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方舟の創り手




 私は、舟を作っている。

 たくさんの人が乗れる、大きくて丈夫な舟だ。


 隻眼の瞳で創り上げた舟を見て、私は一つ頷いた。

 今まで感じたことのないほどの満足感を、私は感じていた。

 終わったんだ。


 その一言に、私はやり甲斐を握りしめながら、45年の歳月を追憶する。

 長かった。だが、それ以上に楽しかった。


 最後の微調整は終わり、後は明日飛び立つのを待つのみだ。45年となれば、今もグウタラに生きる人間たちは老け初めているだろうが、私の機体は10歳そこらで成長は遮断していた。

 装甲に張られた浮遊石(レヴィタット)に、膨張し過ぎた太陽は、容赦なく差し込む。いつの間にか日は西へ僅かに傾いていた。

 私は熱を帯び始めた義手で否応なく冷却器を手に持ち、そのまま肩にあてがう。その後、肩に誤作動の危険性がないかのチェックを済ませる。

 熱され続けた筋電義身官(オートジェネバ)歯車(ギア)動力石(エンジェント)がオーバーヒートしてしまえば、使うのは明日までとはいえ、ジイに大目玉を食らってしまう。

 現代技術に置換すれば、確かに筋電義身官(オートジェネバ)のようなノスタルジー極まりない2000年前の遺物になるが、こうして最後の船は完成した。

 最後まで残った20機の舟大工(ノアクラスタ)は手を挙げ万歳を繰り返し、互いに労いの言葉をかけている。私はもの寂しくなった背中を強く押され、それに「お疲れ様」と返事を返す。

 補給された燃料や食料品も今夜の宴で使い果たすだろうが、それこそ私たちに与えられた最後の幸せだろう。

 それを後目に義眼(みぎめ)で細部を丹念にセンサーし、エラーが無いかを確認する。もう片方の左目は白い外衝断界布(ほうたい)で包んでいる。未改造の細胞器官は劣化が激しいからだ。


 私は義眼のサイドに【Allclear】の文字が表記される。

……本当に、終わったのか。

 再び、そう強く実感する。それと同時に義眼の調節センサーがオフになり、視界が明瞭になる。もう、不備を探さなくてもよいのだ。


 枯れ果て、熱量を蓄積し続けた大地は筋電義身官(オートジェネバ)脚甲組織(アッパー)の裏を焼き続ける。

 昔はこの状態を”暑い”と形容していたそうだが、そのような何千世代も前の表現を覚え、使い続けているのは私たち方舟施工技師団(アララト)くらいなものだろう。

 怠慢に浸り続け、安寧の希望に満ち溢れた人類たちには知る由もないことである。彼らの中に、一人でも古代の知見を得ようとするものがいるのならば是非ともお近づきになりたい。

 最後まで方舟施工技師団(アララト)舟大工(ノアクラスタ)と苦楽を共にすることになったが、それはそれで良かったのかもしれない。


 すると、造舟所の奥でLF端末から舟に乗り終えた乗組員(クルー)へ完成の連絡を終えたジイが、野太い声を張り上げた。


「全ての微調整、最終工程は終了し、ようやく最後の方舟(ノア)が完成した!我々アララトの2000年にも渡る悲願が、地球滅亡を間近に控えたこの日、《ノア計画》は達成された!

 損傷し、壊れ、廃棄され、同胞(ノアクラスタ)が何機も礎のように消え逝く中最後まで残り続けたお前達に最大最後の賞賛を!我々の代で終わらせることのできた祝杯を!」


 それと同時に金銀に光り輝く筋電義身官(オートジェネバ)の右腕を、これでもかと言わんばかりに高々と漢たちは天に突き上げた。

 摩擦音の混じった歓声と共に稼働し続けた20機は喝采を上げる。


「出航は明朝。我々がこの造舟所で一夜を過ごした後、遂にこの地球を去るっ。この大地を踏みしめ、旅立つのじゃ。一億二千年以上にもわたり人類が生きとし生きたこの地球(だいち)に我々が最後の息吹を残そうぞ!」


 ジイは積み上げたガラクタの上で、揚々と声を張った。その声は救済粒子(ゴフェル)によって創られた方舟(ノア)を震わせ、地平線の彼方まで轟いた。


「今夜は祝杯かぁ」「あの樽に入ってるガソリンは俺のな」「一度でいいから酒ってのを飲んでみたかったんだよ」「飲み過ぎると錆ちまうぞ」「全員で地球脱出なんて、誓った頃は夢物語だとばかり思っていたよ」


 脳細胞興奮数値(テンションゲージ)がレッドラインに達した漢たちが口々にそう言う中、私は口を挟んだ。


「”立つ鳥、跡を濁さず”。何千年前かは忘れたけど、太古のコトワザだ。これまでの私たちの努力の結晶、人類叡智の最高峰であるこの造舟所を出来る限り元に戻してから、だ。

 もう、消えて無くなるからって、先人たちの油が染み込んだこの場所を、メチャクチャにしちゃいけないよ」


 そう言うと、ジイも私の言葉に乗る。


「マナの言う通りじゃ。ハメも制御装置(シーケンス)も好きなだけ外してもいいが、失った人の心としてのエチケットくらいは守れよ。

 さあて、それじゃあ。今夜いっぱいの為だけに、ワシが最後のメンテナンスをやってやろうではないかっ」


 ジイがポーチを取り出すと、皆嬉々として並ぶ。

 最後列に陣取った私に、前のロイトが振り向く。


「ったく、最後の最後までまんまと古代文明オタクの言葉に乗せられちまったな、お嬢ちゃん(ルーキー)

「ルーキーと呼ぶな。それにもう、私は立派な技師だ」

「そうだな。でもまあ、マナは俺たち技師団、最後の子供だ。もう、船造りのために改造するのも終わりさ」

「お前も確か二十歳の時に」

「ハッ。懐かしいこと思い出させようとするなよ。この技師団に生まれた以上、それが俺らの義務だろ?だがまあ、あれから随分長いこと創り続けた」

「あぁ、もう充分だ」


 ネジを緩め、筋電義身官(オートジェネバ)内に溜まったガスを抜く。メンテナンス用に、結合部分の接続を緩める。その後、ロイトと他愛のない会話をしていると、順が回ってきた。


「お先」


 ロイトがジイのガラクタ山を登る。

 皆は気の赴くままにこれまでの年月を語らい、舟の完成を喜び合い、残された備蓄をふんだんに開けている。

 中には造舟所を散歩している者もいる。

 製作過程上、床を全て撤去したためものの壁や天井に染み込んだ油や焦げ跡、械傷痕は消えることはないだろう。

 私は無造作に心臓機の歯車(ギア)を回し、拍動を平常へと戻す。造舟時、長らくポンプのアクセルが高かったため、機構がわずかに誤作動を起こしよろけそうになるが、それを必死に抑える。

 人の心拍数と同じ速度で、電流が押し出される。


 20年生き、方舟施工技師団(アララト)の一族に生まれついたと知った私は、”脳細胞を除く全ての細胞組織を高強度合金(アルマイト)によって作られた”筋電義肢――通称「筋電義身官(オートジェネバ)」に改造(つくりなお)した。

 あの頃は、拒絶し、肉体に直接取り付けたこの機構を嫌気していたが、ここまでくると感慨の渦が私を呑む。

 周りの皆も最後の新入りだと、張り切っていた。時に優しく、時に厳しくとはあの日々のことだろう。

 アララトに生まれついた運命。舟を創り、人類を救う。

 馬鹿げた空想だと思いながら、残された脳細胞は発する電気神経伝達を途絶えることなく、この機械(からだ)を動かし続けた。

 どうやら、その日々は報われたようだ。25年前の自分に、今の気持ちを伝えたい。家族アララト一員ノアクラスタのみんなのことも。


「次は、マナじゃな」


 ジイの呼びかけに私は歩き出す。ジイの試作品やら失敗品で積み上げられた、ガラクタの山。それらを踏みしめながら頂上にたどり着く。


「さて、それじゃあ始めようかの。マナ……」


 ジイは、最新モデルとはかけ離れた古参の蒸気エンジンを働かせ、その腕を動かし、VVドライバー、ピック、ベクテム、おそらくジイにしか使いこなせないであろう多種多様な道具で最後のメンテナンスを行う。

 シリンダ内のピストンが往復運動するたびに熱源(ボイラー)は赤みを帯び、蒸気はスチームとなり噴射する。腰部の隙間から胴体の内部を見ると、喞筒(ポンプ)細管(チューブ)が張り巡らされ、回り続ける歯車(ギア)が絶えることなく身体の全機関を稼働させる。

 それに伴い、ジイは自らの義手を駆動させる。

 それを見ながら、私は古文書に載っていた一枚の写真を思い出す。そして、唐突にジイに語りかけた。


「……ねえ、ジイ」

「なんじゃ」

「蒸気機関車って知ってる?」

「知っとるよ」

「あれって、本当に地球を走っていたのかな」

「さあのう。だがまあ、マナの見つけた古文書に書いてあったのなら、きっとそうなのじゃろう」

「そう、だよね」


 私は、半信半疑で鵜呑みにするしかない。

 四肢が調整される中、残された脳細胞は、子供の頃に見つけた古文書について想起していた。

 あれは、いつの頃だっただろうか。確か、誤作動で穿った地面の奥底から発掘した書物だった。

 中には、様々な写真が載っていた。文字は古代文字でとても読めたものではなかったが、そこに掲載されたイラストは、とても私の心を惹いた。

 この世界にあったもの。今の地球(せかい)には無いもの。

 絶滅種の”馬”と呼ばれる生物に乗り、大地をかける筋電義身官(オートジェネバ)とはまた違った、赤茶けた装具を纏った人々。

 黒い民族衣装(スーツ)に身を包み、全員が立った姿で深刻な会議が行われているイラスト。

 巨大な黒鉄で作られ、蒸気スチームを立てながら進む長蛇の鉄塊に乗る人々。

 破れ焼けていて、見難かったが、それでもその本は私の興味を惹いた。

 そして、その中でも、私が神秘の洪水に浸されたものは――。


 シュー。と突如聞きなれない接合音と共に、背中の肩甲骨器のロックが外れ、何かが接合(コネクト)される。

 四肢のメンテナンスは終わり、既に再接合は終わっている。各臓機のメンテナンスは年に一度であるから、それでもない。

 なら、何か。

 私は振り向き、ジイが背中に接合したソレを見る。


「これ……、は……」


 形容し難いほどの、美しい装飾品だった。

 小さな欠片が密集し、あたかも今。一個の生命が創造されたかのように、鮮やかに躍動する脈動の奔流さえ感じるそれは、一つの形を作っていた。確か、名前は――。


「――翼」


 銀歯を覗かせた老獪は、してやったりと笑う。空を飛ぶ飛翔体のみが持つ、翼は、そうだ。

 私が初めて見たイラストに映されていたーー”天使”のイラストだ。


「ジャンクパーツの詰め合わせじゃが、随分と前、その古文書の絵を見せて作ってくれと頼んだのを、覚えていないかの?」

「覚え、てるよ……。忘れるわけない」


 あの時は無我夢中だったのだから。

 周りのみんなには信じてもらえなかった、天使と呼ばれる存在。翼が人間にも生えていたのだという事実。

 古文書の内容は、おそらく今の人類が学ぶ範疇ではないのだろう。

 しかし、AiKnowスキャンで読み取れる文字を読み取ったとき、古文書の表紙に記された古代文字。西暦2800年にこの地球から消滅した二ホン語で『世界史』と書かれていた。今のJK.MarkⅡ言語で『古代文明と人類史』という意味を持つ。そして、そこに載っていた天使が背につけていたものだ。


「娘への最後のプレゼントじゃ。余った部品で作っとるから何の仕掛け(ギミック)もないがの。最後のガラクタ作りにはもってこいのもんじゃった」

「そっ、か」


 肩甲骨器を指定し、脳から筋管へ指令を飛ばす。すると、羽が両サイドへと躍動した。


「おいおい、ジイさん、本当に作り上げたってのか」

「まあの。そんな事言って、お主らも渡すもんがあるんじゃあないのか?」


 ジイの言葉に何やら照れ臭そうに頬をかき、ロイトが率先して工具箱から何かを取り出す。

 取り出したのは、二本の鉄の棒だった。


「ほら、お前が言ってたじゃねえかよ。馬に乗って、鉄棒振り回す部族がいたって。それに乗ってたヤツを俺らなりに作ってみたんだよ」


 他の17機も期待の眼差しで私を見る。みんなで、作ったのだろう。

 作業はみんなバラバラだったから、そんなものを作っていたのなんて知らなかった。


「俺たちからも、娘へのプレゼントだ」


 それは、鉄棒というには細く。しかし、装飾品と言うには余りにも豪勢であった。

 鉄棒の中には何かが入っている。

 柄らしきところを握り、思い切り引き抜いた。

 あらわになった刀身は光を屈折し目を焼く。おそらく使い道のなかった希少素材(レアメタル)の玉鋼や銀鉱石を用いたのだろう。透き通るような粗さのない曲線美が、私の心を釘付けにした。


「……カタナ、だっけか。見ようみまねだが、作ってみたんだ。お前が熱心に俺たちに聞かせてくれたときにゃ、俄かには信じられなかったが、もしかしたらそいつを使って、賭け事や勝負事でもしてたのかもしれねえ。ま、その刃じゃ俺らの筋電義身官(オートジェネバ)には掠り傷もつけられねえけどな。

 そんなもんあったって、ドライバーにもフレームの足しにも成りはしないが、飾り物としてでも受け取っといてくれ」


 私は、二振りのカタナを腰に帯びた。

 確か、武士と呼ばれた人々はこうしてつけていたはずだ。


「……ありがとう」


「いいってことよ」ロイトはそう言って、皆は私を囲む。


「ほら、宴だ宴。そうだ、マナ。どうせこの地球を見るのも最後なんだ、その外衝断界布(ほうたい)外して、お前が大層丁寧に取っておいた肉眼で見るのも、悪くねぇんじゃねえの?」

「……そう、だな。でも、まだ外すのは取っておくよ。ここを出てから、この肉眼で、この地球を見るって決めているから」

「そうか。その悪趣味な……っと、悪いな。変わった服装も、ま。それと一緒に持ちゃ多少マシになるんじゃねぇの」

「セーラー服、だ」


 胸のリボンを軽く伸ばし弾く。強化繊維で作られたこの服とスカートは、”女の子”の象徴であるらしい。機械仕掛けのこの身体で、”女の子”の差分を付けるのは身に纏うコレしかなかった。

 筋電義身官(オートジェネバ)への耐暑機能があり、防機作用もある。何かと、この服装に助けられた。


「……みんな、ありがとうな。今まで。こんな身体になった時は自壊する所だったけど、ここまで来られたのはみんなのおかげだよ。

 明日の地球脱出。ノアの方舟、最後の一艘を宇宙へ出航させて。新しい生活を、みんなで送ろう」


 そう言って、私は燃料瓶の蓋を豪快に開けた。




――その少女は、頭皮に付随させた黒髪を後ろで束ね。”女の子”として生きるためのセーラー服を纏い。地球の姿を最後に観るため、肉眼を外衝断界布(ほうたい)で護り。仲間(アララト)にもらったニ振りのカタナを腰に帯び、大空を飛び回る天使の翼を付けている――。




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