銀のスプーン
あぶないっ!!
五月の目の前には、哲也の左足に野球のボールが当たりそうになった、今朝の光景があった。ボールが哲也に当たりそうになったところで、光のカーテンが現れボールを弾き返した。
その時、ふと五月の後ろから声が聞こえた。
「光のカーテンを出しといたんじゃよ。」
五月は声のする方を見る。しかし、そこには目を開けていられないくらいのまぶしい光の玉が宙に浮かんでいた。
「だれ?」
五月は尋ねた。
「何を言っとるのか?ずうっとワシと一緒じゃっただろうが。」
光の玉の方から声が聞こえた。その声は老婆のようである。しかし、光の玉がそこに浮いているだけで人がいるわけではない。五月は光の玉と会話しているということになってしまう。
そう言われてみればなんとなく聞き覚えのあるような、親しみが持てるような声である。魂でつながっている存在、いわゆる守護霊とでも呼ばれているような存在なのかもしれない、と五月は感じた。
これは夢でも見ているのだろう、と五月も理解した。
そうだ。
これは、五月の夢の中の出来事なのだ。
この不思議な状況をこの光の主に尋ねなくては、と五月は思った。
「あの、光のカーテンって何なの?」
五月は尋ねた。
「そうさね。お前さん、本気であの青年を助けたいと願ったじゃろ?」
光の主は続けた。
「見返りを求めず、
誰かのために本気で何かをしてあげたいという思いに、
ワシも心を揺さぶられた
ということじゃな。
ホッ、ホッ、ホッ、ホッ・・・。」
ということは、もしまた同じように哲也の足が負傷しそうになったら、また救ってもらえるのだろうか、と五月は思った。
ところが、光の主はそんな五月の心を見通して語った。
「そう、うまくはいかんよ。」
光の主が応えた。
哲也の足はこれまでに何度も、うまくいきそうになると負傷してしまうという話を五月も聞いていた。何とかしてあげたい、と五月は思った。
「できんこともないが。」
光の主は応えた。五月が思ったことはすべて光の主に伝わっているようだ。
光の主は続けた。
「彼の家に、彼のおばあさんの化粧台がある。
その引き出しにしまってある、銀のスプーンを探すのじゃ。
それをあの店に持って行って、指輪にしてもらうと良い。」
光の主は正門の前にある、アクセサリーショップを指差した。
「その指輪を、彼のおばあさんにプレゼントしてあげると良いぞ。」
なぜそれをすれば哲也の足のために良いことなのか、五月は理解できなかった。
光の主は続けた。
「その昔、彼のおばあさんに弟が生まれたのじゃが、
その子は非常に幼くして亡くなってしまったのじゃ。
それも左ひざを馬車にはさまれての。
ひどい怪我でな。
その子の母親もどんなに悲しんだことか。
その子が生まれたとき、
父親がプレゼントしたのが、その銀のスプーン。
銀のスプーンは、西洋では一生食べ物に困らないようにと赤ん坊に贈られるものでな。
その子は、そのスプーンを一度も使うことなく、命を落としてしまったんじゃからな。
悲しい話じゃ・・・。
その銀のスプーンはその子の母親、
つまり、彼の曾おばあちゃんがずぅっと死ぬまで大切に持っていたのじゃ。
亡くなってからは、彼のおばあさんが大事に受け継いで持っていたものなのじゃ。」
そんなに大切な思いが込められているスプーンなのか、と五月は納得した。
光の主は続けた。
「いろいろな事情によって、この世に生まれて来られなかった命や、
非常に幼くして亡くなってしまった命のことを、
『水子』と呼ぶが、それが先祖にいた場合、
子孫に非常にネガティブな影響をもたらすのじゃ。
彼の場合は、その銀のスプーンによって、
水子も先祖も非常に喜んで、彼に影響しているネガティブなブロックは消え去っていくじゃろう。
これは、ご先祖ヒーリングじゃな。」
その瞬間、五月は目覚めた。
朝を迎えていたのだ。
五月は夢の中の出来事を哲也に話さなくては、と思った。
急いで支度し、朝ごはんも食べず家を出た。
そして哲也と初めて出会った、あの交差点へと向かった。
五月と哲也の自転車がぶつかり哲也が左ひざを痛めてしまった、あの交差点である。
五月は哲也の家を知らなかったが、そこへ行けば哲也に会えるような気がしたのだ。
五月が交差点にさしかかったが、哲也の姿はない。まだ登校時間にはなっていなかったからだ。
「どうしよう・・・。」
五月は必死で考えた。
そのとき、ふと五月が目をやった方向には哲也とよく似た顔つきのサラリーマン風の男がいた。その男は通りに面した一戸建ての家から出てきたのだ。
「哲也くんのお父さんかも!」
五月は急いでその家の方に足を進めた。そして、表札を確認した。
「有栖川。」
哲也の名字だ。五月はインターホンを押そうかどうしようか、迷った。
そのとき、ちょうど哲也が玄関から出てきたのだ。
五月は迷わず声をかけた。
「哲也くん!」
哲也は五月の姿を確認し驚いた様子だった。
しかし、必死な顔つきで立っている五月を見た哲也は急いで五月のところへ歩み寄った。
五月はスルスルと夢で見た出来事を哲也に話した。
哲也に信じてもらえるかどうかなど、五月にはまったく気にならなかった。
哲也や、哲也のおばあさんたちに楽になってもらいたい、
喜んでもらいたいと、心の底から感じていたのだ。