幸せは人を馬鹿にさせてしまうのだろうか。
「ご主人様、そろそろ本題に入りませんか?」
執事服に身を包んだクロの呆れた声で発せられた助け舟は、今までの人生の中でも1番にありがたいと思えるものだった。
「そうだなそうしようそれがいい」
俺は未だに暴れる羞恥心を無理やり押さえ込んで同意する。
「もっと苦しめばいいのよ」
「ほんともうやめて!? てか、お前そんな闇を吐くキャラだったっけ!?」
さらっと酷すぎることを言うリアは、すでにユイカさんの胸からは離れて楽しそうに座っていた。
「私は毎日毎日休む暇もないのに……。唯一の休息である食事の時間にあんなの見せら……死にたくなるのよ。あなたも死にたくなりなさい」
「ほんとすみません!」
ダメだ、謝るしか出来ない。
俺は人前で軽率にイチャつかない!
トモとはそんな頭の悪いような関係じゃないんだ!
「……それでクロ、状況はどうなんだ」
俺は話題を変えるためにも無理やりクロに問いかけた。
「上々でございます、ご主人様。各街や村に使い魔を派遣することで制圧、占拠を繰り返し、予定の通りで計画が遂行しています」
カゲフミはアルゼッドの街だけではなく小さな村まで含めて手の届く範囲全てを襲っている。
俺はまず、その分散している戦力を倒した。
役に立ったのがウィスパーレイヴンの種族特性で、囁くような声で敵を呼び寄せるというものだ。
理由はよくわからないが、ウィスパーレイヴンの特殊な鳴き声を長時間聴き続けた獲物は近くに寄ってくるらしい。
野生種はその能力で穴なんかに隠れる獲物を捕らえるとか。
「今さっき制圧したララン村が最後の村だろ?」
俺は机で地図を開いているリアに訪ねた。
また何か言われるかと思ったが流石にリアも切り替えたのか、いつも通りにしてくれる。
「そうね。奴らの本拠地であるラルカスと、そこそこ栄えてるダーカスって街の間にある小さな村よ。ララン村から西はラルカスだけ」
この村はあまり大きいと言うこともなく、ラルカスやダーカスなどに卸すための麦などの食料を作っている農村だとか。
「それで、今回もやっぱり……?」
俺は言葉をみなまで言わずにクロに聞いた。
「はい。ララン村にも住民は居ませんでした」
「やっぱりか……」
俺はクッションの効いた椅子に背を深く預けながら言葉をこぼす。
なぜ俺が「やっぱり」と言ったかというと、今までカゲフミに制圧されていた村や街をいくつも開放して来たが、そのほとんどに住民がいなかったのだ。
アルゼッド周辺の村はそうでもなかったのだが、それはラルカスに近づいて行くほどに顕著になった。
「確実に何かあるかな」
なにか理由を探すユイカさんだが、現状ではそれが何のためなのかは分からない。
「血の匂いがするほどじゃないんだろ?」
単純にポイントが欲しいからならその場で殺すはずなんだが……。
「多少の争いの痕跡はありましたが、無差別に全員が殺されたというほどに血の匂いは満ちていないようです」
クロの受け答えだとそれも違うだろう。
アルゼッド周辺の一部の村では住人が残っていた場所もある。
残されていたのは労働力にならない老人や女、それと赤子だった。
普通、攫うなら女なんじゃないか?
「男性だけを攫う理由が分からないの」
ユイカさんも俺と同じ疑問を抱いているらしく、頭をひねっている。
男なら誰でも関係ないのか、カゲフミは子供ですら攫っている。
「男性が好きなんじゃないですか?」
突然トモがそんなことを口にした。
「いやいや、そんなわけないだろ……」
そんな事のために選り好みするほど敵に余裕があるとは思えない。
現代社会ほど文明が発達していれば食料的にも余裕はあるだろうし、問題ないかもしれないが、この世界はそこまで甘くはない。
小さな村など冬を越せるかどうかに毎年頭を抱えて生きるレベルなのだ。
あいつらは食料なんかも惜しみなく食べ尽くしている。
いずれそれが尽きるのは分かっているはずなんだ。
「たしかに……。えり好みしてる……」
閃いたとばかりに顔を上げたのは、頭を抱えていたユイカさん。
「男が好きだからって……いくらなんでも食料も無いのに手当たり次第に集めたりはしないだろう……」
「それは性癖の話かな」
ユイカさんは教師の顔でそう言った。
「どういう事だ?」
「えり好みの理由。それが単に好みというわけではなく、意味があるとしたら……? もっと先に考えなきゃいけないことがあったかな」
もっと先に考えなければいけなかった事?
捕まえた人間をえり好む理由。
それも自分の性的好みを除いて……。
「あっ……スキルか」
俺はスッと浮かび上がった答えを口に出した。
それは気づいてみると簡単で、何で最初に気づかなかったのだろうと思うほど。
「その通りかな」
俺が答えを導き出せたことに満足したのか、ユイカさんは嬉しそうに頷いた。
「つまり……敵はスキルを使うために男を集めてるってことですか?」
トモが確認するように聞いてくる。
「ああ。恐らくな。スキルを使えるのが男限定なのか、男女によって差があるのかは分からないが、何らかの理由で男を集めて戦力を高めているんだ」
もしかしたらトモのスキルのように数が増えれば増えるほど強くなる、なんて能力があるのかもしれない。
「敵が数を増やす前に早く倒した方がいいかもしれないかな」
「ああ。気づかせてくれたトモには感謝だな。かなり的外れではあったが」
「……それ褒めてるんですか、センパイ?」
「褒めてるだろ」
俺は真顔で返す。
「なら……その……ご褒美が欲しいです」
「ご褒美?」
「頭……撫でて下さい」
「なんだそんなことか……ほれ」
特に気にもせず顔を伏せて頭頂部を見せるトモの頭を撫でた。
最近はフラフィーやシロに毎日のようにしているから慣れたものだ。
「えへへ」
トモのはにかむような嬉しそうな声が聞こえ、えも言えぬ幸福感に満たされていると……、
「なにイチャついてるのよ……」
リアの言葉で窓から飛び降りたくなった。
俺はこんなにもバカだったか……?