夜想曲に酔いしれろ。
計画を実行に移すに際して俺は三つの条件を決めていた。
一つ目は戦力。
俺の戦力が1000を超えること。
しかしこれは叶わなかった。
あと1週間の時間があれば余裕でクリアできたであろう条件だ。
一番クリアしやすいと思っていた条件が真っ先に達成できていないのは、これから作戦を行動に移す身としてはかなりの不安材料になる。
二つ目はタイミング。
確実にボスを殺せるであろうタイミングを狙うこと。
敵の中で一番強いのはボスだ。
真っ先に殺すべきはボスであり、ボスをどれだけ迅速に被害なく倒せるかで戦局は大きく変わるだろう。
幸いなことにトモとやらが身を張ってボスの気を引いてくれている。
これに関しては偶然だが、確かに考えるとこれ以上のベストタイミングはないかもしれない。
三つ目は灯り。
襲撃と同時に灯りを消すこと。
盗賊どもに襲撃者を教えずに混乱を巻き起こし対処をさせないようにするためにも暗闇は必要だった。
これはナイトハンティングをしているズズたちの感覚を共有して気づいたことなんだが、グレイウルフは夜目が利く。スライムはそもそも目がない。
暗闇が敵にはならないのだ。
むしろ味方になってくれる。
食堂のランタンは二個。
他に灯りを持っている奴もいない。
ズズとゼゼがいれば一個ずつ、同時に素早く処理できる。何かあってもテテが即座に反応する。
暖炉は食堂にはなくキッチンにある竃には常に火がついているらしい。こちらを消すのは難しいので諦めるが、キッチンの明かりが食堂に十分な光を届けるはずもなく、それだけではどうにもならないだろう。
鍵の場所も不安材料だったが、これはつい先日解決してる。
牢屋の鍵など全部まとめてボスの部屋にかけられていた。
ズズが中でしっかり見ているので間違いない。
以上が現在の状況だ。
これを踏まえても勝てるかは分からない。
戦力差は約2倍。
それでもやると決めてしまったからにはやらねばない。
***
「ぐぼぉぉがぐぼがおぼがあぼおおお」
初手の行動はボスの頭へ直接攻撃。
こちらの最大戦力であるヒートを惜しみなく投入した。
屋根裏から回り込み屋根板と屋根板の隙間から滲み出る。
隙間が小さく完全に外に出るまで時間がかかったが、幸い誰にも気づかれることはなかった。
頭上を取り、行動に移せる最高のタイミングでズズとゼゼがランタンの灯りを消す。
世界は闇に包まれて、ボスは地上で溺れた。
熱く溶けるスライムの中で呼吸が出来ずに気泡だけを浮かべていく姿をヒートの感覚共有で理解する。
皮膚は爛れ、目玉は蕩け、血が沸き立つ。
勝負はあっけなくついた。
ボスは1分も持たずに机から崩れ落ちる。
「兄貴!」
「これはなんだ! 敵か!?」
「早く灯りをつけろ!」
「くそっ! 見張りは何をしているんだ!」
盗賊は統率なく喚き、動き始めた。
食堂にいた盗賊はボスを除き10名。
まず1人が倒れたボスに無用心にも近づいた。
そこへ屋根からスライムがかぶさる。
ヒートが万が一にもやられた時の為にボス用に伏せていたコマだ。
残り9人。
こちらの行動できるスライムはあと14匹。
5匹は外の洞窟にいる。アジト内にいるのは残り9匹だ。
「灯り! 早くランタンをつけろ!」
「今やってぶぼあ」
「ぐぶぼっ」
ランタンに灯りを灯そうとした盗賊2人にうまくスライムが張り付く。
こちらは必ず人が来ると思っていてスライムを待機させていたのだ。
残り7人。
4名が食堂から外へと出ようとした。
「ぐぼあ!」
「がぼっ!」
出入り口の天井に隠れていたスライム5匹中2匹がうまく盗賊の頭に張り付く。
しかし、残り3匹は盗賊にぶつかったり地面に落ちたりした。
「くそっ! なんだこれ!」
「スライムだ! 敵はスライムだ!」
生き残った2人の盗賊がこちらの正体に気づく。
思ったりよりもバレるのが遅かった。
「スライム!? なんでこんなところにいるんだよ!」
情報はすぐに食堂内の盗賊にも知られたはずだ。
「くそっ! このっ!」
「離しやがれ!」
食堂から出た生き残りの盗賊2人が仲間を助けようと顔に張り付いたスライムを殴るが、すぐそばに仲間の顔がある状態では剥がすものも剥がせない。
スライムを倒す方法は凍らせて砕くか、体の中にあるコアを壊すかしなければならない。
しかし、この闇の中ではコアがどこにあるのか分からないのだ。
「ぐぼあ!」
「ドリッチ!」
仲間を助けようとしゃがみこんだ盗賊が一撃目を外したスライムの追撃に頭を絡め取られる。
「くそっ!」
最後に残った盗賊はアジトを抜け出す為に走った。
足に絡みつくスライムを跳ね飛ばし、アジトから飛び出す。
「おい! 見張り番! スライムだ! スライムが襲ってぐぼあ」
洞窟の入り口まであと数歩のところまで飛び出した彼は洞窟の天井で待っていた2匹のスライムによって頭を包まれる。
逃がすわけねーだろ。
ちなみに2人いた見張りはもういません。
ボスへと仕掛ける前に5匹で寄ってたかって声を出す間も与えず窒息させた。
残り3人。
食堂内に残った盗賊は背中を預け合って周囲を警戒している。
「ぐあっ! 熱っ! くそっ!」
突然盗賊の1人が叫ぶ。
ボスを殺しきったヒートが粘液を吐き出したのだ。
「おい! 何が合った!」
「前から目をそらすぐぼあ」
「ゼッド!」
ヒートの粘液を喰らった盗賊の叫びを聞いて気がそれた盗賊にスライムが2匹が同時に襲いかかり、片方が見事に頭を捉える。
「ぐあ!」
ヒートの粘液を喰らって灼ける痛みに耐えていた盗賊にズズが噛みつき剣を落とさせる。そこにゼゼが飛びかかり喉元を噛み切った。
「ダン!」
残り1人。
「ひっ……頼む……殺さないでくれっ」
最後の盗賊はみんなが殺されたことを悟り、怖気付いたのか剣を捨てて膝をついた。
あれ、この声もしかして犬助か?
「殺さないでほしいか?」
俺は倉庫の扉を開けて声をかけた。
「てめぇ……マヌケ野郎か!?」
「誰がマヌケだ。口には気をつけろ」
「ぐあっ!」
犬助の右手にヒートの粘液をぶつけさせた。
「て、訂正する! マヌケ呼ばわりしたのも謝る! だから見逃してくれ!」
「ふーん、どうしようかね?」
「お、俺、ずっとお前のこと悪くないなって思ってたんだ! 明日にも兄貴に殺すように言われてたけど迷ってたんだよ!」
「へぇ……」
あの野郎、俺のこと殺す気だったのか。
魔石をくすねてたのバレてたかな?
なんでもいいや。
「嘘なんかついてねぇ! これはホントだ!」
「質問いいか?」
「ああ! なんでも聞いてくれ!」
「ここから一番近い街は北か?」
「いや、南東だ! 街道を下に行けばアルゼッドって街がある。そこそこ大きな街だ! なんなら俺が案内してやる!」
「なるほど。南東か」
北の渓谷から毎回馬車が来ていたので、てっきりそっちに街があるのかと思ってた。
「俺がいれば他の盗賊に絡まれねぇ店やら宿も教えてやれる! 頼む! 殺さないでくれ!」
「それは悪くねぇな」
俺はそんなことを口にしながらテテが咥えて持ってきた種火棒でランタンに明かりをともす。
「だろ?」
希望に顔を上げた犬助が良く見えた。
「俺は知ってるんだ。お前が夜にズズやゼゼ、テテの毛を梳いてくれていたことや、餌もわざわざ魔物の肉を取り置いて食わせていたことも」
俺はゆっくりと犬助に近寄る。
「あ、ああ! 俺はこいつらが好きなんだ! だから――っ」
「赦さねぇよ!!」
俺は思いっきり犬助の顔をぶん殴った。
「そんなん俺様のグレイウルフを貸してやってんだからやって当たり前だろクソ野郎! 俺は普通のことをしてるクソ野郎を見てもいい奴だなんて思わねーぞ!」
腹の底からずっと言いたかった言葉を叫ぶ。
「ザマァみやがれ!!」
俺が中指を立てるのと同時にズズとゼゼとテテが犬助に襲いかかった。
「うぎゃああああああ」
盗賊の断末魔が耳に心地よく響き渡る。
最高の夜だ。
この回を書くためにこの作品を書いたまである。