戦の香りを吸い込んで。
声と声が重なり合い、村の中がごった返したかのように騒がしくなった。
「敵は西の街道からまっすぐやって来てる!」
「センセイのプランAをそのまま決行させろ! 女子供は隠せ!」
走って来た見張りにドリノが大声を張り上げて命令を出すと、見張りは一度だけ頷いてすぐに走っていった。
一人一人が自分の役割を弁えてしっかりと行動している。
対策も十分考えて話し合った。
この村が盗賊程度に負けるはずがない。
「センセイも子供達と隠れてろ!」
ドリノが村から街道へと続くの西の道へ走ろうとしたとき、未だに側で立っているウチに怒鳴りかけて来た。
「ウチも付いていくかな!」
「何いってるんだ!」
その声は驚いているというよりも怒りを含んでいる。
「センセイは戦えねぇだろーが!」
けむくじゃらな顔をこれでもかと引きつらせて説得しようとしてくるドリノ。
「それでも指示は出せるかな!」
それでもウチは食いつく。
別に戦いたいわけではない。
それでもこの作戦を考えたのはウチなんだ。
もし何かのミスで失敗でもしたら、ウチはどうすればいい。
「流れ矢でも飛んで来たらどうするんだ!」
「前には出ない!」
まるで幼子を叱りつけるかのようにこちらを見下ろすドリノにウチは引け目を見せないで返事をする。
「だがっ」
「どうせドリノは先頭切って攻める! 誰が後ろで指揮をとるの!」
「し、しかしっ」
ドリノが言葉を詰まらせた。
「時間が勿体無いかな!」
ウチはそこを見逃さずに話を無理やり切って村の西側へと向かう。
「ぐっ。分かった! 絶対に前には出るなよ! そしていざとなったらお前が一番最初に逃げろ!」
「いざとなんか起こさない!」
その為に対策を立てて来たのだから。
***
村は全体を囲うように木の柵に守られている。
これは元々魔物対策で初代の村人が作ったものだ。
今回はそれに加えて街道のある西口と下流から登って来れる川のある南口にバリケードを組んでいる。
バリケードと言っても強固なものを作る余裕なんかなく、弓を防げる程度の簡単なものだ。
ウチだって馬鹿正直に盗賊と真正面から戦う作戦を組んだわけではない。
「敵は50人以上だ!」
西口に集まっていた現役の森人がドリノを見るなり現状を報告してくれる。
チラリとウチのことを見たが、ドリノが何も言ってないので口を挟むつもりはないらしい。
「騎兵が11! 他は皮の鎧で固めてた剣士だ! なんだか人間の街にいる兵隊って感じで、今まで戦って来た盗賊とは雰囲気が違う!」
「盗賊じゃねーのか?」
ドリノが眉を潜めて聞き返すと報告をして来た森人も変な顔をする。
「ワカンねぇよ!」
「分かんねぇってことはねぇだろーが!」
「でも前回の奴らもあんな格好だっただろうが!」
「確かにそうだが……」
ドリノが唸るように考え出した。
「どちらにせよやることは一緒かな。盗賊だろうと軍だろうと攻めてきたのなら守らないと」
「そうだな」
ドリノが考えるのをやめて前を向いた。
「お前ら作戦は頭に入ってるな!?」
「「「おぉ!」」」
ドリノの声に集まっていた半獣人達が魔巧機化した腕を掲げる。
「先祖が切り開いた俺たちの村だ! ここを無くしちゃ生きてはいけねぇ!」
ドリノが魔巧機化されている金属の腕を剣にして叫んだ。
「森の魂に血を注げ!」
「「「血を注げ!」」」
***
「まだかな」
ウチは遠くに見え始めた敵の姿を睨みながら、比較的若い衆として経験の浅い狙撃班に命令を出す。
「出来るだけ引きつけて」
魔巧機の銃の構造はよく分かっていないが、体内にあるチカラのようなものを弾丸として撃ち出せることは知っている。
魔力と仮に呼んでいるが、その魔力は有限で使いすぎると昏睡してしまう。
そして魔力は長時間も空間に存在できないのか、ある一定の距離を超えると消える。
だから焦って早く撃ちすぎると魔力を無駄にしてしまうのだ。
「まだ、まだかな」
敵の足音が地面を震わせている。
遠くから馬の嗎が聞こえた。
「まだ……」
自分に言い聞かせるように呟く。
作戦を決めた時にはギリギリを見極めて決めた距離を遠いと思ったが、全然そんなことはなかった。
ドリノに言われて見直した距離がこんなにも近いモノだとは。
敵との距離が100メートルを切った。
「もう少し……」
もう先頭の男の顔まで見える距離。
中衛あたりにいた敵が弓を掲げる。
「みんな隠れて! 弓が来る!」
慌てて指示を出すと、ウチよりも落ち着いている半獣人達は事前に準備していたバリケードへと体を隠す。
張られた弓糸が解き放たれる音が微かに届いた後、空気を裂いて弓矢が近くに突き刺さった。
「っ!」
想像していた何倍もの恐怖感が込み上げてくる。
生きていてここまで死を身近に感じたことはない。
癌で死んだ父の葬儀をした時だって、別れを感じはしたものの、自分もいつかはこうなるのかなんて想像はできなかった。
それが今は出来る。
この矢が頭に刺さるだけで冷たく重い死体となるんだ。
弓の音が鳴り止む前に敵の走り出す音が聞こえた。
地が揺れ、雄叫びがこちらの心臓を掴む。
落ちる弓箭が無くなった確信を持った瞬間、腹一杯にためた空気を震わせた。
「撃って!」