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乙女は見えないところで苦悶している。



 まだお昼前だというのに閉め切られたカーテンが日の光を遮り、部屋の中は暗かった。


「絆刻印」


 スキル名称の発声を引き金に目の前に並んでいるウィスパーレイヴンの先頭にいる一匹が光に包まれ、光が収まるのと同時に刻印を施されたウィスパーレイヴンは隙間だけ開いた扉から外へと出ていく。


 そして間を置かずに並んでいたウィスパーレイヴンが一歩跳ねてトモのそばへ寄る。


「絆刻印」


 先ほどと同じようにウィスパーレイヴンは光に包まれ、刻印が施されたら部屋から退出した。


「絆刻印」


 一匹が抜けるとすぐさま一匹が前に詰め、一匹が抜けるとすぐさま一匹が前に詰める。


「絆刻印」


 陰鬱とした部屋に明るさはなく、ただただ作業をこなそうとする生気に欠けた声が満ちる。


「絆刻印」


 まだまだたくさんのウィスパーレイヴン。


「……絆刻印」


 その後ろにはグレイウルフも控えている。


「…………絆刻印」


 そのさらに後ろにはラピッドラビットも座っていた。


「………………絆刻印」


 ふいに部屋に光が差し込んだ。


 重たい顔を持ち上げると目に映ったのは少しずつ開いていく扉。


 やっと休めるのかと期待が胸を膨らませた瞬間、入ってきたのは見慣れた四足獣。


 グレイウルフだった。


「お母様、追加とのことらしいです」


 そばに控えていたテテがそっと耳元でささやいた。


「それと、焦らなくても良いと」


 刻印を授けるために前へ出していた腕が、力を入れることができずにダラリと垂れた。


「あーーもうやってらんないっ!!」


 それから息を大きく吸い込んで背中から倒れる。


「頭いたいよぉー」


 私は転がる様にして刻印を施していないグレイウルフへと近づき抱きついた。


「もう無理ダルさが込み上げてくるぅー」


 首から尻尾の付け根まで遠慮なく撫で回す。


「なんでセンパイはこんなに召喚しても余裕なの!」


 タプタプと柔らかい感触を返すお腹を押しさすり、首元に顔をうずめる。


「あーもうあーもうあーもう!」


 苦しそうに唸るグレイウルフを意に介さずに寝っ転がった体制で人形のように抱きしめて振り回す。


「私……役に立ててるのかな」


 グレイウルフの首元で自分の口を押し付けながら吐き出した言葉は自分にしか聞こえないであろうほどに小さな声。


「お母様は十分にお父様のお傍に立っています」


 そんな小さな声でも狼であるテテには聞こえたらしい。


「でも、最近はずっとフラフィーと一緒にいるし」


 拗ねるように私が言葉を吐き出すと、テテが平坦とした口調で答えた。


「お母様と一緒にいるのが気恥ずかしいと感じているだけです」


「シロにはべたべたされても平気じゃん!」


 グレイウルフをギュッと抱きしめながら叫んだ。


「お父様はお母様の事だけを想っていますよ」


「でも、今だって新しい女性となんかしてるし」


 私にはない、頼ってもらえるナニカを持った彼女。


 センパイが何を目指していて、何をしようとしていて、何をしているのかもちゃんと分かっていない自分では出来ないことだ。


「お母様は先日の言葉を覚えていますか?」


「先日?」


 突然の質問に短く聞き返してしまう。


「お父様が家族の墓を作っているときにお母様が言った言葉です」


「……それがどうかしたの」


 あまり思い返したくはない。

 どれにせよ恥ずかしいことを想いのまま口走ってしまった時のことだから。


「お母様は『センパイには前を向いていて欲しいんです』と仰いました」


「なんで似てるの!」


 そっくりそのままでとても聞き覚えのある言葉に顔が熱くなる。


「お母様はしっかりと自分の言葉を伝えようとしています。人間というのは我々グレイウルフに比べて少々曲がりくねったコミュニケーションをとっていますが、それでもお母様の言葉は十分お父様に伝わっていましたよ」


「でも……あのときセンパイは何も言ってくれなかったし……」


「それは何も言っていないだけです」


「言ってくれなきゃ分からないって!」


 けだるい気分はいつもは心にしているはずの抑えを忘れさせるには十分な苛立ちだった。


「人間とはやはり難しいですね。こんなにも便利で温かい手を持っているのに触れることすらままなりません」


 テテは自分の右手を見ながらそう言う。


「……グレイウルフならどうするのさ」


 まるで自分たちは違うと言いたげなテテの言葉につい噛みついてしまう。


「こうするんですよ、お母様」


「ひゃあ!」


 突然距離を詰めてきたテテが私の頬を舐めてから首を甘噛みしてきた。


「ちょっ、やめっ! ひゃんっ!」


「……分かりましたか?」


「分かった! 分かったから!」


 私は体中を舐めてこようとするテテを無理やり引きはがす。


「……さすがにこれは真似できないって」


「お父様にならとても効果的だと思いますが?」


「一緒にしないでよ……」


 私は気怠い体を無理やり起こし、並んでいたウィスパーレイヴンへと手を添えた。


「絆刻印」


 魔力の光が淡く部屋の中を照らす。


「分かってもらえたようで何よりです」


 グレイウルフの娘が優しく微笑んだ。



少し遅れましたが予定通り本日3話連続投稿となります!


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