喉を許す狼の気持ちとは。
朝焼けの光がカーテンの隙間から差し込んで来はじめたのは数時間前。
うつらうつらと睡魔に抱きつかれはじめた頃に、ベッドで寝ていたトモのまぶたが動いた。
「んっ……んー」
意識がはっきりしないのか、トモは目を開けずに気だるげな声を出す。
「起きたか?」
俺が話しかけると数秒の間を置いてからトモが瞳を開けずにこちらを向いた。
「……センパイ?」
「ああ。大丈夫そうだな」
ぱちくりと開いたトモの両目が俺をジッと見つめてきたが、彼女の顔はだいぶ落ち着いている。
昨日食堂で見たときの顔はかなり疲れていたからな。
あれからテテに倒れたって聞いたときは本当に驚いた。
「わたし……」
「倒れたんだってさ、過労だと思う」
「過労……。すみません、センパイ」
無茶を頼んだのは俺で、それを彼女の負担にしてしまった責任もやっぱり俺であるべきだ。
なのにトモは謝った。
申し訳なさそうに顔を伏せて。
「俺がトモの体調の事まで考えてなかったせいだ、すまない」
「センパイはっ! ……悪くないです」
「いや、トモは大事なパーティーメンバーなんだから、もっと気遣うべきだった」
「……パーティーメンバー……ですか」
「ああ」
なぜか悲しそうな顔をするトモ。
俺は肯定することしかできなかった。
「自分のスキルすら使い続けることができないなんて……」
トモが急にそんなことを言う。
「確かに、俺の召喚速度に追いつけていないのは事実だ」
「……役立たず……ですよね」
俺が真実をそのまま告げると、トモは俺から逃げるように顔を後ろへそらし、カーテンの締め切られた窓を見つめた。
「安心しろ。トモが役立たずなら、俺がその倍以上に役に立てばいいだけだから」
朝日が一条差し込むだけの部屋にトモの鼻をすする音が鳴る。
「確かにさ、トモをパーティーメンバーに誘ったのは俺の使い魔を強化する為……なんだけど。だけど、今はそれだけじゃないっていうか……その……」
なんだか恥ずかしくなって言葉尻が小さくなったきり、それの続きをしゃべることはできなかった。
「今は……なんなんですか……」
トモが部屋に満ちる無音の空気を揺らす。
「あ、あれだ。仲間っていうかなんというか。例えトモがスキルを使えなくなっても俺がなんとかするからさ」
なぜか早口気味になってしまう。
「……仲間は一方的に頼るだけの関係ではないですよ」
「い、いや、これはあくまで例えであって」
「なら……なんなんですか」
背中を向けたトモは俺に顔を合わせることなく問いかけてきた。
「私はセンパイのなんですか?」
その問いかけにすぐに答えることはできずに、部屋は沈黙に包まれる。
「お、俺は……」
なんとか声を出すも何を言っているのかすら分からないほどに緊張していた。
なぜだかわからないけど、心臓が掴まれているのかと思うほどに胸の内が暴れていた。
「家族っ。……トモの家族……みたいな」
これが暴走する脳みそがひねり出した答えだ。
「……か、家族……ですか?」
これにはトモも驚いたのか、聞き返してくる。
何を言っているんだ俺は。
「いや、そんな変な意味じゃなくてだなっ! その……ほら! テテとかがよく言ってるだろ! お母様、お父様って!」
自分でも何を言っているのか分からなくなっていて、ただただ口を回せるだけ回した。
「使い魔みんな家族っていうかさ、ほら! トモは俺なんかが父だったら嫌かもしれないけど、それでもさ、使い魔はみんな俺の子供みたいなもんだからっ!」
ほんと何を言っているんだ俺は。
「……あんなにたくさん子供はいりません」
トモが呆れたような声を出した。
「そ、そうだよな! いや、分かってるけどさ! うん、何言ってるんだ俺!」
俺がテンパっているとトモが上半身を起こした。
「お、おい。まだ寝てないと――んいっ!?」
慌てて起き上がるトモを止めようとしたら突然ほっぺたに生暖かい感触が駆け上がる。
俺が変な声を出している間にも状況は動き、起き上がったトモが俺にぶつかるように近づいた。
「いっ!」
突然首筋に走った熱い痛みでさらに驚きの声を上げてしまう。
そしてトモの両腕が俺の背中に回された瞬間に、彼女に首を噛まれているのだと気づいた。
最初のほっぺたに走った生暖かい感触は舐められたのだ。
「なっなっなっ、何してるんだよっ!」
慌ててトモを引き離そうとすると、背中に回されたトモの両腕にチカラがこもる。
「ふえっ!?」
そして噛まれた首筋にトモの火傷しそうなほど熱を帯びているのでないかと感じる舌が這った。
「……グレイウルフは……家族になってほしい相手の首筋を……噛むんだそうです」
艶かしい音を立てて俺の首から口を離して説明したトモは、説明し終わると再度俺の首に噛み付いた。
込められたチカラは強く、彼女の体が俺の胸にのし掛かってくる。
「そ、それって……」
俺の右肩にトモの顔が乗っかっている状態なので彼女の顔は見えない。
でも鼻先数センチの場所に彼女の頭があり、不思議な良い香りがする。
「私は……センパイがいいんです」
視界の端に映るトモの耳は真っ赤に染まっていた。
自分へと向けられた彼女の声は甘く刺激的で、脳みそがそれだけで溶けてしまいそうなほどに熱を持っている。
「センパイじゃなきゃ……嫌です」
はっきりと聞こえたトモの気持ち。
自分と彼女の鼓動の音にかき消されそうな小さな声だったけれど、それでも十分に聞き取れた。
「センパイは……どうなんですか?」
「俺は……」
口を開いた瞬間、トモの体が震える。
彼女がありったけの勇気を振り絞って行動したんだなと、そんなことを思った。
「俺もトモがいい。トモ以外は嫌だっ」
泳いでいた両腕に力を込めて彼女を抱きしめる。
腕の中で震えるトモの細い首筋を甘く噛んだ。
最上級の想いが伝わるようにと強く、一生分の願いを込めるように優しく。
愛を告げる狼のように、俺は彼女に甘噛みをした。