4. 努力と仲間
その日家に帰ってから、飛翔魔法について調べた。
鬼気迫った表情で、おそらく、一般に言う受験勉強くらいの勢いで勉強した。
次の日には、筆記・実技の両方で学年主席の友人に頼み、飛翔魔法についての理論的説明から、実際に行うときの注意点まで、一通り教えてもらった。
空を飛ぶというのは、意外に複雑だ。
風をまとって飛ぶだけでなく、標高が高くなるにつれて空気が薄くなり、気温が下がる。呼吸と体温保持のために、三半規管が弱い人は酔わないように、また風圧から身体を保護するために、そのほかにも複数の補助魔法をかける。
一つ一つをとれば、僕みたいな落ちこぼれにも頑張ればできるような簡単な魔法だけれど、同時にかけるとなると話は別だ。難易度は格段に――と言っても総合的にはそこまで高くはないのだが――上がる。
まず、目標を立てた。
二日で、理論を理解できなくとも暗記。
次の二日で、各々の魔法を使えるようにする。
三日で、複合して、飛翔魔法を完成させる。
それから、彼女が出る日までに対象を二つに増やす。
事情を友人であるアキラに話すと、快く協力してくれ、またさらに友人をもう二人巻き込んだ。
僕が二週間以内に飛翔魔法を会得するのは無理だと、同時に、ただ物を飛ばすだけなら可能と判断した。
そこでアキラが提案したのは、魔法を分担する、というものだった。
ショウが呼吸のための空気調節、マキが風圧調節、僕が飛行と平衡感覚・体温調整。アキラは、その全てを監督しつつ、その他の魔法と、サポート・微調整。
本当はアキラだけでもその他はできるのだが、対象が二人だともし失敗したときのリスクが大きいため、大目に人数を呼び、もしもの時に備えるそうだ。
その日から、僕の猛特訓が始まった。
前の晩に基本的な飛翔魔法の構造は叩き込んでいたので、僕が覚えるべきことは、飛行そのものに関する理論と、ヒトの平衡感覚に関することだった。
僕は、二日で理論を詰め込んだ。正直、理解は半分もできていない。だけど、仕組みさえわかればだいたいの魔法理論は組み立てられるから問題はない。
次の日から、彼女の部屋に行くとき以外はひたすら魔法を唱えた。
人間、全神経を注ぎ込んで集中すれば、それなりに成果は出るものだ。
魔力が尽きた時には、アキラに解説をしてもらって、遅々とではあるが理解も深まっている。
魔力、単純に言うなら体力――厳密にいうと違うのだがここでは割愛する――の心配は必要ないのが幸いだ。
飛翔魔法は便利なため、誰でも使えるように、いかに少ない魔力で使えるか研究も進んでいる。
人並みの魔力はある僕が、もしうまく使いこなせるとして、持続時間は最大五時間程度。
実際は、集中力とか、彼女への配慮とかで短くはなるだろうけれど、十分な時間はある。
問題は、僕が使えるようになれるか。
それだけだ。
それだけだった。
体に風をまとわせて、壁や地面に激突した。
三半規管が直らないまま授業を受ける羽目になり、教室移動にも苦労した。
気温調節を失敗して、風邪をひいた。
呼吸確保のための空気操作で、動きながらの空気移動ができず窒息しかけた。
だけど、それだけだった。
せいぜいが打撲程度で、長く引きずるような怪我や、骨折以上のことはなかったのだから。
その程度の怪我を代償に飛翔魔法を使えるようになったのだから、安すぎる買い物だ。




