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無粋な奴ほど物を壊したがる。

 


「んっ」


 俺は差し込んで来る西日から逃げるように寝返りを打った。

 すると、すぐそばから誰かの気配が微かに動く。


「おはようございます、お父様」


「んぁ。おはよー」


 まぶたが閉じたままの状態で挨拶を返すが、すぐにその違和感に気づいた。


「そろそろ日暮れのお時間です。ご夕食のご用意が整いつつありますよ」


 枕元の床に座っていたのは狼の耳を持つメイドだった。

 彼女が座っているからか、俺の顔との距離が異様に近い。


「俺の部屋で何してるんだ、テテ」


「お父様のご起床に備え待機しておりました。それと、私はツツで御座います」


「ツツか。見分けがつけづらいな……」


 灰色の髪、青色の瞳、モフモフな耳と尻尾、大きな胸。


 目印になりそうなものはほとんど同じで、彼女それぞれにはあまり特徴がない。

 喋り方も立ち振る舞いも一緒だし。


「リア様も同じようなことを仰っておりました。ですので、自分たちが着用する衣服に差をつけた次第で御座います」


「なるほど」


 服で見分けをつけろと。


 なんかそれ、マスターとして終わってね?


 名前をつけるのすら放棄したマスターがいうものじゃないけど。


「お父様。家族全員に名前をつけることが必ずしも良いということは御座いません。選ばれしものにこそつけられるから、皆、名付けを頂けるように励むのです」


「人の心を読むな……」


 なんか、フラフィーとは別の意味で面倒なキャラな気がする。


「ご安心ください。私共はお父様の貞操を奪おうとはしませんから」


「だから心を読むなって!」


 意思が伝え合えるってのはいいが、なぜ俺だけ覗かれっぱなしなんだ?

 実はフラフィーにも筒抜けなのか?


 使い魔とは接すれば接するほど謎が増える。


「お父様がそう望むのであれば、この身体、喜んで捧げさせてもらいますが」


「聞いてねーな……」


 心が文字通り通じ合っているはずなのに、食い違ってる。


 ……なぜだ。


「私共は家族の為に仕えるのが本望。家族の柱であるお父様にご奉仕できるこの幸せこそが生きがいなのです。この幸福は交尾など生存繁殖のために行う快楽には及びませんっ」


「お、おう」


 俺はなぜ目覚めてすぐに枕元でこんなにも狼の生き甲斐について語られているのだろう。

 人生という名の底の見えぬ闇を覗きながらも体を起こそうとすると、


「お手伝い致しましょう」


 ツツが背中に手を添えて左手を取ってくれる。


「ありがとう」


 俺は礼を言いながらベッドから立ち上がろうとすると、支えてくれていた左手を引っ張り、立たせてくれる。


「さ、お召し物を変えましょう」


 ふむ。

 ご奉仕が生き甲斐って言ってた程だからな……。


「そのくらい一人でできるわ!」


 まさかこんな漫画みたいなセリフを言う日が来るなんて。


 漫画の登場人物がこのセリフを言うと羨ましいとなるが、実際されてみると羞恥プレイでしかない。

 なんだか老人になってしまった気分だ。

 老人が介護を嫌がるのはこんな気持ちだからなのかもしれない。


「では、お側にて控えさせて頂きます」


 君、俺の気持ちが分かるんじゃないの?


「お父様の意思に沿うだけが奉仕にあらず。自らが考え、群のために行動する。それこそが我らグレイウルフいうもので御座います」


「俺……グレイウルフじゃねぇし」


 そう言って、俺はツツを部屋から追い出した。


 人化でまともな人間性を持った奴は出てこないのか?


 あ、元が獣だから人間性もなにもねーのか。

 俺は今、一つの真理にたどり着いた。




     ***




「おはよう、トモ」


 俺が食堂に降りると、トモはすでに席に座ってフラフィーと木製ジョッキを口につけていた。


「おはようございます、センパイ。って言っても全然早くないですけど」


 赤ばんだ空を見て笑うトモ。


「確かにな」


 それにつられて俺も笑う。


「はぁ……。見せつけないでよ……」


 トモの正面に座ったリアが小さく悪態をついた。


「リア、こいつらの服、ありがとな」


 俺は机のそばに立っているテテとツツを見ながら言った。


「別にいいわよ。裸でいられたらこっちが大変だもの」


「それにしても昔のアルザさんの服があって良かったですね」


「なぜか似たようなメイド服だけどな」


 給仕服と言った方が適切だろうか。

 足首まで隠れるロングスカートに、膝程まである年季のあるエプロン。

 尻尾はスカートで押さえ込まれていて、先っぽだけ裾から覗いている。

 耳は短めのスカーフで抑えられ、半分が隠れているが全てを隠しきれてはいない。


 茶色の生地の服を着ているのがテテ。抹茶色がツツで、今アルザさんの手伝いをしているトトは暗めの赤だ。


「日が暮れたらここを出るんでしょ?」


「ああ。敵は8人ほどの小隊で行動してる。もう不意打ちはできない。どうにかして俺たちが本陣に乗り込んでボスを倒すしかない。全員を相手にしていたらキリがない」


 これだけの数を指揮している奴がいるんだ。

 そいつを倒せば奴らの行動もバラバラになるはず。


「つまり屋敷に攻め入るのね」


「そういうことだな」


 ずっと調べていて分かったのは、街の中心にある領主の屋敷が奴らの拠点になっていることだ。


 スライムを数体潜ませてはいるが、未だに全容は掴めていない。


「なら私も行くわ」


「危ないぞ……?」


 リアの言葉に流石に躊躇う。

 しかし、彼女の意思が硬いのは分かっていた。


「あなたたちだけじゃ迷子になるわよ。私の家、大きいもの」


「そうだな……」


「そのかわり、しっかり守ってよね」


「ああ」


 俺が頷くとトモがジョッキを机に叩き置いた。


「センパーイ。私は守ってくれないんですかー?」


「トモにはテテとトトがいるだろ」


「……そんなんだからセンパイは一生童貞なんですよ」


 ぼそっと人聞きの悪いことを呟いたトモが空っぽになった木製ジョッキを掲げると、無言でテテがキッチンへと運んでいく。早くも使い魔を使いパシるトモである。


「童貞は関係ないだろ!」


「やっぱり童貞なのね……」


「やっぱりってなに!?」


 リアの言葉でガラスの心にヒビが入る音がした。


「ほら、あんた達。遊んでないで飯を食いな。これから決戦だろ?」


 そんな中、アルザさんが大皿を持ってやってくる。


「ケイ君が食料を持ってて助かったよ。これで腹いっぱいにして街を救ってくれ」


 ほとんどが痛み始めていた盗賊アジトから持ってきた食料をアルザさんに渡してあったのだ。

 腐らせるよりは有効に使ってくれるはず。


「朝はなにも食わずに眠ったからな。腹が減ってるんだ」


「ですねー」


 すでに木製スプーンを手にしたトモが同意してくれる。


 決戦前の腹ごしらえだ。


 俺が意気揚々と席に着こうとした瞬間、家の門が吹き飛ぶ音がした。


「ここに反逆者がいるなら出しな! 隠したら殺す!」


 げんなりとする声が俺を呼ぶ。



朝起きたら目の間に犬の顔があったりますよね。足舐められたりとか。

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