魔王は傲慢でなければならない。
「止まらないって……約束したんだけどな」
俺は何となく足が運んだ墓の前で呟いた。
太陽は高く昇り、枝葉が大きな影を作っている。
「このまま進んだら壊れちゃうんじゃねーかな」
この世界に来て最初に見た勇者のステータスに落ち込んだのがだいぶ懐かしく感じる。
あの頃はたかが数百くらいの差で落ち込んだりしてたのか。馬鹿らしい。
今はまさに桁が違うからな。
インフレし過ぎだろ。
「はぁ……」
敵は強大だ。
光る聖剣もそうだが、それ以上に加護の力が厄介だ。
加護の能力は神聖国がある限り奴を強くし続ける。
どうする。
俺はどうした方がいいんだ。
「だーれだ」
突然視界が閉じられて背中に温かい感触を感じた。
声なんか聞かなくても、その感触だけでだれだかわかる。
「俺は……誰だ……? なんのためにこの世界に生まれてきたんだ……?」
だから、ふざけてみた。
「なんで哲学的になるんですか……」
呆れた声の後に柔らかい手のひらをどけられたので、俺は振り返って彼女の名前を口にする。
「先にふざけたのはそっちだろ、トモ」
「センパイが無防備に背中を見せているのが悪いんです。勇者に斬られても知りませんから」
「いや、勇者に斬られるは洒落にならない可能性があるからやめてくれ……」
背中が気になって夜眠れなくなったらどうしてくれるんだ。
まあ、クロが常に勇者の位置を捉えてるから大丈夫だと思うけど……。
ウェスパーレイヴンを召喚しててよかった。
やはり情報は正義だ。
相手の位置を知れることだけで、こんなにも有利になるなんて。
「……考え過ぎじゃないですか?」
脱線しかけた思考をトモが呼び戻してくれた。
「考えすぎって?」
あえて聞き返してみる。
「センパイ、いつもならもっと簡単に即決するから。考えすぎてドツボにハマってるっていうか、わけわかんなくなってるんじゃないかって……」
トモも聞き返されることが分かっていたのか、自分の考えをそのまま口にしてくれた。
「……確かに考えすぎかもな」
いつもはテンションで突っ走ってるし。
「……ただ」
「ただ?」
俺の言葉を首を傾げながらおうむ返しにしたトモが木陰の芝の上に座ったのをみて、隣に並んで座る。
「その……もしものことを考えたら、リスクなんか追わない方がいいんじゃないかって」
「リスクですか?」
「例えばトモが死ぬとか……」
「私はセンパイより先に死ぬのは嫌ですから」
キッパリと言い切ったトモ。
「俺だって嫌だよ」
そう返すとトモの嬉しそうな顔があった。
「えへへ、一緒ですね」
「……だな。死ぬ時は一緒がいい」
俺は顔をそらしながら答える。
「センパイ、顔赤くなってませんか?」
「なってないから!」
最近トモに仕掛けられてばかりな気がしてきた。
それが嫌に感じないからトモが余計に仕掛けてくるんだろうけど。
「センパイ、逃げてもいいんですよ?」
俺が息を整えていると、トモがソッと寄り添ってきた。
「逃げるって……」
「そうしたらセンパイも私も、リアもユイカさんも、フラフィーもテテもツツもトトも、シロもクロもみんな生きられるかもしれません」
「確かにそうだけど……」
本当にそんなことをしていいのだろうか。
戦略的撤退。
良い言葉だ。
相手の戦力を図りもせずに兵を突撃させ消費するなんて愚の骨頂だ。
「無理して戦う必要なんてありません」
じっと見つめてくる彼女の瞳に、俺の心の迷いがスッと消えていくかのように感じた。
「そっか……そうだよな」
彼女の瞳は彼女の言葉よりもずっとずっと気持ちを表している。
「決めた」
どんな宝石よりも美しいトモの両目は――不安そうだった。
「倒すよ、勇者」
確かに逃げたらみんな生きられるかもしれない。
でも、彼女は勇者がいる限りずっとこんな目をして生きていかねばならないのだ。
違う、そうじゃない。
そんなことのために前を進むと決意したのではない。
「奴を倒してこそのハッピーエンドだ」
全員生きて大円団を迎えようじゃないか。
あいつだって俺の使い魔をたくさん殺してるんだ。家族に手を出されて黙っていられるかよ。
「絶対に赦さねぇからな!」
反撃、開始です。