プロローグ
「現在位置はモンゴル、ゴビ砂漠です。敵対レベル平均は75です」
ナビゲーターシステムの声を聞き、俺は眼前に展開されたUIをボタン一つで閉じた。
目の前に広がるのはどこまでも荒涼とした砂漠だが、一面の砂地というわけではなく、物によっては人の背丈の何倍もあるような岩が所々に転がっている。
「ああいう岩の影あたりから沸いてくるんだろうな」
俺は独り言を言いながら、背後で消えかかっている転送陣を後にし慎重に前進する。
敵対レベル平均がこれほど高いせいか他に人っ子一人見えない。この無駄に広大な空間に一人ぼっちなのは少しさびしいが俺の目的を果たすにはむしろこの方が都合がいい。
しばらく進み、大きな岩の横を通りかかった時、俺の予想通り岩陰から雑魚敵が数体出現した。全身の薄茶色の鱗を鉄の鎧に包み、両手にサーベルと大型の盾を持った二足歩行の爬虫類型モンスターである。
「おい、こいつらの情報を教えてくれ」
俺は再度右腕に腕時計のように巻いているナビゲーターシステムに声をかけた。すると、UI上に小さな窓がポップし、そこに目の前で必死に俺を威嚇する敵の情報が表示される。
「レベル77、『スケアソルジャー』です。現状戦闘に関して大きな危険はありませんが、油断しないように慎重に戦ってください」
音声システムの親切な解説を聞き、俺は薄く笑った。危険はなくとも俺の目的はこいつらなのだ。現地についてさっそく会えるとは今日の俺はついている。目の前のトカゲ君たちは全部で3体。どう考えても数的にもやつらの方が有利なのに威嚇するだけで襲いかかってくる気配はない。しかしそれも当然である。やつらのレベルが77なのに対して俺のレベルは90、うかつに襲いかかって逆に返り討ちに遭うことを恐れているのだろう。
俺はやつらを横目で見ながら肩にかついでいたバックを地面に降ろし、ポーションやらその他色々な物でごちゃごちゃになったその中をまさぐり、ひとつの大きな赤色の水晶玉を取り出した。
俺のレベルは90もあるが俺自身の戦闘能力自体は大したことはない。小さな工房が住処の鍛冶屋の俺ができる事と言ったら剣が少し扱えるのとあとは簡単な魔法が何個か使える程度の能力である。しかし俺はこの戦闘では絶対に負けはしない。なぜならこの手に持っているアイテムがあるからだ。
「んじゃ一丁やるか!召喚、クロリア!」
俺がこう吠えると同時に手に持った水晶玉は光出し、そこから一人の少女が現れた。
紅蓮の長髪と鋭いが綺麗な赤紫色の目をしたこの少女クロリアは全身を紅のローブで身を包み、それに薄いピンク色のゆったりとした羽衣をはおい、手には穂先に炎を纏った短槍を持っている。しかし彼女は出てきた瞬間あろうことか目の前で驚いた様子を見せるトカゲ君たちに一瞬だけ目をやると、短槍の穂先をピタッと俺の顔に向けた。
「凜太郎、呼ぶのが遅い!待ちくたびれてしまったではないか!」
たった1時間弱バックの中に押し込めていただけなのにクロリアのご機嫌は良くないらしい。しかめっ面をじっとこっちに向けているクロリアの中学生くらいの女の子のような容姿と声は癒されはするのだが、少々気性が荒く、不機嫌になると手が付けられない時もあるのが難点だ。
「ごめんごめん、最初からクロリアがいたら目立っちゃって余計な敵まで集まってくると思っちゃったんだよ」
髪をかきながら必死に言い訳する俺にクロリアは半信半疑の様子でふーんと言うと、彼女の両足の下にある炎に包まれた一対の車輪『火車』の上でくるっと一回りし、スケアソルジャーの方を向き、体の前に槍を構えた。
「ま、いいや。で、あいつらやればいいの?」
「そ、そうそう、いつもみたいにちゃっちゃと倒しちゃって」
そう俺が言うのもつかの間、クロリアはものすごいスピードでトカゲ君達の方に飛んで行った。
出て来たかと思うといきなり味方である俺に槍を向け、そして今度はいきなり突っ込んでくるクロリアにやつらは少々とまどっていた様子であるが、盾を構え、応戦の姿勢を取った。
俺はゆっくりとその場に座る。この時俺は腰に差している短剣を抜き、共にクロリアと激闘を繰り広げるなんてかっこいいことはしない。というかする必要がないのだ。彼女はこの世界に星の数ほどいる召喚精霊の中でも抜群に強力な精霊である。炎を纏った槍から繰り出される攻撃は雑魚敵の持っている盾など意味をなさない。彼女の舞うような戦いっぷりは何度見ても見とれてしまうほどに勇ましい。
乾燥した喉を潤そうとバックに入っている水筒を取り出している最中にすでに戦いは終わってしまったようだ。
「おつかれ!クロリア!」
顔色一つ変えずに飛んで戻ってくるクロリアに俺は水筒のお茶を差し出すと、彼女は火車の上に座って不満そうな表情を見せた。
「ぜーんぜん手ごたえなかったよー。凜太郎はこんなの狩るためにわざわざここまで来たの?」
「いやいや、こいつら自体を狩ることが目的じゃないんだ。狙っているのはこいつらのボスがドロップするアイテムだよ。こいつらのボスである『スケアキング』はなかなか単体じゃ姿を現さないんだ。だから下っ端のこいつらを狩りまくっていればいずれ出てくるんじゃないかなって」
「へーそうなんだ。じゃこいつら倒しまくればいいんだね」
この戦闘狂といっても過言ではないクロリアにとっては戦えればなんでもいいのかもしれない。
「そんな感じだからよろしく頼むよ」
君には頭が上がらないといった感じで俺が頼むと「しょうがないなぁー」といいつつも少しうれしそうな表情を見せてくれた。どうやら機嫌を直してくれたようである。
俺たちは東に向かって歩き始めた。別に意味があって東に向かって歩いているわけではないが、とりあえずトカゲ君がいそうな岩場があればウロウロすると言った感じである。
するといきなりクロリアは「あーじれったい!」と言うや、まるで筋斗雲にでも乗っているかのように勢いよく前方に飛んで行ったっきり見えなくなってしまった。
取り残された俺はぽかんと口を開けてその場に立ち止まっていたが、十分くらいしただろうか、クロリアが飛んでった方向から大きな砂埃とたくさんの怒声というか戦が始まった時のワーッといったような感じの声が聞こえてきた。
よく目を凝らして見ていた俺はド肝を抜かし飛び上りそうになった。そしてそれと同時にクロリアの破天荒さを改めて思い知ったのであった。
彼女の後ろには適度にボコられて怒り心頭のトカゲ君たちが100匹くらいいるのである、手に手にギラリと光る獲物を持ち、彼女の後を追いながら全速力で俺のいる方向に向かってきている。
「連れて来たよー!」とでも言っているのだろうか、うれしそうにこっちに槍を振って飛んでくるクロリアだが、俺にはさすがにこれだけの数を一度に相手するのはしんどそうな気がした。
「あほかー!こんなに倒しきれなかったらどうすんだ!」
そう叫びながら俺は素早くバックの中から今度は緑色の水晶玉を取り出した。
「召喚、シルフィア!」
先ほどと同じように俺が叫ぶと、今度はクロリアとは打って変わって、大人のレディーな感じの精霊が現れる。しかしエレガントな衣装で身を包んで長い若葉色の髪を髪先でまとめ、腕を組んで現れた彼女は眠っていた。
「おい、シルフィア!出番だ!あいつら倒してくれ!」
俺の大声で目を覚ましたシルフィアは大きく伸びをすると、腕に何本もからませた腕輪をじゃらじゃら言わせて俺の方を向いた。
「あら凜太郎さん。そんなに慌てた顔をしてどうしたのかしら」
しかし荒ぶる怒声が聞こえる方を向くと小さなあくびを一回し、そしてゆっくりと立ち上がった。
「あの小娘も相変わらずね。戦い方に品がないにも程があるわ」
「そ、そうなんだよ、スケアキングの方を狙いに来たんだけどなんとかしてくれあれを……」
「まぁ……、あんだけ殺れば出てくるでしょうねぇキングさんも」
そう言うとシルフィアは近づいてくるクロリアに大声で怒鳴りつけた。
「クロリアー!あんたのせいでせっかくの安眠が台無しじゃない!もっと穏やかにやりなさいよ!」
シルフィアに気がついたクロリアがゲッと言うような仕草をしたのは遠くからでもよく分かった。彼女らは仲がよろしくないのだがシルフィアの実力もクロリアに負けず劣らずの物。二人いれば100匹くらいあっという間に蹴散らしてくれるだろう。
「あんたが半分やんなさい!その間に私が半分やってあげるわ!」
もちろん今回も俺の出番はない。まぁもともとないのだが、シルフィアが腕に着けているお洒落な腕輪(彼女談)兼魔法器を発動させている時点で見ているだけで事が終わるだろう。彼女たちにはいくつかの必殺技的なものがあるが、どれもこれも敵が砕け散るさまが実に美しい冷酷な技であり、今回もそれを拝むことが出来そうだ。
「ふん!私一人でもこれくらい倒せるから!」
俺たちの上空に来たクロリアの声と共にシルフィアも技を発動させる。
二人の武器、法器が光り、太い渦上の炎と巨大なカマイタチのような風の刃が迫り来る100匹のトカゲ君たちを切り刻んだ。爬虫類の阿鼻叫喚は決して聞きやすいものではないが、ここまでまとめて狩りができるとなかなかに爽快なものだ。
見事なものだと俺が頷いていると、突然ポーンという音と共に俺の腕に装着してあるナビゲーターシステムが作動した。
「貴重なアイテムを入手しました。おめでとうございます」
驚く俺の目には「スケアキングの玉石の鱗」と書かれたアイテムがしっかりとインベントリに入っているのが見えた。
「クロリア、お前いつのまに親玉まで引っ張ってきてたんだ」
半ばあきれる様子で言う俺にクロリアは得意そうな笑顔を上空から投げかけた。だがクロリアとシルフィアの凄まじい力のおかげで目的の物を予想以上に早く手に入れることができた。
「よし、欲しい物も手に入ったし帰るかー」
そう言いながら俺はちらっとクロリアとシルフィアの方を向いたが、なんだかんだ喧嘩が多い彼女たちが楽しそうに会話しているのが見え、手に持った二つの水晶玉をバックに戻した。
すると再度ナビゲーターシステムが今度は他人からのメッセージを示すコールマークを出している。なんとなく内容に見当はついたが、「団長が呼んでる。早く戻った方がいい」という短い文面を見て俺は溜息をついた。
「おーい、工房に戻るぞー!」
いつのまにか喧嘩に変わっていた二人の会話を聞きながら、俺は自分の鍛冶職人としての工房のあるトウキョウ地区への転送陣を出現させた。