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短編

神社で猫を拾いました

作者: 佐々木尽左

 自然溢れる風光明媚な場所と言えば聞こえは良いが、実際のところは何もない片田舎というのが俺の地元に対する素直な評価だ。

 もちろんそんな所だから若い奴の働くところなんてない。昔は農業と林業で成り立っていたらしいけど、今はどちらも斜陽産業だ。年寄りしかいない。

 そのせいで俺も大学へ進学すると同時に都会へと移り住んだ。

 あれから十年が過ぎた。

 いずれ限界集落となって消滅すると思われた我が故郷だったが、最近村おこしをしているという話を小耳に入れた。なんでも、昔よく遊んだ森一帯に突然彼岸花が群生し始めたらしく、それを観光資源として活用しているようなのだ。何気なくネットで検索してみると驚いたことにちょっとした話題になっているらしい。

 気になった俺は、久しぶりに帰省することにした。

 大学を卒業する直前に帰ったのが最後だから六年ぶりということになるが、一番変わったことは多数の観光客が往来しているということだ。以前は村民だけだったので人通りなぞほぼなかっただけに、随分と賑わっているように思える。

 逆に俺の実家は何の変化もなかった。基本的に百姓のままだから観光地化した影響をほとんど受けていないようである。そして当然のように、俺の部屋もそのままだった。てっきり物置になっていると思っていたのに。

 白髪の増えてきた両親は、俺が久しぶりに戻ってきたことを喜んでくれた。たまに電話で話をするものの、働き始めてからは全然帰っていなかったもんな。

 最初の夕飯時に、俺は両親から村が変わっていく話を聞いた。最初はよそ者がぽつぽつとやって来るのを不思議がっていた村民が、やがて村を観光地にすることを決意し、そしてそのための努力を今も続けていることをだ。

「明夫君が村長になってから、色々一気に進むようになったわねぇ」

 父の会話が一段落したところで、母がしみじみと漏らす。

 明夫とはかつての遊び仲間だ。歳は二つ上で、いつも何をして遊ぶのか決めていたのも明夫だった。家業を継ぐために村に残っていたのは知っていたけど、性格からして村長をしていても不思議じゃない。

「けど、なんであの森に彼岸花がいきなり生えたんだよ?」

「みんな三竹様の仕業だって言ってるけど、実際はどうなんだろうなぁ」

 生えちまったもんはしょうがない、という態度の父は、大して気にした様子もなくビールをあおっている。

「結局誰もわからないんだから、三竹様がやったってことでいいんじゃないのかしら」

 原因について興味がなさそうなのは母も同じようで、父と一緒に上機嫌でビールをちびちび飲んでいる。

 三竹様というのは、この村が神社に奉っている神様のことである。正確には、猫又を奉って崇めているわけだ。そのいきさつは特に珍しいものではなく、昔この一帯で悪さをしていた三竹という猫又が山伏に調伏され、それ以降神社で奉る見返りに森の恵みを与えるようになったというものだった。

 結局、彼岸花がいきなり生えた理由はわからずじまいだった。降って湧いた幸運がいつまで続くのかと不思議に思ったが、良い気分に水を差してもつまらないと思ったのでそれ以上は追求しなかった。


 その日の夜、俺は月明かりの下、懐かしい村内を散歩していた。単に辺りを歩いて回るだけなら昼でもよかったが、割と観光客が往来していたので、静かな地元を懐かしむなら夜中だなと考えたのである。

 森に群生している彼岸花くらいしか観光名所がないとなると、さすがに夜は誰も出歩いていない。目論見が当たった俺は、周囲の田畑や点在する農家を眺めながら三竹神社へと足を向けた。

 三竹神社というのは、あの猫又を祀った神社だ。村としても彼岸花に続く第二の名所にしたいようだが、今のところうまくいっていない。ご本尊を萌キャラ化したら注目されるかもしれないな。

 などと不謹慎なことを考えつつ神社の境内にたどり着いた。元々小さな神社なので神主も巫女もいない。村民の持ち回りで手入れをしている。そういえば、昔母と一緒に境内を掃除したことがあったなぁ。

 満月な上に晴天ということもあって、月明かりは意外にしっかりとここへも降り注いでいる。そのおかげで、昔みんなでよく遊んだ境内がよく見渡せた。

「よく鬼ごっこや隠れんぼをしたっけなぁ」

 独り言ちながら再びゆっくりと歩き始めた。小学生の頃は広く感じられた境内も今は割と小さく思える。

 懐かしさに浸りながら境内の奥へと足を進めると、すぐそばにまでせり出してきている森の中に彼岸花が一面咲き乱れているのが見えた。暗くてよく見えないかとも思ったが、淡く輝いているおかげでその姿がはっきりと浮かび上がっている。

「え?」

 いや待て。ちょっと待て。彼岸花がライトアップされているなんて話は聞いてないぞ。しかも、どうして彼岸花自体が輝いているんだ?

 彼岸花が夜中に輝くなんて聞いたことがない。月明かりを反射しているというのならば、周囲の木々も同じように輝いていないとおかしい。なんだこれ?


 目の前のおかしな現象が何なのか考えていたら、ふと誰かの視線を感じた。

 森の奥へと視線を向けると、そこには白を基調にした艶やかな和服を纏った女の子がいた。やや白い整った顔立ちを見れば、十人が十人とも和風な美少女と称えるだろう。

 俺も黒髪の中からふさふさの白い猫耳が生えていなければ、無条件で見とれていたに違いない。普通なら違和感があっただろうが、何故かその白い猫耳はあって当たり前のように思われた。

 その猫耳和風美少女は俺が気付いたのを認めると、ゆっくりと足音も立てずに近づいてくる。

 顔には満面の笑みが浮かんでいるが、とても喜んでいるようには見えない。ようやく仇が見つかったぞという感じの笑みだ。あれが張り付いた笑顔というやつか。

 森の端まで寄ってきた猫耳和風美少女の笑顔が少し変化する。今度は挑戦的というか、不敵な笑みになった。

「ようやく現れたわね、義宗」

 見た目にそぐわない艶やかな声色だ。この声で誘われたら勘違いしてしまう男は多いに違いない。でも今は、その声に敵意が込められている。俺は一体何をやらかした?

「どうして約束を破ったの?」

 どうも俺が何かの約束を果たさなかったのが問題らしいが、それが何かさっぱりわからない。それにもっと根本的な問題もある。

「あの、君とは今初めて出会ったはずなんだけど、人違いじゃないかな?」

 そのとき、周囲の空気が凍り付いた気がした。

「あなた……いや、そうか。なら、これでどう?」

 一瞬鋭い目つきをした猫耳美少女は、白く輝いたかと思うとどんどん小さくなり、やがて一匹の真っ白い猫になった。

 俺はその白い猫をじっと見ていたが、やがてかつてのことを思い出す。

「お前、シロか!」

 思い出した。かつてこの境内で出会ってたまに遊んでいた子猫がいたことを。

 そういえば、よく餌をやったり遊んだりしていたよなぁ。なぜか俺がひとりのときにしか姿を見せなかったけど。

「ふん、ようやく思い出したようね」

 どこから声を出しているのかわからないけど、シロの声が聞こえてくる。ただの猫じゃないということはわかったけど、この猫の姿を見ていると懐かしさの方が上回った。

「いやぁ、懐かしいなぁ。でも何でお前、そんなに怒ってるんだ? 俺、何かしたか?」

 楽しい思い出はいくらでも浮かんでくるが、約束を破ったことはどうにも思い出せない。

「まだ思い出せないの? あなた、家業を継いでずっとこの里で暮らしてゆくと言ってたじゃないのよ! それなのに、十年前里を出たと思ったらそれっきり! ずっと待ってたのよ、私は!」

 話しているうちに悲しくなったのか、ついさっきまでの怒っていた気配はない。

 しかし、その話を聞いても首をかしげるばかりだ。俺、家業を継ぐなんて話をしたことなんてないぞ?

 あ、いやでも、高校を卒業した後のことを話したことはあったな。確か俺と友達の話を一通り。

 そこで再度シロを見る。こいつ、もしかして俺の話を勘違いして理解していたのか?

「あー、シロ。その家業を継ぐって話は、明夫のことだぞ。シロに話をしたときに明夫以外はみんな村を出ることが決まっていたからな」

「え?! でも、あなたはずっとここで暮らせたらいいなぁと言って……」

 何を思いだしたのか、シロは途中で言葉を切った。

 確かにずっとここで暮らせたらいいという願望はしゃべった記憶がある。どうもそれをごっちゃにしているようだな。

「村に住み続けるとは言ってなかったよな?」

 念押しで言うと、シロは明らかに動揺し始める。

「あ、あれ? まさか私、ずっと勘違いしていたの?」

「どうもそうみたいだな」

「それでは、義宗はもう私の相手をしてくれないの?」

 悲しそうな鳴き声と共にシロが尋ねてくる。特に猫好きというわけではないんだが、これは罪悪感が湧いてくるな。

 そこで少し考えてみる。シロはたぶん化け猫の類いなんだろうけど、普段はどうも猫のようだ。これなら、飼うことはできないだろうか。確か今住んでいる部屋だと、ペットは禁止されていなかったはず。

「今俺は街に住んでいるんだけど、もしよければ俺と一緒に来るか?」

「え、いいの?」

「昼間は仕事で外に出ているけど、それ以外なら相手をしてやれる」

 俺がそう提案すると、シロは急にそわそわとしだした。

「まぁ、その、たまには森の外へ出るのもいいかしらね」

 そう言いながらシロは俺の足下まで寄ってくる。

 俺はしゃがむと、シロの両脇に抱えて持ち上げた。

「よし、それじゃ決まりだ!」

「ふふふ、これから同居人よ。よろしくね、義宗」

 シロは器用に俺の手から抜け出すと肩に収まった。慣れないせいで少し重いが、まぁいいだろう。


 肩にシロを乗せた俺は、そのまま踵を返して実家に足を向けた。

 普通の猫とは違うことは一応理解していたが、このときはあくまでも猫を飼うという意識が強かった。

 しかし、何故いつも神社にいたのか、何故俺としか会わなかったのか、何故人の姿になれるのか、何故彼岸花は淡く輝いていたのか、などをよく考えるべきだった。

 これから色んな騒動に巻き込まれていくことになるわけだが、それは先の話だ。

 今はただ、月光に照らされた道をシロと楽しく話をしながら散歩するだけだった。

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