俺は刺客を送り込む。
「ほらっ」
鉄格子の隙間から黒い石ころが投げ込まれる。
盗賊は案の定戻ってきた。
ギギを殺したボスを連れて。
てっきり1人で帰ってくるものだと思っていた。
「もしもテメーの話が本当で、グレイウルフなんかが役に立つってんなら奴隷にすんのはやめてやる」
ボスは偉そうに言った。
「嘘はつかねーよ」
俺は魔石を拾って前に出る。
「もし下手なことしたら殺すからな」
ボスが剣を抜くと、真似るように盗賊も剣を抜く。
「分かってますよ」
出来るだけ余裕を装って、俺は鉄格子から魔石を握った右手だけを出す。
「…………」
そんな時にふっと思いつきが頭に浮かぶ。
「どうしたってんだ?」
右手を出したまま固まった俺を訝しんでか盗賊が口を開く。
「魔石はまだあるか?」
「そいつ一個だ」
ボスがすぐに返答する。
数個あっても一個って答えただろうな。俺でも同じ状況ならそうするし。
「いやな。使い魔を呼び出すってのは毎回成功するわけじゃないんだ。どっかから魔物を連れてくるわけで、いつも呼べるなんてことはない」
俺は息を吐くように嘘をつく。
罪悪感はない。
むしろ気持ちがいいくらいだ。
「失敗したらそれまでだ。おめーは奴隷落ち」
ボスは顔色一つ変えなかった。
「変なプレッシャーかけないでくれよ」
俺は困ったように左手で頭を掻いて、深呼吸を一つする。
「山狼召喚」
スキル名を唱えると魔法陣が現れる。
魔石が消え、魔力の光が薄暗い牢屋を照らす。
2度目ともなると落ち着いたものだ。
失敗もすることはないしな。
「うおおおおー」
魔法陣から現れるグレイウルフを見て、盗賊が歓声をあげる。
「はっ」
ボスが笑った。
「こいつがグレイウルフだ」
目の前に現れたギギに似たオオカミを見て、言った。
「言うことは聞くんだろうな?」
キョロキョロと俺とボスと盗賊を見る山狼にボスが剣を向ける。
「当たり前だ。こいつらは召喚された時に見た奴を親だと思い込む。聞いたことあるだろ? 鳥なんかは姿形が違っても最初に見た奴を親だと思うって。あれと同じようなものだ」
嘘なんだけどね。
俺は声を出さなくても指示を出せるし、本当はお前らのいうことなんて聞かない。聞いてくれるように俺が命令しているのだ。
でも、それを教える必要はない。
それにこう言っておけばグレイウルフが他の盗賊たちを襲った時に真っ先に疑われるのは目の前にいる盗賊だろう。
俺は牢屋にいて声で指示もできないと思ってるからな。
こいつ、名前なんだろうな。
盗賊だとごっちゃになる。
うん。犬っぽいし犬助でいいや。
「つまり俺と兄貴とお前の言うことしか聞かないってことか?」
犬助が確認してくる。
「そういうことだ」
「悪くねぇじゃねぇか」
ボスはグレイウルフでできる事を考えてからにやけ面だ。
「名前はそうだな……。ズズにしよう」
鼻のあたりがズズっと迫力がある。
「魔物狩りをするときは連れてってやってくれ。こいつらは魔物の血が好きなんだ」
これも嘘だ。
魔物狩りをさせるのはゴールドが欲しいから。
きっとズズが魔物狩りに参加すれば、倒した時に俺にゴールドが入るだろうと目論んでのこと。
「ボスさんは分かるかもしれないがあまり強くはない」
「一撃でくたばるからな」
ボスの言葉に腹をたてるも顔には出さない。
「ようは使い方しだいよ。優秀な見張りにもなるし、足が早けりゃ囮りや牽制にもなる」
「さすが兄貴。もう何か考えがあるんですね?」
「たりめーだ」
「契約成立だな」
「まだ役に立つかはわかんねぇがな」
ボスが余計な事を言って背を向ける。
「ま、夜も飯を出してやるくらいはしてやるよ。ついてこい」
ズズはボスの言葉に従って、牢屋から遠ざかっていった。
***
「はぁ……」
なんとかうまくいったことに安堵する。
1人になった途端、どっと疲れが出てきた。
別に走ってもないのに汗が出ている。
あのボスの野郎、ずっとこっち睨んでくるんだもんなぁ。
あの殺意の視線はつらいぜ。
しかし収穫は大きい。
これから奴らはズズを使って人間を襲うだろう。恐らく成功率は上がる。憲兵などがいるならそいつらからも逃げやすくなるだろう。
グレイウルフが役に立つと分かれば魔物を狩り始めるはずだ。
魔石を集めるために。
数を補給するには魔石が必要。
毎回は成功しないと嘘もついた。
あとで握った魔石をアイテムボックスに入れながらスキル名を唱える練習しないとな。
魔石は握ってないとスキル名を唱えても召喚できないはず。
魔石を見えないようにアイテムボックス戻してからスキル名を唱えたら、握っていた魔石だけが消えて相手には失敗したように見えるだろう。
他にも分かったことがある。
なんとなくズズのことを頭に浮かべれば、ズズが今どんなところにいるのかが分かったりもするし、盗賊のアジトもいくつか形が分かった。
今、ズズはボスの部屋にいるらしい。
ボスの椅子の隣で寝ている。
盗賊のアジトは地下の牢屋から階段を上がると倉庫に出た。そこから食堂兼居間のような場所に出て、玄関と奥への廊下がる。奥下を進むと盗賊達の雑居部屋が幾つかとボスの部屋だ。
これだけでもズズを召喚した甲斐があった。
あとはズズ越しに奴らの会話でも聞けたら良かったんだが、流石にそこまではできない。
アジトの情報も視界が送られてきたわけではなく、なんとなく分かるのだ。
知識が頭の中にそのまま共有される感じ。
どんな場所かは分からないのに、どんな形なのかは分かる。不思議な感覚。
さて、勝負はここからだ。
奴らからどれだけ魔石を巻き上げられるかがこれからの戦力に大きくかかわってくるだろう。