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人は怒ると本音が漏れる。



 まだ太陽も登り切っていない朝の室内は蝋燭一本立てられておらず、薄い闇に支配されていた。


「隣の村を見てきたアジルの話では誰も居なかったらしい。家は壊されたり焼かれたり。血痕も大量にあったと」


 ウチと向き合うようにして座る魔巧機隊長でありムアの父親でもあるドリノは険しい顔をしている。


「奴らの仕業……」


「恐らくそうだろう」


 テーブルに肘を乗せた両手を組み合わせて顎をつけるドリノは深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出した。


「奴ら……何処から来てるか分かる?」


「分からん。今まで近くにあんな奴らは居なかった」


 奴らが初めて襲ってきたのはウチが村に住み着いて1週間が経った頃。新しい義肢に戸惑う者達もいたが、それでも村の食卓に肉が多く使われるようになってから。


 豊かになり始めた村を悩ませるかのように盗賊が現れた。


「きっと次はもっと多くの敵が来るぞ」


「もしかしたら昨日の戦闘での被害に懲りて諦めてくれるかも」


 私の言葉に眉根を寄せたドリノは顔を横に振る。


「それはないだろう。奴ら盗賊ってのはそういうもんだ」


「……やっぱり戦うしか」


「ああ……」


 ドリノは太く力強さを感じる硬い右手をそっとテーブルの下へと動かした。

 きっと魔巧機となった両脚を触っているのだろう。


 彼の癖だ。


 戦うことを決意した時、必ずあの仕草をする。


「流石のウチも戦いは分からない。腕や脚は作れるけど……怪我は治せない」


「分かってるさ」


 ウチがこの村に来てからはこうやってドリノの相談役として話し合っている。


 文明の遅れたこの世界。

 特に森の入り口でひっそりと暮らしているようなこの村には、前世では当たり前だった電気やガスなんてものは当然のようにない。

 井戸の水桶を引っ張り上げるのだって、なんの工夫も無しに手でやっていたくらいだ。滑りの悪い木製の滑車を付けただけで喜んでくれた。


「……もしかしたら潮時なのかもな」


 テーブルを見つめたドリノは独白するように呟く。私が何かを言う前に彼はさらに口を動かした。


「俺たち半端者がこれまで幸せに生きてこれただけでも幸せだったんだ」


「子供達の前では絶対にそんなこと言わないで欲しいかな」


「分かってるさ。お前だからこそ、こんなことを言うんだ」


 苦笑するドリノの表情は到底子供達に見せたいとは思えないものだった。


「ウチが好きなのは子供達が幸せに暮らしてるこの村だよ」


「だからこそ俺は余所者のあんたを受け入れたんだ」


「……そう言ってもらえると嬉しいかな」


 彼と初めて合った時、彼は森から現れたウチを見て警戒はしても威嚇はしてこなかった。


 きっと彼自身このままでは村がダメになるのを分かっていたのだろう。


 厳しい自然環境に抗うというのは並大抵の努力ではない。

 この村の先鋭である森人だって大森林に入れば弱者の部類に入る。


 ドリノ自身だって大森林の自然に負けて両脚を奪われたばかりだった。


「……ウチもこの村を守る為に協力はする」


「そう言ってくれるのは嬉しいぜ」


 心からそう思って居るのであろうドリノは優しい笑みを浮かべる。


「俺たちはこの村から出てやっていくなんてことはできない。それはよく分かってるからよ」


「そんなことは……」


「そんなもんなんだよ。おまえさんは世間のことあんまり知らないらしいが、少なくともワイアードではそうだ」


「…………」


 ワイアード帝国。

 元々は小国だったこの国は武力によって他国を取り入れて巨大化した国らしい。


 ワイアード帝国は数多くの戦争を繰り返し、この大陸に残るのはアルドラード神聖国と大森林の中にあるという巨大樹アドラスの国だけなんだとか。


 この村の先祖は巨大樹アドラスの民らしいのだが、何かしらの訳により追い出されたとか。

 そして巡り巡って行き着いた地がここなのだ。


 並の人間が暮らすなど到底できない大森林の入り口。


 そんな過酷な環境でも彼らはこうして幸せな生活を慎ましやかに送って来た。


 それが壊されようとしている。


「……人間を殺す為のスキル、考えとく」


「すまんな」


 ドリノは申し訳なさそうに耳を揺らした。

 人間の耳ではない。犬のような毛に覆われた頭上から生える耳。


 そう、彼らは獣人だ。


 世間では半獣とも呼ばれるらしい。


 彼ら獣人は神に愛されなかった混じり血とされ、神聖国では街にすら入れないという。

 ワイアード帝国ではそこまでではないが、それでも歓迎なんかされない。


 人間なんて肌の色が違うだけで争うんだ。自分たちの体と見るからに相違のある彼らは格好の的だろう。


「一つ、お願いがあるんだ」


 席を立とうとした私にドリノが言葉を持ってそれを制止させた。


「お願い?」


 部屋を出ようとしていたウチは振り向いてドリノを見る。


「もし俺たちに何かあったら――」


「そんなことはさせないかな」


 森の戦士である彼の弱気な言葉を遮って私は扉に向かう。


「っ。……そうだな」


 背中にぶつかる絞るような言葉から彼の表情を察することはできなかったが、ドリノが両手で魔巧機化された両脚をさすっていることだけは容易に想像できた。



しばらくは2話ずつで視点が入れ替わります。次回はケイ視点です。

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