勇者は別段良いものでもない。
俺が転生した時、視界いっぱいに映ったのはミウの顔だった。
同じ転生者らしいミウはこの世界に来てからずっと一人だったらしい。
小柄な彼女はいつも笑顔で、こんな世界でも彼女さえいれば楽しく感じた。
そして最初に着いた街で彼女は死んだ。
突如現れたワイバーンから小さな子供を庇ったばっかりに。
迫り来るワイバーンの牙を見たときの彼女は死を察して受け入れていた。
その場から逃げようなんて考えることもなく、ただただ死を待っていた。
なんであんな風に死ねるんだ。
生きている者ならば生きたいと願うのは普通のことだろう。
踠いて踠いて、生を必死に掴もうとして掴めなかった時に訪れるのが死なのでないのか。
なんで自分から生を手放そうとするんだ。
気づけば俺は聖剣を片手にワイバーンの死骸の上に立っていた。
それから光の勇者と呼ばれるようになり、神聖国を守る英雄となる。
他国に蹂躙されてばかりだった神聖国は喜び、神の威光を知らしめることができると勇んだ。
ただ、そんなことで俺は浮かれることもできず、英雄と呼ばれていたのも俺の能力がその状況とマッチしていたからだ。
毎日が色褪せてすぎる中、スマホのフレンド一覧から灰色に染まったミウの名前を眺めるのが日課になっていた。
そんなある日、見つけたのが「聖女」の職業を持つ転生者だ。
ゲームやアニメで見かける聖女とは神の奇跡で怪我や病気を治す存在。そして、死者を蘇らせることもできたりする。
俺は一も二もなく彼女に個別チャットを送信した。
ニナという名前の彼女は俺の問いかけに「人を蘇生させれるであろうスキルはあります」と返事をくれる。
ゴールドならいくらでも譲るから生き返らせて欲しい人がいる。と、頼むと、彼女は俺を拒絶した。
理由は単純だ。
蘇生スキルの取得に必要なポイントは一万ポイント。
スキル系では最高額である。
『一人を生き返らせるためだけに、どれだけの生き物を殺すつもりですか』
彼女は俺にそう言ったのだ。
俺はこう答えた。
「いくらでも殺す。ミウの為ならば」
当然彼女が俺の頼みを聞いてくれることはなく、チャットに返信をくれることもなくなった。
ただ、チャットを始めた頃に彼女がいる場所は聞いている。
それはたまたまだったが、その手がかりさえあればどうするかなんて考えるまでもない。
俺は夜も眠らずに森を駆け抜け、山を越えて、川を下った。
聖女を攫う。
小さな村で慎ましく暮らしていた彼女を連れ帰った。
『何千人もの命を奪って蘇らせてもらったって、その子は悲しむだけです!』
ニナは泣きながらそう叫んでいた。
そんなの知っている。
他人を思いやることのできるミウが、自分が生き返るために数千人が死んだなんて聞いたら悲しむだろう。
それでも、それでもだ。
目の前に彼女を生き返らせる手段があるのなら、俺はそれを掴む。
彼女が悲しむからなんて理由で手放したくなんかない。
ニナを神聖国の首都に閉じ込めてから、俺は戦争を始めた。
元々神聖国は俺を引き入れた時点で侵攻の準備を始めている。
やる気のなかった俺が戦争をすると告げたときの国の喜びようはなかなかのものだった。
まずは定期的に襲撃されていた大森林にある獣人の街を。
そして次は過去に奪われたという神聖国の土地の上に建てられた城塞都市を落とした。
戦果をあげるたびに俺は強くなる。
ゴールドは全てニナへ渡していたが、俺の能力上であまり関係なかった。
聖剣は人の想いを力にする。
他国の攻め、人を殺せば殺すほどに神聖国の民は俺を讃えた。
首都へ帰るたびに凱旋パーティーが行われ、道を歩くだけで囲まれるほどに。
これでいい。
この力があればミウを生き返らせることができる。
敵兵を殺し、魔物の首を刎ね、罪人を貫く。
ただただ毎日それだけを繰り返した。
あと少し、あと少しなんだ。
もう少しで手が届く。
あの時届かせることができなかったこの手が。
獣人は取り逃がしたが、なぜか街には魔物がいた。
巨大で強くはあったがそれだけポイントを蓄えているわけで、俺からしたらボーナス的存在だ。
狼もサイも恐竜も関係なく殺した。
彼らも俺には勝てないことが分かったのか、途中からは逃げるだけ。
この後を追えばきっとあの獣人にも辿り着く。
次は殺す。
そうすればきっと大量のゴールドになってくれるはずだから。
「待っててくれ、ミウ」