生きる津波に飲み込まれて。
大地の鼓動が早鐘の如く鳴り響く。
大太鼓のように腹が潰されそうな音が幾重にも幾重にも重なってできた地響きは、そう表現するしかない。
小刻みに揺れる地面は物理的に歩きづらくもあり、それ以上にこんな揺れを起こす怪物が、こんな揺れを起こすほどに押し寄せてきているという事実が人々から冷静さを失わせた。
彼らには岩の壁も意味はなく、鉄の盾も関係ない。
それは突進なんて生易しい言葉で表現してはいけないものだった。
家々を巻き込みながら突き進み、走り去った後には瓦礫だけが残る。
生きる津波。
押し寄せる死を目の前にして人は足が竦み座り込む。
降り注ぐ矢は肌に刺さることもなく弾かれて、突き刺した槍は半ばから折れてしまった。
「とまれよおおおおおお!」
無謀にも止まらぬ激流を止めようと身を呈して突撃した若者は一瞬で声を掻き消され、無残にも挽肉となる。
それでも生きようと逃げた者達は鳴り響く音から背を向けるように街の中心へ向かった。
しかし、すぐに壁にぶつかる。
「ひらけ! ひらけよおお!」
押し寄せる絶望を前に、ラルカス防壁の外に暮らす住人たちは悲痛な声で門を叩いた。
城塞都市ラルカスは西にある獣人の国からの進行を防ぐために築かれた街だ。
元々雨の降りづらい土地柄で麦の生産が盛んであったが、周りを大森林に囲まれていることで魔物に畑を襲われる被害も多かった。
ゆえに、街は堅牢な壁に守られている。
西に接している大森林との境には弓型の防壁が建設され、その長さは数十キロにも及ぶと言われていた。
ラルカスはそんな大防壁の真ん中に存在する。
「開いてぇ! お願い開いてよぉ!」
大防壁の影に隠れるように存在するラルカスは中心部を小さな内壁にもぐるりと囲まれており、街を囲む防壁の外を外街と呼ばれていた。
ラルカスの住民の殆どが外街に住んでおり、内壁の内側である内街に住んでいるのは裕福な者達。
そんな内壁の門を外街に住む人々は一生懸命に叩いていた。
一心不乱に、背後から迫る恐怖から逃げようと。
「開いてくれええ!」
外街をひたすらに蹂躙した化け物が内壁に迫る。
地面から伝わって来る振動が少しづつ大きくなるたびに、外街の住人は死を感じた。
「もうだめだ……」
そう呟いたのは内壁の近くにはいるが内街へと繋がる門からは遠かった誰かだ。
今から門が開いたとしても迫り来る化け物に潰される未来の方が早いことを察しての言葉だろう。
彼の周りにいた者も同じことを感じ取ったのか、今も必死に門を叩く者達を諦観した。
だから変化にも最初に気づく。
揺れが小さくなり始めたのだ。
潰されるしかないと思っていた恐怖が目の前で止まり始めた。
内壁から数メートルの距離で止まる化け物。
しかし、それで助かったとは思えないのが人間だ。
魔物はその殆どが肉を食べる。
つまり人間も食べる。
荒い息を吹き出しヨダレを垂らす怪物は走っていなくても恐怖だった。
ラルカスの民は今まで見たことのない巨大な魔物に立ち向かう気力はない。
堅牢な鎧のような皮膚に、人間よりも太いのではないかと思う角。
からくり仕掛けの四つ脚は生き物なのかさえ疑わしい。
地響きは小さくなったが、それでもまだ続いていた。
止まったのは走り続ければ内壁にぶつかる個体だけで、門へと続く道を走っていた化け物の速度はさらに上がっている。
角と脚が淡く輝いてるようにすら見えるだろう。
「あけろ!! あけろ!! あけろ!!」
今だに門を叩いていた者達は背後の状況に気づいていなかった。
もし気づいていたのなら、門から離れるだけで生きれたかもしれないのに。
轟音が鳴り、あとを追うように土煙が舞い上がった。
外街と内街を隔てていた門が穴を穿たれ吹き飛ぶ。
開いた門へと化け物がゾロゾロと歩き始めた。
目の前を歩く怪物にただただ恐怖を感じるしかない人間。
「あぁ……どうなってしまったんだこの世界は」
巨大な角を持つ怪物の後ろから現れた新たな魔物を見た男が言った。
巨大な顎を持ち、大木の如き尾を有した竜。
どう考えても人間が勝てる相手ではない。
「街が盗賊に支配されたと思ったら……次は怪物。この街はどうなってしまうんだ……」
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