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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕 が含まれています。

メルヘンボーイ

作者:苗

「 僕はね 人魚を見た 」


─── 吸い込まれてしまうような、深い眼差しだった。

'人魚'の話をする眞琴の瞳は、海を閉じ込めた宝石みたいで。
いつも綺麗なその瞳が更にきらきら、きらきら。
摘んで、食べてしまいたいと思った。
ちゅるりと目玉を吸う、飲み込む、どんな感覚なんだろう。

それにしてもだ、急に体育館の裏なんかに呼び出すものだから、何か、良い話というか。…ロマンティックな話かと思ったのに。
別の方向でロマンのある話だった。それも、幼稚園の頃眞琴に何度も聞かされていた話題。久々にされたな。小学生低学年の頃以来かもしれない。
─────人魚だなんて…。

確かに、僕達の住むこの街は海が近い。
そういう、人魚の話があってもおかしくは無いんだろうけど、
本気で信じている奴なんて、昔も今も、眞琴が初めてだ。
いつか宙にも見せてやりたい、なんて言ってたけれど、居るはずない、人魚なんて。…人魚なんて。


小さい頃から眞琴は 'そう' だった。
お爺さんが人魚の話をよく聞かせてた、とかで、ちょくちょく幼稚園の友達とかにその話をして、気味悪がられて、…
眞琴にとって、一体人魚の何がそんなに魅力的なんだろう。
なんだか訳も無く腹立たしくって、イライラする。
どうしてこんな事ばかり考えてしまうんだ、僕は。
自分が、やけに性格の悪い人間な気がしてきて、息をするのが少し苦しくなってきた。見えない、居るはずのない物に嫉妬するなんて馬鹿げた話なのに。まるで、人魚に首を絞められて、──


僕は早退した。 あのまま、倒れてしまったらしかった。
倒れている間、人魚の夢を見たような気がした。早く忘れたい。
その夢に出てきた人魚は眞琴にそっくりだったから。

──キラキラ、太陽の光を反射させる海を、
眞琴が "人魚がいる" と信じてやまない海をぎろりと睨みつけながら歩くさまは、何処かおかしく見えているんじゃないだろうかと思った。

「 眞琴、」

今度会ったら、言ってやろうか。
今までずっと、眞琴に合わせて肯定してきてあげていた人魚の存在。そんなもの居ないって、全然瞞しで、幻で、嘘だらけな事。
きっとあの綺麗な瞳は輝きを失ってしまうだろう。
それは少し勿体無い気がしたけど、僕は眞琴に人間になってほしいんだ。自分と同じ所に戻ってきて欲しい。僕だけ、違う世界にいるみたいで嫌なんだ、こんなの。耐えられない。


─── 夜に電話が掛かってきた。 眞琴だった。


「 今さ、出てこれる? 海。 」

「 ……ああ、うん 」

「 ありがとう 」


静かな夜だった。妙に星が綺麗に見えるし、妙に風が気持ち良くて、普段なら良い夜だ、と思うんだろうけど、今夜は何故かそうは思えなかった。 三日月が、静かに笑みを浮かべていた。
海沿いに歩いて行っていたら、人影。 眞琴だ。

眞琴は、手に双眼鏡を持っているみたいだった。
何見てたの?と聞けば、人魚探し、って答えて。予想通りの返答に少し笑いそうになった。


「 宙 」

「 なに? …また、人魚か 」


眞琴は少し俯いたままゆっくりと目を閉じた。
眠っているみたいに綺麗で、触ったら砂みたいにさらさらと消えてしまうんじゃないだろうか、と恐ろしくなった。人魚が眞琴を攫ってしまう。さらってしまう、……

昼に、下校中に考えたことを思い出した。
言わなくちゃ、眞琴に、人魚なんて居ないこと、

「 ───僕は、人魚になるよ 」


「 海が、好きなんだ。何よりも、誰よりも 」

「 は、」

「 無いなら作ればいい。居ないなら、なればいいんだ 」


眞琴は立ち上がった。
ポケットの中から沢山のメモが溢れ出てきて、そこには「 人魚になる方法 」だとか、「 人魚になる為の200の条件 」だとか、いい加減な事がびっしり書かれていた。

手を伸ばしたけれど、掴めなかった。風に身を任せて、踊るようにくるくる回って、海の方へ近付いていく。
駄目だ、嫌だ、行かないで。どうしてこんな所見なくちゃいけないんだ。

「 待っ、── 」

ごめん、と風の中で声が聞こえた。眞琴は居ない。
浮いてるみたいな感覚がずっとあって、なんだか気が狂いそうだった。もう直ぐ、日が昇りそうな時間だった。家に帰る気にはなれなくて、その場に落ちていた眞琴の双眼鏡を拾って海の向こうを見た。
小さな泡がぷつぷつと浮かんでいた。僕はもう、無心だった。
お腹に、大きな穴が空いたような、そんな気持ちでふらふら立っていた。眞琴は人魚になってしまったんだ。僕にはもう、眞琴のこれからの人魚としての人生が、人魚姫の物語の結末のようにならないよう願う事しか出来なかった。

そっと双眼鏡を置いて、その場を去った。
眞琴の居ない生活が始まる。僕には耐えられるだろうか。
それより皆は、眞琴を忘れてしまわないだろうか、──

僕は、周りの人間に云う。
気味悪がられてもいい、だって本当の事だから。


「 僕はね、人魚を見た。 」


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