逃走というのは歩くだけで疲弊する。
守れなかった……。
巨木が立ち並び、月明りすら届かぬ森の中を進む半獣人達の最後尾で、ウチは悔しさに前を向けずにいる。
銀の騎士に歯が立たなかった。
あれはスキルによるもの。
今ならはっきりとわかる。
ランキングに載っていたウチ以外の99人の誰かか、その誰かと関わりがある存在。
じゃなければあんな理不尽な力があり得るわけがない。
闇が体を包み込むかのように銀の騎士を守っていた。
あれがある限りウチが銀の騎士に勝つことは無理。
今の少ないゴールドやポイントでどうにかなるレベルじゃない。
方向感覚が狂いそうなほどの葉擦れが上下左右どこからでも聞こえてくる薄暗闇の森の音にカラスの鳴き声が掻き消された。
「センセイ、本当に森を出るのか?」
そんな問いかけにウチは顔を上げる。
声をかけて来たのはウチの少し前を歩いている狙撃班をしていた男性半獣人のダアト。
村からウチらを逃すために狙撃班の半数以上は囮になった。
ここまで付いてこれたのは彼を含めて3人。
たった3人とウチで50人程の女子供を守らなくてはならない。
幸いと言っていいのは半獣人の身体能力が高いのは女子供でも共通だったことだろうか。
おかげで森を進む速度はそこそこだ。
最初は先頭を歩いていたウチが一番後ろにいるのがいい証拠だろう。
インドアだったんだ。
ほっといて欲しいかな。
「ウチらだけじゃこの森で食料を集めることはきびいかな」
「だ、だがっ」
私が今後の選択をした時ときもそうだったが、やはりいい顔はしない。
「君たちが人間を避けているのは知ってるかな。昔何があったかは知らないけど、それでも今は頼るしかない」
「っ」
厳しい顔をするダアトになんと言ったものか迷う。
人間の街まで行ったところで助けてもらえるとは限らない。
むしろ敵の仲間という可能性だって捨てきれないのだ。
でも現状では他に頼るものがないのも事実。
背に腹は変えられない。
藁にもすがる思いで行動しなければ。細い糸一本見逃したらダメだ。
光量の少ない森を歩くのは相当に不安なはず。
目的地が今まで近寄らないようにしていた人間の街となれば尚更。
子供達が静かに歩いているのが何よりの証拠かな。
子供というのは正直な生き物で、思いのほか周りをよく見ている。
空気を読まない生き物のようで一番その空気に敏感なんだ。普段から空気を読めないと言われる子供は空気を読めないのではなく、読んだうえで行動していたりする。
何も言わずに音を立てないように静かに、でもしっかりとした速度で歩き続ける子供達がこの場の異常度を示していた。
ガサリと草むらが揺れるたびに心臓が飛び跳ねそうになる。
カラスが鳴くたびに辺りを見渡してしまう。
口では強気なことを言えても、ウチだってただの一般人。どっちかと言えば弱い部類の人間。
「センセイ、敵だ」
そっと耳元にそれだけ呟いて来たダアトの顔は引きつっていた。
彼自身が一番よくわかっているのだろう。
次に敵が襲って来たら誰がしんがりを務めて死ななければならないのかを。
「敵はこっちに気づいてる?」
「わかんねぇ」
だとしたら下手に歩く速度を上げて気づかれたくない。
「みんなに少しだけ足を早めさせて。でも静かにね」
「いいのか?」
その言葉はウチを労わる為のものだろう。
「子供が歩いている内はへばるわけにはいかないかな」
「そうか」
なぜかダアトが小さく笑った気がした。
その意味を知る前に彼が前に歩いて行く。それからしばらくしてからちょっとづつ歩く速度が早まった。
喉がひりつくようになっている。
ウチには森の中で方向を確かめる方法なんてわからないから進む先があっているかもわからない。
前にみんなが歩いていなければ、すぐに道に迷っていただろう。
精神を狂わせるような森の騒めきに混じりカラスの鳴き声が連鎖する。
「センセイ、多分気づかれてる」
ウチの前に戻ってきたダアトが再度呟いた。
「なんでそう思うの?」
「奴ら、ずっと俺たちの後ろをぴったりと付いてくる」
「なるほど」
歩く速度が同じだけなのか、何か理由があって監視しているのか。
前者だと嬉しいのだが恐らく後者だろう。
仲間が来るのを待っているってのが一番可能性は高そうだ。
「2人はなんて?」
前を警戒している男性陣の残りの意見を聞いてみると、ダアトは首を振る。
「こんいうのはあいつらも経験ないって。村生まれ村育ちで外に出たことも人間に会ったのもセンセイが始めてだ」
「そっか……」
しばし考え込む。
でもあまり迷ってる暇もない。
巧遅は拙速に如かずとも言うし。
「センセイは走れそうか?」
ダアトがそんなことを聞いてきた。
「た、たぶん」
「なら俺が奴らを引き付けるからみんなを連れて森を出てくれ」
「なっ」
「多分だがそろそろ森を抜けれるはずだ。そのあとは見晴らしのいい街道が続く。そこで見つかったら追いつかれるのは時間の問題だ」
「そうかもそれないけど……」
ウチがなんの決断も出来ぬまま言い淀んでいる間に、ダアトが立ち止まり背を向けた。
「あとは頼んだ」
「ちょっ」
呼び止めようとした時にはもう彼の姿は木々に隠れて見えなくなっている。
「っ」
ウチは下唇を噛み締めて叫んだ。
「みんな全速力で走って!」