子供を苛めて楽しいのはその場だけ。
東から顔を出したばかりの太陽を背にした姿は神々しいの一言だった。
それでいてその容姿は幼さを残し、純真無垢で出来ている。
赤子の頭を撫でるかのように空気を掴もうとする真っ白な翼は、片翼だけで彼女よりも大きい。
褐色の肌は艶やかで理想的すぎるゆえに現実感がない。髪の毛は翼と同じく穢れのない白。
神は人々に恵みをもたらすように幻想的で、姫は王宮の大階段から降りてくるように優雅に。
空より舞い降りてきた天使は地をいたわるかのようにそっと右足を伸ばし、
「むぎゅ!」
転んだ。
幼稚園児がよくするような、何の受け身も取れずに前へ倒れるかのような転び方だった。
顔面を強く打ったのか地面に顔が沈んでいる。
「ふぎゅぅ……」
地面に押し付けられた彼女の口から聞こえてきた、くぐもった声は高くもあるが柔らかい声質。
「……子供?」
彼女から放たれる圧倒的存在感に埋もれていて意識していなかったが、小さな容姿は小学生のそれだった。
そして裸だ。
なぜ裸なんだろうと疑問が頭をめぐるよりも、彼女は裸だからこそ美しいのかもしれないと錯覚しそうなほどに完成された容姿ばかりに目がいっていた。
しかし、そこまで思考が回れば芋ずる式にあれこれ考えが廻り始める。
結論として、ウチは叫んでいた。
だって、これでも子供を導く先生なのだから。
「そいつから離れて!」
「ふぇ?」
転んだ痛みから立ち直ったのか顔を上げた翼を持つ少女は、ウチの叫ぶ声を聞くと力の抜ける間抜けな涙顔でこちらを向いた。
「翼のある獣人ってのは初めてみたなぁ」
そんな翼を持つ少女の一番近くにいたのは銀の騎士であるドゥビィだ。
彼は興味を示すかのように振る舞い警戒を隠して少女に近づいた。
「君! 早く逃げて!」
「人間が吾輩に命令するな! 君じゃなくてシロはシロなのじゃ!」
私が警告を理解していないのか、それとも理解しての行動なのかはわからないが、彼女は泣き出すのを必死に堪えながら上半身を起き上がらせ、ウチを指差した。
「あいつから離れて! 危ないから!」
「ふんっ! 吾輩に命令できると思うなよ人間! さっきの着地で転んだのはわざとじゃ! お前らを油断させるための罠なんだからな!」
なんだこいつ。
天使の見た目をしている癖に、中身は子供だ。
しかも手に負えないほうの子供。
そして彼女は状況を理解してない。
転んだ恥ずかしさでか周りが見えていないのかも。
その証拠に真後ろまで来ているドゥビィへ振り向こうともしない。
「へぇ~。もしかしてこいつも転生者ってやつだったりするの? だとしたら嬉しいなぁ」
きっと心から喜んでいるのであろう彼は不気味なほどに口元を吊り上げた。
おそらく、すでに捕まえたも同然だと思っているのだろう。
ただ問題なのはそれがあながち間違ってもいないことだ。
彼女が降ってきたところで状況が良くなったわけではない。
よくわからない要素が増えただけだ。
いまだにカラスはけたたましく泣き叫んでいるが、彼女を守ろうとする気配はないし、下手に近づいて来ようともしない。
「テンセイシャなんて知らん!」
「なら縛っとけばいいか」
シロと名乗った少女の言葉を聞いて、ドゥビィはおもむろに彼女の腕を掴んだ。
「いうっ!」
潰されたのかと思う変な声を口にしたシロは顔を歪めていた。
「離してあげて!」
本当は彼女を囮にして仲間を引き連れてこの場から脱出するのが正解なんだろうけど、ウチはそんなことをする思考回路を持ち合わせていない。
「その見たことない飛び道具が僕に聞かないことはもう知ってるでしょ?」
ドゥビィは向けられた魔巧機銃を見て嗤った。
「うぐっ。は、離せ! はなすのじゃにんげん!」
握りしめられた腕を吊るされるかのように持ち上げられたシロは痛みを堪えながら強がりを口にする。
「お嬢ちゃん。人に物を頼むときは丁寧にって教わらなかった?」
サディスティックに嗤うドゥビィは暴れるシロを腕を掴んだまま掲げた。
「い、痛い! 痛いのじゃ! 人間のくせにこんなことして許されると思うなよ!」
だんだんと余裕をなくしてきたシロの両眼には涙が溜まっていく。
「どう許さないのか教えてくれないかなぁ、ガキ」
「うぅ……絶対に……うぐぅ……ゆるさないのじゃ」
カラスが煩いほどに泣き叫んでいる。
だが不思議なことに彼女を守ろうとはせずに離れていく。
「だからどう許さないのか言ってみろよっ!」
先ほどまでヘラヘラ笑っていたドゥビィが豹変したかのように怖い顔で掲げていたシロを地面に叩きつけようとした瞬間――。
「うああああああああああああああああああん!!」
白い鴉の泣き声がドゥビィの鼓膜を破裂させた。
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ブクマ400もあと少し!予定通り目標達成で3話連続投稿しますよー!