガラ空きになった背後へとフラフィーが右手を変形させた剣を振り下ろすと、光が瞬いた。
「ああああああっ!」
ヒビ割れた地面から閃光が溢れ出したと思った瞬間に衝撃波が辺り一面へ襲い掛かる。
「うぐっ」
小柄な体躯をしたフラフィーはいとも容易く吹き飛ばされていた。
「背中を襲うのは――」
地面に刺さる聖剣の柄を握りしめた勇者がフラフィーへ止めを刺そうと深く踏み込んだ。
「分かってたん――ぅがっ!」
しかし、その脚が今まで通り地面を捉え、土埃を飛ばしながら走り出すことはなかった。
勇者はみっともなく転んだ。
まるで体の使い方に慣れていない子供のように。
うつ伏せに強く顔面を打ち付けていた。
「いっつ……」
顔を強かに打ち付けた勇者は痛みに頭を抑える。
「……痛い?」
そしてすぐにその異常な状態に疑問を持った。
しかし気づいたその時には遅く、狼が勇者へと伸し掛かる。
「勇者様、またお会いしましたね」
「ぐっ! てめぇ! どけっ!」
背中をテテに踏まれた勇者は何もできずにジタバタともがく。
「な、なんでっ」
いつもの力さえあればテテを簡単に吹き飛ばしているはずなのに、背中を抑える彼女をどかせずに慌てた勇者が騒ぐ。
そんな勇者の無防備な喉へとテテは深々と噛み付いた。
「テメェの噛みつきなんか痛く――がぁっ!」
銀色に輝く魔力の篭った牙は容易く勇者の喉へと突き刺さる。
深く、深く、喉の血管を噛み切った。
「何でって思ってるだろ」
勝利を確信して歩み寄っていた俺は勇者へと語りかけた。
「お、おまっ……ぐあっ」
口から血を吐き出す勇者を見下ろしながら続きを喋る。
「簡単だよ。お前の加護は神聖国の民が祈ることで効果を発揮する」
「ま……さごはっ」
もうまともに口を開くのも厳しいのか、それでも勇者は血反吐を吐きながら喋ろうとしていた。
「神聖国の民が居なくなればいい。小さな国で助かったよ」
「この……魔王っ!」
勇者の顔が怒りに歪み聖剣へと手を伸ばすが、その手をテテの魔巧機化された腕が潰す。
「動いてはいけませんよ、勇者様」
顔についた血を拭きながら、ただ淡々とそう口にしたテテ。
全身を貫くかのように激痛が走っているだろう勇者が、俺を射抜かんとばかりに吠える。
「ぜっだぃぎぶるじぜーぞ!」
その瞬間、勇者が触れてもいない聖剣がひとりでに動いた。
真っ直ぐに俺へと飛来した聖剣は――、
「無駄」
フラフィーが叩き落とす。
シトシトと降り始めた雨が麦の葉を揺らした。
勇者が事切れると聖剣からも光が消え、あたりは一段と暗くなる。
最後の勇者の言葉。
なんと言っているか分からないほど荒れていたのに、なんと言ったのかすぐに理解できた。
戦いには勝ったはずなのに、なぜか胸にぽっかりと穴が空いてる気分になる。
「俺だって赦さねーよ」
灰色の空に俺は吐き捨てた。
次回は説明回及び第三章最終回になるかと。
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