メイドだろうと牙は研ぐ。
人気の無い街を四つの影が駆け抜けます。
「血の匂い……」
他種のラピッドラビットでありながら、我々の中で最も強いフラフィーが呟きました。
「匂いが酷いのは街に入る前からですよ」
狼の耳を揺らしながら私がそう言うと、
「随分と新鮮な血の匂いです」
妹のツツが同意するように舌を舐めました。
「お姉様、遊撃隊が内壁を突破したようです」
トトの言葉に東の方角を眺めます。
破壊された内壁の門はここから見ることはできませんが、騒がしい声は聞こえていました。
「フラフィーはとっくに気づいてた」
「あんな大きな破砕音が聞こえたら馬鹿でも気づけますよ」
先頭を走るせいで分かりませんが、ドヤ顔をしていたんでしょう。
そして私の言葉で今は不機嫌な顔をしていますよ、きっと。
「それにしても人が居ません」
「死体ばっかりです」
妹達の言葉に再度耳を澄ませて辺りを探りますが、生きている生き物の気配はありません。
敵の本拠地であるラルカスの内街にある砦は、外壁に取り付けられた唯一の大門を守る為の最重要拠点です。
それなのに敵の気配がありません。
「上で戦ってる」
「上ですか?」
我々がいるのはまだ街の中です。
お父様はターゲットであるイチヤなる者がいる場所は砦の最上階だろうと予想していましたが、流石に我々の鼻をもってしてもここからではわかりません。
それでも兎の耳ならば聴き取れるのか、フラフィーは真っ直ぐと砦を目指します。
戦っているというのはどういう事でしょうか。
仲間割れならば嬉しいのですが……。
目の前に現れた砦を囲む壁を乗り越え、庭へと入り込みました。
この脚ならば背丈の数倍程度の壁は悠々と超えられます。
「……あれ」
庭の中央まで走ったあたりでフラフィーが指を左方向へ向けました。
「随分と温かな香りです」
「久しく味わってない狩りの味を思い出しますね」
無残にも広がる屍山血河の有様を見て妹達は呑気な声をあげます。
「我々以外にもイチヤとやらを狙う者がいたのでしょうか……」
敵が居ないのは助かりますが、不明要素が増えるのはあまり良くありません。
「人気者」
「こんな人気者はお断りですけどね」
通常時なら軍人が出入りしているであろう砦の入り口は壊されていました。
巨大な棒で殴られたかのかというほどに潰されています。
石積みの壁は砕け、柱が折れたせいで上階にも被害が及んでいました。
「外から回りましょう」
砦内に侵入してイチヤを探す予定でしたが、未だに最上階では戦闘が続いているようなので急ぐことにします。
この距離になると我々の耳でも音を聞くことができました。
剣が折れ、人が叫び、岩が崩れる。
なんとも大変なことが起きているようです。
「イチヤ、居た」
壁にある突起を利用し砦の外壁を登っていくフラフィーには最上階の声まで聞き取れるのか、脚を魔巧機化した我々を置いていく勢いで上へと向かっていました。
「すぐに帰れそうですね、お姉様」
トトの言葉にどう返していいのか悩んでいるうちに最上階のテラスへと着きます。
「イチヤ、死んだ」
すでにテラスへと脚を踏み入れていたフラフィーの声はいつもと変わらない平坦なものでした。
でも、彼女のこんな姿は初めて見たかもしれません。
いつもなら多少の危機が訪れても何気なさを装っているはずでしょう。
フラフィーの背中を見るだけでも、彼女の警戒心が最大までに張り巡らされていることが分かりました。
崩れた壁から溢れた砂埃が高場へと流れ込む風に流されていきます。
椅子やら机やら、この場にあったであろう物の半分以上は吹き飛ばされ、豪華であったはずの最上階は屋根すら崩れ落ちて見る影もありません。
まるで吹き抜けの屋上のようになっていました。
そして、目の前に広がる光景はどう理解すればいいか分かりかねる状況です。
「こいつ、獣人まで仲間にしてたの?」
光る直剣を細めな男に突き刺している少年がこちらを見て言いました。
辺りに生きた人間の姿はなく、彼1人が最上階の真ん中に立って居ます。
「残念ながら我々はその方の仲間ではありません」
ただはっきりと分かることがありました。
「そう。でも、こいつらよりも強いでしょ。ポイントかなり使ってるよね」
少年は死体から引き抜いた剣をこちらへと向けます。
ただそれだけで、まるでドラゴンに睨まれたかのような重圧を感じました。
もう逃げられません。
背中を向けた瞬間に殺されます。
本能がそう言っていました。
「……ドラゴン、見たことないんですけどね」
ふざけたことを言う妹にすぐに思念だけで命令を下します。
「我々はイチヤなる者を殺しに来たのですが、先を越されたと考えていいのでしょうか」
一歩前に出る私に変わって、フラフィーと妹2人は一歩下がりました。
「お前らは転生者って感じじゃないよな。イチヤみたいに洗脳系能力の奴が他にもいるのか?」
少年はこちらの問いに答えることはせず、頭を掻いて考え事をしています。
相手は隙だらけ。
それでも勝てる気がしません。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
我々ではこの少年に勝つことはできないでしょう。
「ん? ああ、名前? 光原輝。アルドラードでは光の勇者様なんて呼ばれてるけど……知ってる?」
「残念ながら存じ上げませんね」
狼は勝てない相手に手を出すことはありません。
「そりゃ残念だ。じゃあ……死んでもらおうかな」
それでも牙を剥かないといけない時は来るのです。
先日はエイプリルフールでしたね。ということで閑話を書いたんです。一日遅いとか言わないでください。
https://ncode.syosetu.com/n1894er/
本編とは全く関係ないifストーリーなので息抜き程度にどうぞ。