白き翼の元に集え。
「せ、センパイ、ちょっと……やめっ」
「なんだよもうへばったのか?」
俺のすぐ横でバッテバテになるトモに俺はニヤける。
「むしろなんでセンパイはそんなに余裕なんですか」
「なんでだろうなー?」
俺は首を傾けながら召喚したばかりのカラスの喉元を撫でた。
スキルを使用していくと疲労感のようなものが溜まる感覚はあるのだが、トモのように動けなくなる程ではない。
個人差があるだけなのか、スキルの消費コスト的なものなのか、もっと別の要因なのか。
これがわかればトモの負担も減るのだろうが、正直どう検証したものか分かりかねる。
すでに俺が召喚したウィスパーレイヴンは30体を超えている。それに比べてトモが刻印を授けたのは20体にも及ばない。
焦っているわけではないのでトモが遅れたところで支障はないが、違いがあるというのはやはり気になる。
それにしても結構増えてきたなぁ……。
庭に生えている木のあちこちにカラスが止まっている姿はなんだか不吉だ。
これから良くないことが起こりそう。
いや、口にしないけどね。
流石に俺の使い魔だし、心からそう思ってるわけじゃないよ。
「ご主人様、早速ですが体を各地へ飛ばしてもよろしいでしょうか?」
とか、頭の中で言い訳をしていたらクロが傅きながら問いかけてきた。
「か、体?」
クロの言葉に一瞬だがグロ映像が頭をよぎる。
「我が同胞の事で御座います。我々は群れで単体。個体のことを体と表現します」
「あーなるほど」
そういえばそんなことさっきも言ってたな。
だから体って表現になるのか。
「ここに留まるだけでは何の役にも立てませんし、景観も悪いようですから」
完璧執事にも俺の心は丸見えなのか、考えていたことがダダ漏れである。
やっぱ聞こえてるんじゃねーか。
「大丈夫ですよ、お父様。お父様が何を考えていようとも我々にとっては全てが愛おしいモノですから」
すかさずフォローを入れてくるテテだが、あまり嬉しくはない。
てか、純粋に怖い。
ちょっとは疑えよ。
俺だってただの高校生だぞ。
完璧な思考なんて持ってないから!
「ご心配なさらなくでも、我々はすでにお父様と滅びる覚悟は出来ております。生まれた時からずっと」
「滅びてたまるかよ!」
嬉しそうに微笑むテテにツッコミを入れる。
「ご主人様の威光は永遠です。滅びるなどと無礼極まりないことを口にするのは止めたまえ、地に縛られし者よ」
そんな俺に同調するようにクロがテテに向き合った。
「新入りの弁えというものをご存知ではない様ですね。地を離れたばかりに頭までスカスカにお成りですか?」
テテは噛みつかんばかりの笑顔で返す。
「ストップ! ストップ! なんで使い魔同士で険悪なんだよ!」
そういえばフラフィーとテテ達もあまり良い関係では無かった気がすると思い返す。
あれ、使い魔って意外と仲が悪い?
「別に啀み合っているわけではないですよ、お父様」
「ご主人様。我々が争うことでご主人様に迷惑をかけることはありません。ただそれとは別の問題で自分とは違う存在がいるという事実に腹が立つだけで御座いますから」
あー、あれか?
目的は一緒だが出来るならば自分たちの種族だけでその目的を達成したかった的な……。
でも出来ないから手を組むことはやぶさかではない。主人の命令だし。みたいな……。
「お父様は物分りが良くて助かります。流石ですね」
そばに控えていたツツが褒めてくれるも嬉しくない。
これは知りたくなかった事実。
俺の前だけでも仲良くしてくれ……。
「お父様。敵と手を組むことがあろうとも距離を縮めることはありえません」
あーもうほら敵って明言しちゃったよ。
「それは自らの力で屈服させなければならない壁でございますゆえ」
クロもクロで受ける気満々……。
「もうちょっと仲良くしてくれよ……」
「善処いたしましょう、ご主人様」
「承知致しました、お父様」
なんでこんな時は息がぴったりなんだよ。
「センパイ、暇なら手伝ってくださいよ……」
「手伝えるなら手伝うんだけどなぁ」
トモの愚痴を聞いて思い出したかのように新しいウィスパーレイヴンを召喚する。
「囁渡鴉召喚」
「なんで手伝うっていいながら召喚するんですかぁ!」
へとへとな体を無理やり動かしてこちらに指をさしてくるトモの横で新たなウィスパーレイヴンが召喚されていく。
「最初に40体って言っただろ。急がなくてもいいから頑張ってくれ」
「まだ20体以上もいるんですよぉ~」
トモが芝生の上に体を投げ出している横で俺は新しく召喚したウィスパーレイヴンに目を奪われていた。
「センパイ? 聞いてますか、センパイ?」
俺が召喚していたウィスパーレイヴンは全部が全部、一匹残らず真っ黒だ。
濡羽色の光を吸い込む夜の色をしていた。
「……センパイ?」
不思議そうにこちらの顔をのぞき込んできたトモへ問いかける。
「なぁ、トモ」
「なんですか?」
「このウィスパーレイヴン、何色に見える?」
「何色って黒色に決まって……白ですね」
俺が指をさした先をチラッと眺めたトモはすぐに俺へと視線を戻したが、再度ゆっくりと指示したウィスパーレイヴンを二度見した。
「……白だよな」
そう。
白色なのだ。
穢れなき純白の羽。
象牙よりもなお艶やかに光に撫でられるアイボリー色の嘴。
頭から尻尾まで一点の染みもない白色だ。
「そういえば使い魔ってオスとメスどちらも生まれるから個体レベルの差は生じえる……」
テテを初めて召喚した時の事を思い出した。
生き物の世代交代の中で偶発的に生まれる特殊個体。
人間でいうところの天才。
偶然と偶然が重なり奇跡とまで言われえるほどに完成した存在。
「……白い翼。姫がお生まれに……」
クロの呟きを聞いて、俺の予感は確信に変わった。
「くぁ……?」
ティアラのようにも見える羽飾りをつけた白亜の頭部を真っ白なウィスパーレイヴンは可愛く傾げた。