二本の腕は貴方を抱く為にあるのです。
「もうここまでっ!」
リアが小さく叫んだ。
向かいの通りで家探ししていたのは知っていたが、こんなに早く来るとは。
「はぁ……」
俺がため息をつくと、アルザさんが素早く動いていた。
「ほら、あんた達は裏口から逃げなっ!」
小袋にパンとチーズを詰めてくれてるあたり手際がいい。予想はしていたのだろう。
「いや、裏口にも人がいる」
俺がそういうとトモが心配そうに見つめてきた。
「俺が囮になるよ」
そう言って正面玄関へと向かう。
「センパイっ!」
「大丈夫。フラフィーとツツは連れてくから。ヒートとフレイムは置いていくから使ってくれ。何かあればテテたちが分かる。そいつらに従ってくれ」
俺は腕を掴んできたトモに早口で喋る。
「で、ですがっ」
「大丈夫だって。俺が直接戦うわけじゃない」
盗賊共が家のドアを叩き始めた。
「早くしないと叩き壊される」
「…………っ」
悔しそうな顔をするトモの肩にリアが手を置いて、首を横に振った。
「行ってくる」
俺は笑って扉の錠前を外す。
「おせーぞ! とっととでやぐふぅ!」
扉を開けながら文句を言ってきた盗賊の顔が見えた瞬間、ツツの蹴りがめり込んだ。
「お客様。少々礼儀がなっていませんよ」
スカートの裾を優雅に抑えながら、すでに扉を片手で押して道を譲ってくれるツツ。
メイドとしてなら一等級もんなんだけどな……。
「お褒めに預かり光栄です、お父様」
恭しく頭を下げる余裕まである。
「殺す?」
俺のそばで物騒なことを口走ったフラフィー。
「まだダメだ。できるだけ敵を引き付けたい」
「分かった」
残念そうにするフラフィー。やだこのようじょこわい。
「こっちだ馬鹿野郎!」
俺は盗賊に罵倒を投げかけてながら走り出した。
「黒髪だっ!」
「いたぞ! 捕まえろ!」
「ぐあっ!」
盗賊が剣を抜いて襲いかかってくるもフラフィーとツツが一撃で吹き飛ばしてくれる。
二人とも戦闘力が150を超えてるのもあるし、そこにトモの能力でさらに150以上も上昇している。
300なんて戦闘力があれば、推定100から130の盗賊なんて余裕だろう。
「回り込め! 逃すな!」
「人を集めろ! 奴らはすでに40人以上も殺してる凄腕だ! 下手に一人で突っ込むな!」
別に俺たち3人で殺したわけじゃないんだけどな。
フラフィーが四分の一くらいは殺ってる可能性あるけど。
「囲んで捕らえろ! 弓も持ってこい!」
街の至る所から怒号が鳴り響く。
俺は宿を抜け、表通りを駆けて、路地へと入り込んだ。
夕日は殆ど落ちかけているが、暗い路地裏でも完全に足元が見えなくなることはない。
ひたすらに走った。
グレイウルフ達の警戒網を利用して、敵の大まかな位置を把握しながら、守りの薄い場所を抜けて街の中を駆け巡る。
北へ走り、南へ隠れ、東へ転がり、西へ逃げた。
当てもなく逃げているのは確かだが、作戦がないわけでもない。
1時間ほどで日が完全に暮れた。
ずっと待っていた夜の時間だ。
俺は逃げている間にちゃんと作戦の準備は進めていたのだから。
「大丈夫ですか、お父様」
逃げ込んだ廃屋で俺は肩で息をしながらなんとか返事をする。
「はぁ……はぁ……。な、なんとか」
こんなに走り続けたのは久しぶりだ。
「私がおぶっても構いませんが」
「いや……それはやめとく」
男としての矜持はさすがに捨てられない。
「マスター、敵」
ツツとふざけながらも休んでいると、フラフィーが短く言った。それにしても、敵に囲まれたのになんでそんな嬉しそうに報告するんでしょうかね。
「もうきたか……」
「敵も数を増やしておりますから」
「でなきゃ困る。作戦の意味がない」
俺は力を振り絞って立ち上がる。
「よし、この街を抜けるぞ」
大きく息を吸い込んでから、廃屋を飛び出した。
「いたぞ!」
「囲め!」
鬼の形相で追いかけてくる盗賊を払いのけながら、俺たちは最初にこの街に入ってきた入り口を目指した。
「北門の方へ行ったぞ!」
すでに後ろは敵だらけ。
門の警備が一段厚いのも知っている。
それでもあそこを抜けなければならない。
「いたぞ! 北門を抜ける気だ!」
路地から飛び出ると、表通りに入り込む。
ここは広く見晴らしがいい。
馬車二台がすれ違ってもなお余裕があるほどの広さだ。
そんな障害物のない場所は門を守る盗賊や、外壁の上にいる弓兵から丸見えで、格好の的になる。
「お父様、失礼します」
「うわっ!」
突然ツツの両腕で抱き上げられた俺は驚く。
まさか俺の人生で女性にお姫様抱っこされる日が来るなんて……。
恥ずかしさやら男の意地やらが心の中を渦巻いていると、降り注ぐ弓箭の音がした。
「ツツっ!」
「支障ありませんっ」
俺と一緒に走っていた時よりも早いスピードで地を駆け始めたツツが、右手だけで俺を持ち、左手で飛来する弓を弾く。
「まじかよ……」
俺が驚いているのもつかの間、フラフィーが外壁門の前にいる盗賊に突っ込んだ。
頭の中でフラフィーにランタンを奪うように指示を飛ばす。口で説明するよりも使い魔にはこの方が早いし的確だ。
盗賊の叫び声と血の弾ける音がする。
「無茶はするなっ!」
俺が叫ぶも、聞こえているかはわからない。こんな格好で言われても説得力ないだろうけど……。
そして盗賊が待ち構える門の前へと着く頃に、ツツは右に曲がった。
「お父様、抱きしめてください!」
そこは掴まってくださいだろ! っと、言う暇もなく、狼女は空へ踏み出した。
盗賊が待ち構える入り口を無視して、右側の壁を駆け上ったのだ。
俺を抱えながら。
どんな身体能力だよ。
頭の上を通り過ぎる俺たちに外壁の弓使いが慌てて矢を放つも半分以上は的外れな場所に飛んでいった。
残りの半分はツツが手で払い掴みながら、最後の一本を口で咥える。
外壁から飛び越えて眺める外の景色は追いかけられている危機感を一瞬なりとも頭から忘れさせてくれるものだった。
まだ淡い光しか灯さない星々と、闇を潜ませた森と山の頭を煌々と照らす月。
着地時に重たい音が聞こえるがツツはそんなことを気にした様子もなく走り出す。
気づけば側にフラフィーもいた。俺の指示通りランタンを持ってきている。
「腕とはなかなかに良きものですね」
咥えた弓を捨てながらツツが言った。
「そろそろ降ろしてくれない?」
「嫌でございます」
笑顔な使い魔の両腕に抱かれ、俺は森へ向かう。
背中には何十人もの盗賊が追いかけて来ていた。
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