シガラミとは気づいた時には絡みついている。
「クソッ。何かないのか……。突破口……。弱点……。何かあるはずだ」
絶望的な思考を巡らせなければならない状況で、俺はなぜか徹夜でグレイウルフ達を大量に呼び出した昨日のことを思い出していた。
これから壮絶な戦いに彼らを巻き込まんとする俺は理解しないようにしていた。
彼らが戦いの中で死ぬかもしれないと。
いや、そんなこと最初から知っていた。
この世界に来た初日に感じただろ。
目を逸らそうとしていただけなのしれない。
ギギは死んだ。
初めての相棒はもう戻ってこない。
だから俺は名前をつけられなかったのかも。
沢山いるから名前を覚えられないなんて口先だけの言い訳を並べて、彼らに名前を与えなかった。
名前をつけたら大切に思ってしまうから。
無意識でズズやゼゼに死んで欲しくないから、この決戦には使わずに森へ囮として使ったのか?
名前をつけたK班やD班、R班を庭に配置して、外から来る盗賊の相手をさせているのも。
ザザとゾゾも念の為に屋敷の外で待機させているのはそのために?
ヒートやフレイムでフルメイル剣士を襲わせないのは彼らが殺されるかも知れないから……。
今、目の前で戦ってるのは名も無きグレイウルフ達だ。
俺は産みの親として慕ってくれる彼らの主人に相応しいのだろうか。
こんな状況に追いやられて、仲間も1匹殺されても。
「お父様。我々はお父様が全知全能の神だから従っているわけではありません」
唐突に。今まで女性陣3人の護衛をする為に待機しながら様子を伺い黙っていたテテが目を伏せながら淡々と俺の思考を否定した。
「お父様ならば家族を導き、素晴らしき世界を見せてくれると信じているからこそ、強大な敵へと果敢に牙を剥くのです」
「テテ……」
「我々は死ぬのが怖いとは思いません。死んだ先には家族が生きる未来があるのですから。その未来を作るのはお父様――」
「分かってる」
俺はテテの言葉を遮る。
「差し出がましい発言でしたね。お許しください、お父様」
「いや、幾らか決心がついたよ。ありがとな」
「どう致しまして」
絶叫と狂乱と沸き立つ血と弾ける殺意が溢れる戦場で、テテは優雅にスカートの裾を持ち上げた。
俺に出来るのは勝つ為に考える事だ。
負けた時にどれだけ殺されないかを考える事じゃない。
これ以上誰も殺されずに勝つんだ。
敵は銀の騎士とフルメイル剣士。
銀の騎士は謎の力に守られて攻撃が通らず、人間離れした力で剣を振るっている。
フルメイル剣士は謎の力に守られているわけではないが、全体的な筋力が向上しているのだろう。
こちらのグレイウルフも優秀だ。
敵には鎧に阻まれてダメージは与えられないが、持ち前の瞬発力と野生の勘で攻撃を喰らわずに上手く牽制している。
その隙を突き、ツツとトトが少しずつダメージを重ねていた。
だが相手の攻撃が掠っただけでグレイウルフはやられてしまう。
殺されたのはB班の1匹だが、怪我をしたのは他に4匹もいた。
状況が完全に固まっている。
後10分もしないで街中の盗賊が集まってくるっていうのに。
もうしばらくしたら外にいる3班だけでは押し寄せる盗賊を対処できなくなる。
ズズとゼゼを合流させたからといって、どうにかなる事ではない。100人以上が相手なのだから。
そうなればこの場の戦闘から外の盗賊達への足止めにグレイウルフを送らなければならない。そしたらフルメイル剣士を相手に出来るグレイウルフの数が減り、余計に状況が悪くなる。
「うがああああああ!」
「死ねやあああああ!」
突然、2人のフルメイル剣士がこちらに向かって走ってきた。
グレイウルフ達がうねりを上げて奴らに噛み付くも、1匹は殴り落とし、もう1匹は引きずりながらフルメイル剣士がこちらに向かってくる。
ツツとトトは遠く、別のフルメイル騎士を相手にしているのでこちらの援護はできない。
「無作法は関心致しませんよ」
前に出たテテがフルメイル剣士の前に立つと、そのまま蹴り掛かった。
元々テテを警戒していたのかフルメイル剣士はその攻撃を避け、もう1人のフルメイル剣士がテテを抜けて俺に剣を振りかざしてくる。
「お父――っ!」
「行かせねぇよ!」
テテがこちらに駆け寄って来ようとするも、フルメイル剣士に阻まれてしまう。
「邪魔です!」
「ぐあっ!」
無茶をしてテテを足止めようとしたフルメイル剣士に見事な回し蹴りが炸裂し、あっという間に吹き飛ばされる。
しかし、その数瞬の間にすぐそこまでもう一人のフルメイル剣士が迫っていた。
「センパイっ!」
「馬鹿野郎!」
トモが慌てて前に出て俺を庇おうとするのを、逆に俺が抱きしめる形で庇い、彼女を包むように後ろを向く。
敵に背中を見せてしまった。
俺はこれから斬られるのだろう。
これから襲うであろう痛みに歯を食いしばり、目を瞑ると――。
「戦場で敵から目をそらしちゃぁいけないよ」
フルメイル剣士が中空で一回転し、地面に強く叩き落とされる。
鎧が床にぶつかる鈍い音で俺が目を向けると、アルザおばさんがフルメイル剣士の兜と鎧の間にある首の隙間にナイフを差し込んでいた。
「これでも昔は軍でバリバリ働いてたんさ。今じゃ親の宿を継いで隠居してるけどね」
「ま、まじかよ……」
驚愕の事実に驚きを隠せない。
なるほど。リアがあそこにいたのはアルザおばさんが護衛も兼ねられるからなのか。
だからずっとついてきていたわけだ。
「あたたた。それにしても馬鹿力だね。次はこんな綺麗に倒せそうにないよ。油断はしちゃダメだからね」
手首を摩るアルザおばさん。
いや、転生者のスキルで強化された剣士の一撃を一度でもいなせるだけで十分おかしいと思う。
「あ、あの……センパイ」
腕の中に抱かれたトモの恥ずかしそうな声が聞こえた。
「あっ、すまん!」
俺が慌てて離れるとトモは俯いたまま首を振る。
「い、いえ。ありがとうございます……」
「お、おう」
俺は気まずさを誤魔化すために周りを見渡してから立ち上がった。
それにしても命拾いしたな。
奴らも目の前のグレイウルフより、司令塔である俺を狙ったほうがいいことに気付き始めてるのだろう。
それでも全員で無茶して攻めてこないのは、時間を稼げば援軍がやってくるのを分かっているから。
攻めるのは数の有利をとった後でも問題ないと考えているはずだ。
だから、この状況をどうにかするのは今しかないんだ。
囲まれてからでは遅い。
俺は戦況をひっくり返すためにもスマホを取り出した。
次回、反撃開始。