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鴉の狩りは囁いて。



 部屋の中で剣の手入れをしていた傷のある男がふっと顔を上げて口を開いた。


「なぁ、さっきからやけに鴉の声が聞こえねぇか?」


 同じテーブルの席に座っていたもう1人の太った男は、磨いていた鎧から顔を上げて周囲を伺う。


「鴉ってこの鳥の声か?」


「あ? お前、鴉を知らないのか?」


 傷男は磨いばかりの剣越しに太った男を見やった。


「知らないな。帝都にはあんなアホみたいな鳴き方をする鳥は居ねぇよ」


 太った男はそう言った後、「カァー、カァー」と鴉の声真似をした。


「ばはははっ。そうかそうか。そういえばオメーさんは帝都の出身だったな」


「今となっては帝都だろーとなんだろうと関係ないけどな!」


 太った男がテーブルに置かれていた酒の入った木製ジョッキを持ち上げる。


「国の軍になって一旗上げてやるって思ってたのに、気づけば盗賊やってんだからな!」


 傷男はそれを見て自分のお酒に手を伸ばす。


「ちげーねーや!」


 太った男が木製ジョッキを前に掲げると、傷男が自分のお酒を木製ジョッキにぶつけた。


「ぎゃははは!」


「盗賊は最高だぜ!」


「イチヤ様バンザイ!」


 2人は笑いながらお酒を吞み下す。

 口元から琥珀色の液体が溢れるのも気にせず豪快に。


「ぷはー。やっぱ酒はこう飲まなくっちゃな」


 空っぽになったジョッキを逆さにしながら太った男は満足げに首を振る。


「1日1杯、しかも騒いだら厳罰なんて今思うと地獄でしかねーぜ!」


 男が立ち上がりながら太った男から木製ジョッキを奪う。


「ここなら飲み放題だ! しかも空になったら注いでくれる女房もいる!」


「いつから俺はテメーの酒を汲む女房になったんだよ!」


 太った男の冗談に樽から新しく酒を注ぐ傷男は楽しそうにツッコむ。


「死ぬまで愛してるぜ!」


「オメーが愛してるのは酒だけだろーが!」


「ちげーねぇ!」


「「ぎゃはははは!」」


 2人の笑い声が部屋から昼間の空へと溢れ出る。


「それで、カラスってどんな鳥なんだ」


 太った男が問いかけた。


「まず頭が良い」


 傷男は酒の肴にと自分が知っている鴉の特徴を語り出す。


「おめーよりか」


「盗賊堕ちした軍人なんか、そこいらのゴブリンより頭わりーからな!」


「だな!」


「「ぎゃはははは!」」


 酔った頭ならどんな話でも面白いのか、ふざけにふざけで返してさらに盛り上がる。


「あいつら人の顔を覚えるんだ。一度痛い目見た相手のことはぜってぇに忘れねーし、そいつが1人になった途端に仲間を集めて反撃したりするんだ」


「そりゃあ頭いいな」


 酒を煽りながら感心する太った男。


「全身真っ黒でよ、夕方になると大きな木に集まったりするんだ」


「へー、そりゃまたなんでさ」


 太った男は空になったジョッキを男に差し出しながら聞いた。


「知るかよボケ」


 傷男は差し出されたジョッキを跳ね返す。


「カーッ! これだからカラスより頭悪ぃんだよ、俺たちゃ!」


「ばはは! 確かに!」


 太った男の手に持ったジョッキへと、傷男は笑いながら自分の酒を半分注ぎ込んだ。


「それで、他にはなんかねーのか?」


 注がれた酒に満足する太った男は機嫌よく問いかけた。


「他かぁ……。なんかあったっけかぁ……?」


 酒を飲みながら頭をひねる傷男。しばらくして何かを思い出したのか、突然笑みを浮かべる。


「そういやぁ可笑しなのがひとつあった」


「ほほう……」


 男の笑みにつられて太った男も身を乗り出す。


「カラスって言やぁ夕方にな……」


 身を乗り出した太った男を見て満足げに、言葉の合間に酒を口に含む傷男。


「もったいぶるんじゃねぇ」


 そんな姿を見て太った男がジョッキで机をゴンゴン叩く。


「鳴くんだよ」


「鳴くぅ?」


 男のつまんない回答に太った男は訝しげな顔をする。


「鳴くだけなら今も鳴いてるだろ。別に不思議でもなんでもねぇ。鳥ならみんな鳴くって」


「それがこんなうるせえ鳴き方じゃなくてだな、こうやって鳴くんだよ」


 呆れた顔の太った男へ向かって「アホー、アホー」と傷男が変顔で鴉の鳴き声を真似する。


「オメーの顔がアホだってんだ」


 それが受けたのか、太った男は簡単に笑う。


「ほんとにこんな風に鳴くんだよ!」


「ほんとかぁ……?」


 訝しむ太った男。


「ああ。今聞こえる金切り声じゃなくてだなって……あれ、そういえばなんか鴉の鳴き声がいつもと違うな」


「どういうことだよ」


 辺りをキョロキョロし始めた傷男が耳に意識を傾ける。


「なんか……囁き声みたいに鳴いてやがる」


「いつもはこんなんじゃねーのか?」


「ちげーな。いつもは怒ったカカァみてぇにうるせぇんだ」


「そりゃたまらねぇな!」


 再び笑う太った男。


「……ちょっと気になるし見に行くか」


「俺もそう思ってたところなんだ」


 傷男の言葉に太った男も賛同して立ち上がった。


 2人の男は酒を片手に部屋の扉を開ける。


 鴉の囁き声で満ちる外界へと足を踏み入れた彼らは、この部屋に戻ってくることはないだろう。



おかしい。先月までニートをしていたはずなのに、なぜ自分はこんなにも忙しいんだっ。


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