第5話 『お泊まり会 その三』
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次の日、午前中は王宮のメイドに本を読んでもらい、のんびりと過ごした。
絵本の内容は父さんが戦争で活躍した事を題材にした話で少し恥ずかしかったが、エリサが興味深そうに聴いていたので何も言えなかった。
エリサは絵本が大好きで、普段から読んでもらっているらしい。姉のルナとはえらい違いだ。
ルナは本を読んでもらっている間、それを子守唄代わりに気持ち良さそうに眠っていた。
そして昼食を食べ終え一息吐いている時、昨日の夜にルナが言い出したことを実行する時が来た。
正直、俺とエリサは猛反対したのだが、意外にもグレンが乗り気だったので強く言うことができなかったのだ。
グレン曰く、「街や民の様子を見ることは王族の義務」だと。
何とか粘って条件をつけられたが、面倒なことになったものだ。
最初はヘクトルさんの監視の目を掻い潜って行く予定だったので、それよりはずっとマシになったが…………不安だ。
「伯父上、一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ、珍しい」
「この後、皆で王都を見てみたいのですが、許可を頂けないでしょうか?」
「………………」
陛下は俺の話を聞くと、腕を組んで悩み始めた。
俺がルナとグレンに出した条件は陛下に許可を取ること。後でバレて怒られるのは嫌だし、何か事件でも起きたら大問題になってしまう。
「珍しくレイが言った我が儘、叶えてやりたいのだが今日は休日であるが故、騎士団のトップの者がおらん。レイ達の護衛が務まるのがアングレンだけで足りんのだ」
ここまでは想定していた通りの展開、全てが俺とグレンで考えたシナリオに一致している。そして、この後俺達が打つ手段は――――――
「でしたら陛下、私ならどうでしょう?」
陛下が言い終えるのと同時に、ある人物がドアから入ってきた。
陛下に反対されるのは予想済み。それならば、優秀でコネクションのある人物を推薦すればいい。
部屋に入ってきたのは、ロズベルク宮廷魔法師長だった。
口では反対していたけれど、なんだかんだ俺も街は見てみたかった。ただ事前に許可は得たかっただけである。何か事件が起きて責任が俺になったらたまったもんじゃないからな。
「許可なく入室して申し訳ありません。次期公爵家当主様から急にお呼ばれしたものでして」
「…………そういうことか」
陛下も俺の考えがわかったらしく苦笑いをした。これは完全に一本取ったな。俺もちょっとは貴族らしい考えが出来るようになったのかもしれん。
「宮廷魔法師長に、騎士団副隊長か。四人とも、二人に離れないように行動できるか?」
「うんっ! ありがとう、お父さま!!」
陛下のお許しの言葉を聞いた途端、ルナはパッと華が咲くような笑みを浮かべた。陛下も甘いところがあるよなあ。
相変わらずアメリア王妃は何も言わずに微笑んでいた。
□■□■□■□
「見てみてエリサ、人がいっぱい!」
「わわっ、姉さま落ち着いて下さいっ」
王城から出て少し歩き市場が見えた瞬間、ルナは目を輝かせて興奮していた。
大勢の人を見るのが初めてなせいか、ルナのテンションは上がりっぱなしだ。
俺たちはなるべく目立たないように大人しめの服に着替えた。それでも貴族というのは誤魔化せそうになかったので、子爵家の子供たちという設定にしている。
「レイはあまり驚かないのだな」
「俺は城に来るときに馬車から少しだけ見たからね」
人なんて前世で其れこそ飽きるくらい見たから興味はない。
それよりもエルフやら獣人族の方がよっぽど見たいのだが…………モフモフしたい。
「ルナちゃん、市場は人が多いからはぐれないようにね」
「フィーは心配しすぎ! 子供じゃないんだから」
「いやいや、どう考えても子供だからな」
六歳で子供じゃないってどんな強がりだ。それに、ムキになって反論するなんて子供のソレだ。
まあ、これで第一段階クリアか。それじゃ獣耳探しの旅に出るとしますか!
「坊っちゃんたち、一つ買っていかないかい?」
市場を適当に歩いていると、いかにも屋台のおっちゃんって感じの男性に呼び掛けられた。
売られているものは何かわからない肉の串焼き。美味しそうではあるのだが、正体不明の肉を食べるほどチャレンジャーにはなれない。
「これはポルポルって言う四足動物の串焼きだね。すみません、四本ください」
「へい、まいど」
ヘクトルさんは手早く串焼きを買うと、俺たち子供組に一本ずつ渡してくれた。見た目は焼き鳥みたいだ。お値段も一本銅貨一枚とリーズナブルである。
銅貨一枚は百ミリアル。ルーミリア王国が使う単位ミリアルは、日本円に類似している。
鉄貨十枚百ミリアルで銅貨一枚、銅貨百枚一万ミリアルで銀貨一枚、銀貨十枚十万ミリアルで金貨一枚、金貨百枚一千万ミリアルで王金貨一枚になっている。
そこそこ給料の高い王都の門番の初任給が金貨三枚だとか。
王国騎士団副隊長にもなると相当な金額を稼いでいるはずだ。銅貨四枚程度使った気にもならないだろう。
串焼きを一口食べると、鶏肉みたいな味がして普通に美味しい。味付けも塩でアッサリしているのですぐに食べてしまいそうだ。
「あらアングレンさん、私の分は無いのかしら?」
「え!? いっ、いや、ロズベルク様がこのような物を召し上がりになるとは露知らず…………」
「まあひどい! もしかして、こんな年増女には優しくしないってことなのね」
「そんな! ロズベルク様はまだまだお若いですし…………」
………………ヘクトルさん、すごく慌てているな。ここまで度を越えた焦りは反って怪しい。
一応二人もカモフラージュということで口調が柔らかくなっている。
ロズベルク伯爵に関してはからかっている感じもするが。
そう言えば、伯爵はもう行き遅れに片足が浸かっているどころか、腰までドップリ浸かっているお年だ。噂によると魔法のことに専念したいと家からの結婚の圧力から上手く逃げているとか。
ヘクトルさんを狙っているなんて………………まさかな。二人じゃ身分が違いすぎる。
「レイ、獣人がいるぞ」
「…………本当だ」
結構どうでもいいことに思考を費やしているうちに、視野が狭まっていたみたいだ。
先の果物屋で黒い猫耳をした獣人の親子が楽しそうに買い物をしていた。
ルーミリア王国では獣人差別が法によって禁止されている。大きな理由は、獣人の国であるエルメロウと友好な関係を築いているからだ。
そもそも獣人は人より身体能力が優れているし、むしろ人より優秀だと言っても過言ではないだろう。
それをよく思わない人間もいるのが不思議だ。前世では猫耳フェチや犬耳フェチなんて珍しいものでもなかったのに。
帝国の方では獣人差別は酷いらしく、獣人を魔族とまで言っているらしい。こんなに可愛い人達を魔族なんて、帝国許すまじ。
「フィー、ちょっと悪いけどどこかで休憩できない? エリサが人混みに酔っちゃったみたいで」
「わかったわ。広場の方に行きましょ」
「私は何か水を買ってきます」
しまった。市場の方に気を取られ過ぎてエリサのことを少しも気遣ってやれなかった。どうもここに来てから視野が狭まっている気がする。気を引き締めなければ。
皆で広場のベンチに座り、ヘクトルさんが買ってきた柑橘系のジュースをのんびり飲む。これまたオレンジジュースっぽくて美味しい。
今度は伯爵の分まで買ってきているようだ。
「レイ君、ここに来てどう思った?」
「…………活気はあると思います。民は笑顔をしていて、獣人たちへの差別も見られない。さすが陛下だと改めて実感しました」
「もう、そこは人がいっぱいとか言っておけばいいのよ。グレン君と一緒で子供っぽくないわねえ」
そうは言いつつも、なんだかんだロズベルク伯爵は笑顔を浮かべている。どうやら正解みたいだ。
市場が活気に包まれていたのは事実だった。おそらく、税金を低めに設定しているのだろう。間接税を少なくして、その分金持ちの貴族から徴収する。だから民に慕われるのだろう。見習わなければならない。
その時、一陣の風がさあーっと吹いた。
「あっ! 待って、私の帽子!」
運悪く風によって運ばれた帽子を、ルナが懸命に追いかける。帽子は路地の方に飛んでいった。
それを、ルナは迷わず追いかける。
「ッ!? ルナ!」
「ちょ、レイ君!? アングレン卿、あなたはエリサとグレンを!」
路地へ入っていったルナを俺も慌てて追いかける。後ろでロズベルク伯爵の制止する声が聞こえたが、それを無視してとにかく走る。
あの風はあまりにもおかしかった。今日は風なんて一回も吹いていないほどの晴天だ。それが急にあんな突風を生み出すはずがない。それに、その風でルナの帽子が路地の奥にまで飛ばされるなんてあり得るか?
「落ち着いてレイ君、これは罠よ。あの風は微かに魔力が込められていたわ」
「え?」
いつの間にか隣に来ていた伯爵から、認めたくはなかった事実を無惨にも告げられる。
誘き出されている。そう気付いた時には手遅れだった。
ようやく追い付いたルナの前には、シルクハットを被った燕尾服の長身の紳士が立っていた。白髭を生やしていて、そこそこ歳をとっているのがわかる。
「ありがとうお姫様。君はもう用済みだ」
「え――――――」
男はそう言うと、ルナの額に指を突きつける。その瞬間、ルナは糸が切れたようにその場に倒れこんだ。
「ルナ!!」
「駄目よレイ君。大丈夫、ルナちゃんは無事だわ」
俺がルナに近付こうとするのを、ロズベルク伯爵は止める。
「素晴らしい。流石はルーミリア王国宮廷魔法師長のフィオナ=ロズベルク殿だ」
「…………私を知っているの?」
「もちろん。君は良くも悪くも優秀だからね。私達同志の中で君を知らない者などいないさ」
単独犯ではないのか? 近くに仲間が居るようには見えないが、どこかに隠れているのか?
あの風の魔法の精密さや、ルナを指一本で気絶させたところから、相手は相当な手練れだろう。それに、ロズベルク伯爵が宮廷魔法師長と知っていてなおここまで冷静ということは、自分の腕に自信があるということか。
「ロズベルク伯爵も実に興味深いのだが、今回の目的は別にあってね。君だよ、レイ=サラザール君」
「…………アンタは一体?」
この男、どうして俺の名前を知っている? ロズベルク伯爵ならともかく、ただの子供である俺のことを。
「本当はクイズをしたかったのだが、時間もかけられないから手短に話そう。私は魔将軍が一人、アーノルド。魔族、君達人間の敵ってやつさ」
「ッ!? そんな! 魔将軍が存在するわけがないわ! もし存在するのだとしたら…………」
「魔王が復活した、かね?」
「「………………」」
遥か昔、この世界には空前絶後の危機が訪れた。魔族と呼ばれる者達によって。
魔族のリーダーである魔王を中心に、彼らは魔物を引き連れて人間を滅ぼしにかかった。魔物が今も蔓延るのはそれが原因らしい。
それを、とある七人の英雄達、七帝が魔王を倒したことによって人類滅亡を防いだ。それが語られている伝説だ。
それから今まで、魔族が世に出るなんてことはなかった。
その魔王が復活したということは――――――
「今日はねレイ君、魔王様から君を見てこいと言われていてね。敵情視察って所さ。安心してくれていい。誰かを傷つけることはしないよ」
「…………どうして俺を?」
「それはもちろん、君が選ばれし者だからだよ。意味は、言わなくてもわかるよね?」
今のこの男の口振り、俺がこの世界に転生したことを知っているようだ。そのことは俺以外が知っている訳がない。
選ばれし者から察するに、転生が選ばれること。ということは、俺が転生したのは誰かに選ばれた結果なのか? 一体誰に?
この話はまずい。これだけで伯爵が気付くとは思わないが、万が一の可能性がある。本当は前世の記憶があるおっさんでしたなんてバレるものか。
「それにしても君はいいね。まるでアダマンタイトの原石だ。しっかり磨けば綺麗になるだろう」
「…………!」
恐怖で何も言うことができない。寒気もしてきて背筋が凍る。
逃げることもできず、もちろん戦うこともできない…………。
「……今日はここまでにしておくよ。今回の命令は君が選ばれし者かどうかの確認だけだからね。少々名残惜しいが、では失礼」
「ま、待ちなさい!」
男は最後に微笑を浮かべると、空気に溶けるようにして体を消した。
一体どんな魔法だ? 肉体の変換なんて簡単にできるとは思えない。それをいとも容易く行うなんて。
隣では、ロズベルク伯爵がまるで幽霊を見たような姿で立ち竦んでいた。
「ごめんなさいレイ君、最後にあの男に魔法を撃とうとしたけど駄目だったわ。恐怖で足がすくんじゃった。魔法師として、あの男とは格が違うみたい。情けないわね」
ロズベルク伯爵は男がいた場所をじっと見つめながら、今にも泣きそうな表情を浮かべた。
俺もルナの元に行くことすらできず、その場で立ち止まっていた。
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そこからしばらくしてやっと動けるようになり、なんとかルナを担いで広場に戻った。
エリサとグレンが心配してきたが何も言うことができず、王城まで無言の時間が続く。ロズベルク伯爵は魔法通信機で報告していた。
王城に帰る頃には完全に日が暮れていて、陛下の執務室には怒った様子の父上と母上が陛下と一緒にいた。
「……申し訳ありませんでした。全責任は私にあります」
「報告は受けている。ご苦労だったロズベルク伯爵。後日緊急会議を開く。今日中に報告書をまとめておくように」
「はい、失礼します」
ロズベルク伯爵は一礼すると、静かに執務室から退室していった。身内だけになってもなお、空気は重い。
「……すまなかった」
「え?」
陛下は急に机から立ち上がると、俺達に向かって頭を下げた。考えられなかった行動に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
「私の考えが甘かったせいでレイ達に怖い思いをさせてしまった。悪かったと思っている」
「そんな! 陛下が謝ることではありません!」
「……レイ」
「は、はい」
ここまで無言だった父上が椅子から立ち上がり、俺の方に近づいてきた。
殴られるかと思い目を閉じ身構える。
足音が消え目の前で止まった気配がした。
次の瞬間、俺の予想とは裏腹に抱き締められた。
「…………本当に心配したんだ」
「……はい」