実験に胸が躍る奴は大抵頭のねじが緩んでる。
「……絆刻印」
木塀に囲まれた宿の庭でトモが新しく召喚した使い魔たちにスキルを使用していた。
「あ、あと3体ですか……。センパイ、なんだか疲れてきました……」
「がんばれー。終わったら買い物行ってきていいからなー」
俺は東屋にリアと座りながらその光景を他人事のように眺めている。
新しく召喚した使い魔は15体。
ラピッドラビット3体。
グレイウルフ12体。
ラピッドラビットはトモによってそれぞれガリ助、モモ助、タテ助と名付けられた。
グレイウルフは考えていた通りにフォーマンセルでそれぞれ班わけした。
K班のカカ、キキ、クク、ケケ。
D班のダダ、ヂヂ、ヅヅ、デデ。
R班のララ、リリ、ルル、レレ。
名付けが適当すぎる?
ごめん、正直なところこんなにいると名付けても忘れそうだから半記号的にしないと覚えられそうにないんだ。
数が増えてきたらファイブマンセルにする予定だ。
あれ、この場合ファイブウルフセルになるの?
なんでもいいや。
アルファベットに意味はない。
なんとなく思いついたからそれにしただけ。
「ねぇねぇ、あなたドラゴンとかも召喚できたりするの?」
班ごとに並ぶグレイウルフたちを見ているとリアに質問される。
「今はまだ無理だな」
ドラゴンは最低1500ポイントからだった気がする。
しかも召喚には中型サイズ以上の魔石が必要。
名前は確か咬岩竜。
強そうな感じはするけど、予想としてはドラゴンというよりも恐竜のような奴になるんじゃないかと思ってる。
「今は無理ってことはいつかはできるようになるってこと?」
「ああ。いつかは火山龍や暗黒竜だって仲間にしてやる」
「あはははっ。そんなの御伽噺の中に出てくる伝説よ」
なぜかリアに笑われた。
「俺にはそれができるんだよっ」
ムッとなって返事をすると、リアがおちょくるように口を開く。
「その時には私を背中に乗せて空の旅に連れてってよね」
「上空までひとっ飛びさせてビビらせてやる」
「なに私抜きで盛り上がってるんですか?」
リアが空の上で絶叫を上げている姿を想像していると、絆刻印を付け終えたトモが東屋の長椅子に座ってきた。
「ドラゴン召喚したら空まで連れて行ってやるって話をしてたんだ」
「空ですか……」
なぜか嫌そうな顔をするトモ。
「高いところ苦手なのか?」
「苦手です。飛行機とかも無理でした」
たまにいるよな。飛行機が上昇する時に叫びそうになる奴。
「ヒコーキ?」
トモの言葉にリアが不思議そうに首をかしげた。
「俺たちのいたところには空を飛ぶ鉄の船があったんだよ」
「冗談はやめてよ」
予想通り信じてはくれないリア。
もしかしたら魔法で空を飛ぶ船なんかもあるかもしれないけど、一般人が使えるほどのものではないはずだからな。
これがこの世界の当たり前の反応なんだろう。
ってこんなことしてる場合じゃないか。
「じゃあ予定通り買い物頼む」
「分かったわ」
俺は買い物へ行くために席を立ったリアとトモ、護衛としてのフラフィーとテテを見送った。
「さてっと……」
改めて召喚した使い魔を眺める。
こんだけグレイウルフがいるとドッグランとかドッグカフェとか、そんなところに来てしまったかのような錯覚に陥りそうだ。
あれに埋もれたら気持ちいいだろうな。
ってだからそんなことしてる時間はないんだって。
俺はグレイウルフのK、D、R班をそれぞれ半分に分け、ツーマンセルにする。
その後、裏口から顔を出し、誰もいないことを確信してから1組ずつ外へ出して行く。
「頼むぞ」
計6組のグレイウルフ達が街へと解き放たれた。
彼らの仕事は情報収集だ。
それぞれ別方向に展開してこの街を調べてもらう。
とりあえず知りたいのはこの街の大きさ、大まかな形、盗賊の数、屋敷の警備、外壁の警備だろうか。
正確な盗賊の数以外は今日中に分かると思う。盗賊の数も8割ほどは分かるはずだ。
「そろそろかな……」
呟きから少しすると、裏道の角から2匹のグレイウルフが顔を出した。
ズズとゼゼだ。
「こっちだ」
声を出さなくとも彼らには分かっているはずだが、それでもつい呼びかけてしまう。
「お疲れさん」
裏口から宿の裏庭へ入って来たズズとゼゼに労いの言葉をかけて迎える。
彼らは3メートルある外壁を駆け上がり街の中へと侵入してやって来た。
「よし、ちゃんとスライムを連れて来てるな」
俺はズズの背負った皮袋の中に潜ませていた1匹のスライムを外に出してやる。
土がむき出しの地面でうねるスライムをしばらく見た後、東屋へと向かった。
東屋のテーブルに座り、目の前にズズとゼゼ、スライムを並べる。
「さぁ、実験といこうか」
成長させるまで振り分けることのできるポイントは赤と緑と茶。
赤は30ポイントで、緑と茶が10ポイントだ。
俺はまずゼゼに茶色のポイントを振り割った。
すでに10ポイント持っている状態から19ポイントまで振るが変化は起こらない。しかし予想通り20ポイントでゼゼの体が光に包まれた。
名前:ゼゼ
種族:ダークグレイウルフ
属性:土
所属:ケイ
称号:召喚獣
戦闘:46
支配:0
総合:79
ゼゼの身体が全体的に暗くなった。
戦闘力は他と同じ感じだな。
これが黒狼なんだろう。
読みは正しかった。
ショップに並ぶモンスターはポイントを振り割った下位互換と同じ場合がある。
これから新しくスキルを取るときは出来るだけ別種類の使い魔を選ぶようにしよう。
ただわざわざポイントを割り振らなくても上位存在を呼べるようになるわけだから、時と場合によってはあえて獲得するのもありだ。
ただ黒狼召喚はスキルとして獲得できるけど、赤液体召喚なんてスキルは見つからないんだよね。
他属性に割り振った魔物はイレギュラーな存在なのだろうか。
何を基準にスキルとして獲得できるのかは謎のままだ。
ただ後半になるとバラエティーも豊かになるんだよな。
例を挙げるならドラゴンだ。
同じドラゴンなのに暗黒龍だとか火山龍なんかがいる。
これは元のドラゴンからそれぞれ闇属性や炎属性を振り分けた存在なはずなんだけど。
なのにスライムに赤を振り分けたレッドスライムはスキルでは呼び出せない。
それと一度使い魔を成長させたら、成長後の種族も呼び出せるようになるなんてこともなかった。
ちょっと期待してたんだけどな。
期待しすぎか?
俺はじっとこちらを見つめてくるゼゼを撫でてから、次はズズへと向き合う。
次は前々から気になっていた実験をする。
これが予想通りであるならば、俺の可能性はぐっと高まるだろう。
「よーしよしよし」
頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めるズズをしばらく堪能してから、俺はスマホでズズのステータスを開いた。
「まずは風属性だ」
緑を10ポイントまで振ると、ズズの体が光に包まれる。
名前:ズズ
種族:ブリーズグレイウルフ
属性:土、風
所属:ケイ
称号:召喚獣
戦闘:42
支配:0
総合:73
ズズの体の色が変わることはなかった。
見た目による変化はない。
灰色のままだ。
お利口に座り続けるズズを眺めるもやはり変わったところは見当たらない。
顔も足も耳も尻尾もどこもいつも通りな気がする。
「ブリーズ? ブリーズってなんだ」
俺は不思議に思いながらズズを撫でた。
耳の裏から背中へと降りていくように。
すると、手のひらに風を感じた。
「風……?」
もう一度撫でてみると、微かだが確かに風を感じる。
なるほど。
風属性なだけはある。
そのまんま風を纏うようになったのか。
ただ、こんな吹いてるか吹いてないかわからないほどの微風じゃどこまで効果があるか分からない。
もう一段階成長させてみたいが、あいにくとポイント切れだ。
しょうがないので当初の予定通り行くとする。
「こいつらも喋れたらわざわざどんなことができるか試さなくても質問できるのにな」
俺はそんな夢物語を想像しながらスマホで再度ズズの成長画面を開く。
今度は炎ポイントを割り振るのだ。
今回の実験でやりたかった複属性による成長。
もしこれが成功したら俺得なんてレベルじゃない。
属性極振りも悪くないが、やはりこういうのは満遍なく全てのステータスを極振りして最強の1匹を作るってのが浪漫というもの。
ズズはその為の実験だ。
悪く思わないでくれ。
お前も強くなれるんだ。
「……うぅ?」
見つめられたズズが不思議そうに首をかしげる。
俺は微笑みながら耳元を撫でてやり、ポイントを振った。
いつもと同じように10ポイント目でズズが光に包まれる。
名前:ズズ
種族:ーーーーグレイウルフ
属性:土、風、炎
所属:ケイ
称号:召喚獣
戦闘:54
支配:0
総合:88
なんだ?
強くなったはいいけど種族名が潰れている。
ゼゼがグレイフルフに戻ったというわけでもない。
炎属性は追加されている。
見た目にも変化があった。
前足と後ろ足の先が燃えるような赤色をしているのだ。
地面に触れている足先が燃え上がるということはないからそこまで熱くはないのだろうか。
試しに触れてみるとそこそこ熱かったが、火傷するほどでもなかった。
他にも変化はないかと体に触れてみると、ズズの周りに纏っていた風がほんの少し暖かくなってる?
「これじゃあ温風狼でホットブリーズグレイフルフだな。あははは。――あっ」
1人で冗談を言って笑っていると急激に嫌な予感がする。
俺は慌ててズズのステータスをチェックすると変化があった。
名前:ズズ
種族:ホットブリーズグレイウルフ
属性:土、風、炎
所属:ケイ
称号:召喚獣
戦闘:49
支配:0
総合:82
「あーやってしまった」
俺は後悔に天を仰ぐ。
あれは未確定な種族名って事だったんだ。
だから最初に付けた種族名が今後ずーっとこの世に残り続けることになるのだろう。
あんなダサい種族名をつけてしまった罪悪感に俺は落ち込む。
「すまんな、ズズ」
「うぅ?」
不思議そうに唸るズズに次はカッコいい種族名を考えてやるからと胸に誓いをたてる。
「さて、次はお前だ」
そして最後はスライムだ。
こいつに関しては実験とかではなく、単にレッドスライムを増やしておきたかった。
やはり遠距離から粘液を飛ばし攻撃できるのはかなりの利点だ。
敵を捉えた際の破壊力もなかなかのもの。
下手に他の使い魔に振るよりも確実な戦力として使えるスライムを強化することにした。
ヒートをもう一段階強化することも考えたが、今は質よりも量だ。
カゲフミの方が数は圧倒的な優っているのだから。
俺は手早くポイントを振ってスライムをレッドスライムまで成長させる。
「よし、お前の名前はフレイムだ」
スライムに名を付けてから、椅子へと座る。
成長を終えて姿を変えた3匹を眺め、俺は満足げにスマホを仕舞った。