底辺勇者は浮かれて間抜けをやらかした。
ここは異世界だ。
見知らぬ草原で目覚めた俺はなぜかそれだけははっきりと分かった。
仰向けに寝転がっていると空がよく見える。
雲は高く、風は早い。
どこだここ……。
立ち上がって周りを見渡すも、見たことのない景色が広がるだけ。
草原の向こう側には山が連なり、後ろには木々が生い茂る森が見える。
こんなところに来た記憶は全くない。
俺は新年に余らせた餅を食べながら部屋でネトゲをしていたはず。
おほーとか最近ハマっている動画の口真似してキル取りゲームしていたんだ。
来年は大学受験だから忙しくなる。ゆっくりできるのは今年までと休みを謳歌していたのに。
それでもここが異世界だということは、はっきりと分かった。
右手に意識を集中させるとなにもない虚空から黒いスマホが現れる。
なぜだかわからないが、できる気がした。
俺ってばやればできる男だからね。
見たことない機種だが、形は普段使っているのと同じタイプだ。操作に問題はない。
草むらに座ってからホームボタンを押すとディスプレイが明転する。
謎の赤いマークが黒い背景に刻まれたロック画面。
時間は12:09。
日付は4月4日。
おかしいなぁ。
新年明けてひと月くらいだったはずだけど。
知らないうちに生まれ変わってるとか?
体を確かめる。
長めの黒髪、高くもなく低くもない身長、筋肉はあまりない細めな体格。
うん、これは俺の体。左腕のスネの傷がなによりの証拠だ。小学生の時に自転車で転んだやつ。
画面をスライドしロック画面を解除する。パスワードは掛かっていなかった。
ホーム画面も普通のスマホと似ている。
上のバーに時刻と日付。ただし電波とバッテリー表示はない。
日本にいた時ならば安い外国製品なのかと放り投げるけど……。
アイコンは5つ。
ーステータス
ーランキング
ーコミュニティ
ージョブ
ーショップ
ステータスは羊皮紙のアイコン。ランキングは王冠、コミュニティは握手、ジョブは剣と盾が重なっている。ショップはそのまんま屋台のマーク。
なんだかスマホっていうよりもソシャゲの画面みたいだ。
まずは一番左のステータスから開いて見た。
こういうのって左側から開いてしまうよね。箱に入ったお菓子とかも左から食べる。
名前:ケイ
種族:人間
職業:召喚師
所属:
加護:
字名:
称号:転生者
戦闘:32
資金:100ゴールド
支配:0
総合:67
寂しい。
たったこれだけしかステータスには記載されていなかった。
所属、加護、字名に至っては空欄だし。
名前はカタカナで表示されるのか。
称号が転生者なのは……まあわかる。
職業の召喚師ってのは何かを呼び出して戦う感じでいいのだろうか?
ドラゴンとか出したりして異世界無双?
うっひょー。
ステータスが寂しくてもこれだけでテンション上がるわ。
戦闘力は低いのか高いのか。俺が特別だと考えるなら一般人は10くらいとかだろうか?
資金は支度金みたいな感じだな。たぶん。
総合はなんだかわからない。
67は何かを示す数字なんだろうけど高いんだか低いんだか。
しかしこの状況は最高だ。
異世界転移。
ずっとラノベやアニメで見て来たけど俺がなるなんて夢みたいだ。
これからはチート能力で活躍して巨乳の女の子をハーレムにしたりなんてこともできるかもしれない!
ふぅ。
とりあえず落ち着こう。
状況整理が先だ。情報を知れるだけ知らないと。
他にできることもなさそうなのでステータスメニューを閉じて、ランキングを開いた。
アイコンは左側から順番に見ていきます。
というわけでランキング。
ー総合力ランキング
ー戦闘力ランキング
ー資金力ランキング
ー支配力ランキング
表示されたのは4つのランキング。
まずは総合力ランキングを開くと、総勢100名の名前が並んだ。
俺のランキングは87位。
もう一度見直す。
俺のランキングは87位。
……低い。
トップの総合力を見てみると731だった。
……なんだこの差は。
俺は再度ステータスを開く。
そこに書かれている総合力は67。
「おいおい……」
つい声を出して頭を振る。
今度は戦闘力ランキングを見てみることにした。
俺のランキングは91位。
下がってる。
「嘘だろ……」
目の前に表示された事実に戦慄する。
チートどころか雑魚じゃねーか。
戦闘力ランキングのトップの数字は281。
俺の10倍以上強いってことか?
名前はアキラ。
こいつ、名前がすでに主人公感あるな。
なんとなくアキラの名をタップすると、さらにメニューが表示され、ステータスを見れるらしい。
名前:アキラ
種族:人間
職業:聖剣士
所属:アルドラード神聖国
加護:光神フィシスの心臓
字名:光の勇者
称号:転生者
戦闘:281
資金:3140ゴールド
支配:603
総合:731
なんだこの主人公。
俺との差が酷すぎやしないか。
俺は上から順番にトップランカーたちのジョブを見て行く。
聖光騎士。
百鬼魔剣士。
七海歌姫。
黄昏戦乙女。
絶対城壁。
神狼。
蒼天弓士。
龍闘士。
……
……
……
うっ、もう見るのやめよう。
召喚士なんかで浮かれてた俺が馬鹿みたいだ。
こんなやつらに比べたら雑魚もいいところじゃねーか。
俺は異世界に来ても底辺か。
人間持って産まれた地位で全てが決まる。
次のコミュニティを見よ。
高校生活をほとんどボッチで過ごしている俺にはあまり関係なさそうだけど。
……うるせぇよこっち見るな! ボッチで悪いか!
ーパーティー
ーフレンド
ーチャット
予想通りゲームっぽく妥当な感じだった。
パーティーは名前の通り他の転生者とパーティーを組めるのだろう。
見た感じ特典があるわけでもなさそう。
フレンドは名前詐欺だった。
フレンド欄に他の転生者100人の名前が並んでいたから。
全員友達ですってフザケンナ。
転生者の名前をタップするとステータス観覧、パーティー申請、チャット、トレードができるらしい。
うん、使う機会は当分なさそうだ。
チャットはパーティーチャットしかなかった。パーティーって俺1人だけどね。
個別チャットはフレンド欄から使用したらここに表示されるのだろう。
「はぁ……」
テンションは落ちる一方。
異世界に転生したらもっと楽しいと思ってたのに、ここでも見せつけられるのは格差。
はぁ……。
俺は一度空を見上げる。
気持ちが落ち着いてから次はジョブを開いた。
ー契約獣
ースキル
たった2つだけ。
まず契約獣を開くもなにもいない。
だって誰とも契約してないもんね。
しかし、スキルは何か持ってるかも。
これから世界をひっくり返すための超絶チートがっ!
淡い期待に胸を躍らせながらスキルの文字を押す。
俺の覚えているスキルが表示されるはずだがーーなにもない。
俺はスキルすら持ってないのか……。
スキルポイントとかで新しいスキルとか取れないのか?
レベルアップで勝手に覚える?
いや、レベルなんてステータスにはなかった。
くそっ、やってられない。
見てられなくなったのでホーム画面に戻り、ショップを開く。
ースキル
ーアイテム
ーボックス
まずは順当にスキルを開いてみる。
「うおっ!」
思わず声が出てしまった。
そこには俺の望んでいたものがあったから。
スキルメニューでは所持ゴールドでスキルを購入できた。
ー50G:子鬼召喚
ー50G:山狼召喚
ー50G:液体召喚
ー50G:砂蟲召喚
ー100G:豚鬼召喚
ー100G:黒狼召喚
・・・
・・・
ずらっと下まで様々な生物の召喚魔法が表示されている。
ちなみに一番高いのは火山龍や暗黒竜、雷光龍などのドラゴンシリーズで10000ゴールドでした。
いつか買いたいね。
うん、落ち込んでいる場合じゃなかった。
俺はまだまだ強くなれるらしい。
所持金は100Gだけ。
なんとなく買える中で気に入った黒狼召喚をタップしてみる。
ー黒狼召喚
手に媒介の魔石を持ち、スキル名を唱えることで契約獣【黒狼】を召喚する。
消費魔力小。
使用限度なし。
魔石?
このスキルを使うには魔石が必要ということか?
ショップメニューのトップ画面に戻り、検索窓に魔石と入力する。
ー10G:魔石(小)
ー100G:魔石(中)
ー1000G:魔石(大)
ー10000G:魔石(特大)
ショップで買えるのか。
ゴールドの使い道はスキルだけではないと。
ショップのアイテム欄を見てみると武器から防具、食べ物や飲み物。家具や雑貨品など様々なものが買えた。
これは使い切らずにいくらか残していた方がいいな。
ということは取得できるスキルは50ゴールドの一番弱いのになるな。100ゴールドのやつだと魔石が買えなくてスキルが使えない可能性がある。
ショップのスキルを再びみる。
選べるのは子鬼、山狼、液体、砂蟲。
子鬼はゴブリンだろう。
山狼はそのままウルフで確定だな。
液体は……スライム?
砂蟲はどんなのか想像できないけど虫系は勘弁。
個人的に選ぶならウルフかスライム。
ゴブリンは気持ち悪そうだからやめとく。不細工が相場だからな。
懸念としては液体がスライムかわからないことだ。
もっと何か別の形容しがたいナニカが現れるかもしれないし、役に立たない水が出るかもしれない。
うん、無難にウルフにしよう。
俺は山狼召喚をタップした。
購入確認のメニューが表示され、「はい」を押す。
《スキル【山狼召喚】を取得しました》
スマホにそんな文字が表示される。
なにか体に変化が起きたわけではない。
しかし、ホーム画面に戻りジョブのスキルメニューを開くと【山狼召喚】が追加されていた。
「山狼召喚」
俺はなんとなくスキル名を口にするも、何も起こらない。
気持ちの良い春風が通り過ぎるだけだ。
「やっぱ魔石は買わないとか」
頭を掻きながらスマホを操作してショップメニューを開く。
魔石を検索して魔石(小)を購入する。
今度は何も表示されない。
しかしゴールドは減っている。
「あれ?」
そこらへんに落ちてないか草むらを掻き分けるもそんなことはない。
「あっ」
ショップメニューにボックスがあるのを思い出た。
案の定魔石はそこにあった。
ー魔石(小)
魔物の体内で魔力が結晶化したもの。
あれ、取り出せない?
どこにもボタンがない。
魔石出せないじゃん!
でろよ……。
「うおっ」
心の中で「魔石でろよ」と思った次の瞬間、手のひらの上に小さな黒色の石が現れる。
なるほど、取り出しは思うだけでいいのかな?
試しに心の中で魔石をボックスに戻すイメージをしてみると案の定消えた。
もう一度「出ろ」と念じると何の問題もなく取り出せる。
試しに落ちている石ころを拾い、ボックスの中へ入れと念じると、手のひらの石ころが消えてボックスに石ころが追加される。
もう1つ石ころを拾ってボックスに入れると、石ころのスタックが2になった。
なるほど、便利だ。
ボックスは中で小分けにすることも個別にタグをつけることもできた。検索機能もある。
これは役に立つな。
「よしっ」
俺は声とともに立ち上がった。
魔石を握りしめ、深く息を吸い込む。
吸い込んだ息をゆっくりと吐き、魔石を握った右手を前に突き出す。
「山狼召喚!」
スキル名を唱えるとまず最初に体からナニカが抜ける感覚がした。
その後、目の前の地面に1メートルほどの魔法陣が現れ、手のひらから魔石が消える。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
何もない場所から光が溢れ、形を成していく。
魔力の泡が蛍火のよう舞う幻想的な光景。
そして目の前にオオカミが現れた。
「わふっ」
灰色の狼だ。大きさは細めの大型犬。
牙は犬よりも鋭い気がする。
「お、お座り」
俺はビビリながら命令した。
だって怖いんだもん!
狼だよ! オオカミ!
召喚する前はあんまり考えてなかったけど、襲いかかって来ないよね!?
なんて心配も杞憂で山狼は犬のようにお座りをした。
「お、お手」
「わふっ」
右手を出すオオカミ。
「お代わり」
「わふっ」
左手を出すオオカミ。
「バーンっ!」
「きゃうん」
お腹を出すオオカミ。
何だこいつ可愛いぞ。
「よーしよしよしよし」
俺はオオカミの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに手のひらに頭を擦り付けてきた。
襲われる心配は無さそうだ。命令も聞くし、好感度はマックスで召喚されてる。
「お前の名前はギギだ」
目元に雷のようにギギってなった白い模様があるからギギ。
「わふ!」
ふむ、俺の言葉が理解できるのだろうか。
異世界生活、なかなかエンジョイできそうだ。
もっと仲間を増やしてもふもふ天国を作るのもいいかもしれない。
ゴールドはおそらくモンスターなどを倒せば手に入るだろう。
使い魔を召喚し、モンスターを倒す。
ゲームっぽくなってきた!
「ん?」
テンションが上がってきて、やる気に満ち溢れてきたところにガタガタと何かが走る音が聞こえてきた。
後ろを振り返ると森と草原の間に砂利道が続いていて、そこを3匹の馬と馬車が走っていく。
馬車と馬にはそれぞれ人が乗っていた。
「おーい!」
俺はとっさに手を振る。
周りに町も何も見えないこの場所で人に出会えたのは幸運だ。
彼らに近くの町まで運んでもらおう。
そう思って街道まで走り出した。
馬車一行はみるみると近づいてくる。
俺も走りに走って彼らが来るであろう場所に先回りする。
「ガウッ!」
そんな時、ギギが吠えた。
どうしたんだろうと思った時には馬車の前を走っていた馬が二匹、こちらに向かって来る。
馬にまたがっているのは男。
革の鎧に身を包み、剣を腰に刺した中年。
剣士なんて小綺麗なものではなく、粗暴で薄汚れた盗賊のような荒くれ者。
「うっ」
慌てて足を止めるも遅い。
盗賊2人は既に俺の後ろに回り込み、逃げ道を塞ぎにかかっていた。
俺は意を決して真っ直ぐと走る。
このまま森の中に逃げるのだ。
しかし、それもお見通しだったのか、最後の1人に先回りされてしまった。
「兄貴、街で奴隷売った帰り道にまた奴隷候補っすよ」
後ろから回り込んできた痩せ気味の盗賊が口を開く。
「ああ、こりゃついてるぜ」
俺の前に回り込んだ大柄の1人が口を開いた。あいつがリーダーなのだろうか。
「見慣れねぇ格好だが、良いとこのボンボンか?」
「それにしちゃぁ持ち物が少ないぜ」
「まだ若いしそこそこの値はつきそうですぜぇ」
馬から降りながら盗賊が嗤う。
くそっ、冗談じゃない。
「ぐるるるるっ」
俺の意思を感じたのか、ギギが威嚇する。
少し離れた場所に止まった馬車にはまだ数人いるが降りて来る気配はない。
逃げるなら今だ。
俺が隙を作ってギギにあのリーダー格を攻撃してもらい、時間を稼いでもらおう。
その間に森へ逃げる。
作戦を頭の中で練るとギギがこちらを見る。やっぱり、先程から感じていたが、使い魔は主人の思考を共有できるらしい。
「頼む! 見逃してくれ!」
俺は恥も外聞もなく土下座した。
「俺は街に行かなきゃならないんだ!」
地面に頭を擦り付ける。
「ぎゃはは、兄貴、どうしますか」
「どうもこうもねーよ。街には連れてってやる。奴隷としてだけどな」
「ひゃー、兄貴やっさしー」
盗賊が剣も抜かずに近寄って来る。
残り数メートルの所で俺は握りしめた砂を目の前の大柄な盗賊に投げ、走り出した。
「くそっ!」
顔面にうまく当たった砂はきっと目にしみるだろう。
「ガウッ!」
そのタイミングでギギが大柄の盗賊に飛びつく。
よしっ、完璧なタイミング!
俺はそのまま走り去ろうとした瞬間、ギギは盗賊の首に噛みつこうとしてーー、
「クソがっ!」
盗賊の抜いたカトラスがギギの首を切り裂いた。
「ひうんっ!」
ギギが血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
「ギギっ!」
俺は走り出そうとしていた足を止めてしまう。
そこを後ろから迫ってきた盗賊に蹴られた。
「ぐっ!」
俺はゴロゴロと無様に地面を転がる。
脳が揺れ、瞬時にどっちが地面でどっちが空かも分からない。
「このクソ野郎が!」
「がっ!」
そんな声が聞こえたと思った瞬間、強い衝撃が体を襲い、鈍い音が響く。
頭を蹴られたのだと認識したのは意識が暗闇に飲み込まれる瞬間だった。