光のカーテン
翌朝。
五月は少し寝不足である。
昨日の出来事が気になって、あまり眠れなかったのだ。
哲也の足に降り注いだ光の束は、いったい何だったんだろう・・・。
五月はそのことが、気になっていた。
登校途中も、光の束が降り注いだ光景が頭から離れない。
学校に着いた五月は自転車置き場に自転車を置き、数歩歩いた。
その時だ。
五月の目の前を野球のボールが通過していった。
あぶないっ!!
そう思った五月だったが、目の前を通過したボールの行き先に目をやると、そこには哲也がいたのだ。
ボールは哲也の左足を目掛けて飛んでいるようだ。
・・・!!
五月の頭の中には、一瞬にして色々なことがよぎっていった。
私が昨日、自転車でぶつかって痛めさせちゃった哲也くんの左足・・・。
せっかく光の束が降り注いで痛くなくなった左足なのに・・・。
ようやく今回のバレエ公演で王子役を踊れるはずだった哲也くん・・・。
哲也くんの足を守って・・・。
五月がそう思ったその時。
空から光のカーテンが降りてきて、哲也を覆った。
まるで、オーロラか何かのように光輝くカーテンだった。
その光のカーテンは哲也とボールの間をゆらゆらと揺れ、哲也の左足を守っていた。
ボールは光のカーテンに当たり、跳ね返って地面を転がっていった。
哲也も光のカーテンに気付いたようだ。
光のカーテンは哲也の目の前で軽く揺れると、キラキラと空気中に溶けていった。
哲也の視線が五月を捉えた。
哲也が五月のところに歩み寄ってきた。
クールな哲也の顔つきはいっそうクールさを増している。哲也はバレエダンサーだけあって、歩き方も華麗である。
そんな哲也の歩く姿に五月も釘付けになっていた。
哲也は五月の目の前で歩みを止め、五月の腕を掴んだ。
・・・えぇーー!
五月の心の声だ。
五月は驚き、声も出なかった。
哲也は五月の腕を引っ張り、校舎の裏庭へと足を進めていった。
五月の頭は血が沸騰寸前である。
顔は真っ赤になり、哲也に掴まれている腕まで紅潮しているように感じられる。
・・・王子さまが、私の手を握ってる。
五月の心の声だ。
五月は手を握られているのではない。
腕を掴まれているのだ。
しかし、五月の脳内変換により五月の頭の中では、王子さまが五月の手を取り、エスコートして歩いているかのようになっていた。
哲也は裏庭にさしかかった人気のないところで、五月の腕を放すと、いきなり五月に壁ドンした。
ドンッ!
大きな音が響き、五月は我に返った。
「昨日も、今朝も、何かしたのか?」
哲也は五月に尋ねた。
五月は王子さまに壁ドンされているという、あり得ない光景に言葉も出ず、ただ首を横に降り続けた。
哲也は壁に付いていた手を離し、少し冷静さを取り戻した。
「だっておかしいだろ?」
哲也は続けた。
「昨日も君が俺の前にいた時に、光の束が俺の目の前に降ってきて、俺の足が動くようになったんだよ! なぜなんだ?
そして今朝も。
光のカーテンみたいなものが、俺の周りに現れて、ボールが転がって行ったんだよ!
君も見ただろ!
君が何かしたとしか思えないだろ?」
哲也は、五月がまるで超能力者であるとでも思ったのか。五月の仕業でこの不思議な現象が起きているのではないかと感じたらしい。
「ただ・・・。」
五月は思いを語った。
「昨日は、哲也くんたちが話しているのを聞いちゃって・・・。
私とチャリでぶつかっちゃったから、哲也くん足痛めちゃったわけでしょ?」
五月は、昨日の朝自転車でぶつかったことを話した。哲也は、
「そうなのか?」
と言った。哲也は昨日の朝自転車でぶつかったのが五月だったことに気付いていなかったのだ。
五月は続けた。
「私のせいで、哲也くんが踊れなくなっちゃったのかーって思ったら、申し訳なくなって・・・。
心の中で、本気で思ったんだ。
哲也くんの足、治ってー!って。
そしたら、ばーって光の束が哲也くんの足に降り注いで・・・。
私もそんなこと初めてだったから、もう何が何だか・・・。」
「じゃぁ、さっきは?」
哲也が再び尋ねた。
「よくわかんないけど・・・。
哲也くんの足にボールが当たっちゃうと思った瞬間、哲也くんの周りに光のカーテンみたいなのが現れて・・・。
でも昨日も今日も、私本気で思ったんだよね。
哲也くんの足が治りますようにー!
とか、
哲也くんの足にボールがぶつからないでー!
って。
ただ、それだけ、
思ったの。そしたら、何かわかんないけど、こんなことが・・・。」
五月は、思い当たることをありのままに話した。
哲也は大事なバレエ公演を控えている。10才からバレエを始めて毎日コツコツとレッスンを続けてきた。哲也の手足は長くスラッとした体型である。ジャンプ力、瞬発力に優れ、哲也がステージに上がると、羽がはえているのかと誰しも思うような姿である。そんな哲也だが、幼い頃から度々左足を故障してきた。昨日の自転車での衝突でも左足だけが負傷し、不思議な光によって痛みを感じなくなるも、先ほどは野球のボールが哲也の左足に直撃しそうになったのだ。哲也もうまくいきそうになると負傷してしまう自分の左足には悩まされていた。体型や素質に恵まれた哲也に、バレエコンクールでの優勝経験がないのはこの左足の負傷が原因だった。