盗賊の街へようこそ。
「壁ですねー」
街道を歩き続けてすでに日暮れ近く、俺たちは外壁の前にいた。
「壁だな」
目の前に左右に広がっていく石壁に異世界情緒を感じる。
3メートルほどの高さで街を取り囲んでいる外壁はちょっとやそっとでは壊れないだろう。
「街?」
耳がバレない様に深くまで被らせているフラフィーのフードが動いた。耳を隠せるのはいいけど、若干膨らんでいるからバレないか心配だ。
念には念をと被せたけど、獣人も普通に暮らしているなんて可能性もあるだろうが。
「ああ。たぶん俺たちが目指していたアルゼッドだ」
同じくフードを被った俺が答える。
「やっとベッドで寝れますね!」
「一応毎日ベッドで寝てるだろ」
「あれはベッドとはいいませんよセンパイ。すごい虫に刺されますし」
「……同感だ」
野宿も1日目は新鮮だったが、2日目からは流石にデメリットのほうがキツく感じていたのは確かにある。
「でもなんか……」
「ああ……」
トモの言いたいことはだいたい伝わっている。
たぶん同じことを考えていたのだろう。
この街、遠目から見ても活気がないのだ。
外壁の周りは農地になっているのだが、働いてるのは年寄りや子供ばかり。みんながみんな疲れ切っていた。
そして街道が続いた先にある街の入り口。そこいるのは皮鎧を纏い、剣を腰に刺している薄汚れた男たち。
有り体に言えば、盗賊のような奴ら。
憲兵なんてお堅い感じはしない。
こりゃ、来るべき街を間違えたかな。
そう思いつつも引き返そうとは思わなかった。
門にいるのが憲兵だろうと盗賊だろうとフラフィーとヒート、それにテテがいればなんとかなるだろうと思ってる。
ズズ、ゼゼ、ゾゾ、ザザと未到着のスライム団は近くの森で待機中させる。夜に侵入経路を探させるつもりだ。
「よぉよぉよぉ。旅人かい? ここはアルゼッド。イチヤ兄貴率いるカゲフミ団の縄張りだ」
門の前まで来ると門番が話しかけて来た。
門番というよりもチンピラといったほうがいい気もするが。
数は3人。デブとノッポとチビ。
「ああ、旅の途中でな。出来れば宿に泊りたいんだけど……」
俺は適当に理由をつけながら門番を観察する。
なんだか森にいたあの盗賊達よりも装備が良い?
本当にこの街の憲兵なのだろうか。
「入るのは自由さ。入るのはな」
「くけけっ」
そう言って門の中へと促すデブとノッポ。
嘲笑を浮かべ、気にくわない。
「オススメの宿とか知ってるか?」
情報収集の為にも質問をするが、
「オメーには馬小屋がぴったしだぜ」
「ちげぇねぇ」
「ぎゃはははは」
ダメだ。役に立たない。
「センパイ。行きましょう」
「ああ……。そうだな」
後ろに並んでついて来ているトモの言葉で先に進まんとする。
「おっと、そいつ女か?」
「おー。女はダメだなー」
「この街に入るために女は身体検査が必要なんだぜ」
門番3人が下卑た笑みを浮かべた。
「サイテー……」
俺の背中に隠れたトモは嫌悪感をまるで隠さない。
「そんならサイコーなことしねぇか?」
「良い夜にしてやるぜ」
「ちげぇねぇ!」
「こんな芋男なんかじゃ満足できねぇだろ」
誰が芋男だぶん殴るぞ。
「あんた達なんかセンパイの粗チンにも勝てませんよ」
見たこともないくせに……。
「へんっ。強がってられるのも今のうちだぜ」
門番3人が近づいて来る。
「あ?」
「そこどけよ」
そんな時、門番3人組の前に出たのはフラフィーだった。
え? 俺? 嫌だよそんな野蛮なこと。
「ガキが。怪我してーのか?」
「俺たちは大事なお仕事ちゅーなの。わかる?」
「はいはい、ガチはすっこんでろ」
ノッポがフラフィーの肩を押し退けようと腕を伸ばした瞬間――、
「んがっ」
倒れた。
「ん? おい、ザッツ。いきなりどうし――おいザッツ! 気絶してるぞ!」
「てめぇ、何しやがった!」
なぜか俺を睨んでくるデブ。
俺は何もしてねぇよ。
完全にフラフィーの独断だ。
てか、速すぎない?
何が起こったのかまったく見えなかったんだけど。
「ガキが余裕ぶっこいてんじゃねぇ!」
倒れたノッポを見ていたチビがフラフィーへ襲いかかるも、
「んぎゅっ!」
土埃が舞い上がった次の瞬間には真横へ吹き飛んでしまう。
「フラフィーはもう大人」
持ち上げた脚をゆっくりと下ろしながらフラフィーは言った。
い、今のは何をしたのかわかる。
高速な回し蹴り。
チビが立ち上がろうとした顔面にそのまま蹴りを撃ち込んだんだ。
デブが数メートル以上も吹き飛んだチビを見て口を開けていたが、すぐに我を取り戻して叫ぶ。
「敵襲だぁーー!!」
「くそっ!」
俺が悪態を吐くと同時にフラフィーがデブの腹を蹴った。
「ぐがっ」
それだけでデブは倒れるも、すでに仲間を呼ばれている。
「せ、センパイっ!」
「ここは一旦退却し――」
「こっちよ!」
不安そうな声を出すトモに撤退命令を出そうとしたところに、街の中から少女の声が聞こえて来た。
そちらを見るとフードを深くまで被った人物が建物の隙間から手招きしている。
「敵はどこだ!」
「声は門の方からだ!」
「走れ走れ!」
街中から門番の仲間であろう奴らの声も聞こえてくる。
森に逃げるのが安全なのは分かりきっていた。
グレイウルフ達やスライム軍団もそろそろ到着予定なのだから。
しかし、俺はトモの手を引いて走った。
謎の少女へと。
こうして、盗賊に支配されたアルゼッドの街へと踏み込んだのだ。