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05

 艶やかに微笑む最低な男を何発か殴らないと気が収まらない。

 キスをされた手の甲を服でごしごしと拭き、拳を作る。レオンの腕を思いっきり殴るが、やっぱりビクともしない。

 見た目は細身に見えるのにレオンは意外に程よい感じに筋肉が付いていることが硬さから分かる。私とは全くと言っていいほど違う。


「……弱いですね。貴女に剣は似合わないかもしれません。いいえ、似合いませんね」

「当たり前よ。剣とか初めて持ったし」

「そうですよね。でも身を守るためには必要ですので…」


 ソファに座りながら腕を組み、瞳を閉ざして考える。そんなレオンから距離を取っている私はムスッとしながら彼を視界に入れた。

 しばらく静寂が続いた後、レオンは目を開けた。透き通るほど綺麗な瞳が私を捉える。


「貴女が持つものは短剣にしましょう。軽くて殺傷力がないものを用意します」

「それがいいの?」

「えぇ、貴女が重い剣を持っていたって邪魔にしかなりませんから」


 私のことを考えて決めてくれたかと思ったが、どうやら違うみたいだ。邪魔になるから短剣にするとか。そんな理由かい!と言いたくなる。

 確かに重要かもしれないが、私は人を傷付けることに抵抗があると分かってて短剣にすると言ったのかと思った。

 少し考えれば分かることだった。レオンは失礼な男だ。そう言うと思ってなければ。


「どうかしたのですか?」

「どうもしてない。ただ貴方に期待した私が馬鹿だっただけなの」

「期待、したのですか」


 私を瞳に映し出しながら口角を上げ、レオンはソファから立ち上がった。洗練された歩きで私の方へと来る。

 近付きたくない私はレオンが一歩近付く度に一歩遠ざかった。

 部屋は広いが一歩ずつ後退していけば壁に当たる。その壁に当たる数歩前にレオンが歩みを止めたので私も後退を止めた。


「どうして逃げるのですか?」

「に、逃げたいからよ!」

「誰から逃げたいのですか?」

「決まってるじゃない。貴方よ」


 プイッとレオンから視線をずらしたのがいけなかった。

 視線をずらした瞬間にレオンは空いていた距離を詰め、私の腕を掴む。そのまま数歩下がったところにある壁に押しやり、彼は私の顔を上から覗き込む。

 それはまるで獲物の油断を誘い、油断を見せたら食べてやるといった肉食獣みたいだった。


「手を離して、体を退けて!」

「嫌です」

「いや、じゃない。離して…はなしてよ」


 振り絞れるだけ力を振り絞って手を振り払おうとする。それよりも強い力で握られているので振り払われない。

 それにさっきは外で恐怖の鬼ごっこをした身だ。既に体力も力もない。

 未だにレオンは笑みを張り付けたまま私を見下ろす。私がいかに非力だと分からせるように。


「もう、いいでしょ…はなしてよ…」


 声が震え、視界がぼやける。この世界に来てから、初めて瞳から雫が流れ落ちた。

 本当は不安でいっぱいで今にも壊れそうだったんだ。私が知らない世界に私が知らない人。死ぬか生きるかしか残されない選択肢。

 もう嫌だった。もう何もしたくない。

 掴まれてない方の手で何度も何度もレオンを叩いたり、押したりした。次々と溢れ出す涙を拭くことなく、ただ彼を責めた。


「帰して、帰してよ。もう、いやだ…もう‥いやなの!」


 レオンは何も言わず、掴んでいた手を離し、体を離した。

 ずるずると壁を伝って床に座り込む。体操座りになり、膝に頭を埋めた。

 瞳から溢れ出る涙を服が吸い込み、そこだけ湿ってくる。それでも涙は流れ続けた。

 部屋に静寂が降り注ぐ。私は嗚咽を漏らすことなく静かに泣いた。


 こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

 両親が死んでも涙を流さなかった私は親戚の人から「冷たい子」と言われ続けた。それでも涙は出なかった。いや、逆に聞きたかった。どうして泣けるのだと。

 大切な人が一気にいなくなったんだ。悲しむより先に消失感が芽生えた。

 泣くより先にやることがある。何もなくなった私は泣くだけで生きられると思っているのか。いいや、生きられるわけがない。生きるためには日常を過ごさないといけない。

 親戚の家に預けられた私は陰口を言われながらも暮らしてきた。それは一人暮らしをしても一緒だ。日々を過ごしていただけだ。

 でも、一年前の誕生日。灯りが付いてない部屋を見て、私はやっと気付いたんだ。両親は亡くなったのだと、いくら私が日常を過ごしても両親は帰ってこないのだと。

 あの日だった。あの日に初めて両親が死んだことで泣いたんだ。ばったりと会った隣の男性を責めながら泣き叫んだ。

 誕生日を祝えやら、一人は嫌だやら、叫んでいたんだ。


「りいな」


 酷く優しい声で私の名を呼ぶ。その声にピクッと体が反応を示した。

 肩に温かいぬくもりを感じたかと思ったら、そのぬくもりは全身を包み込んだ。

 あぁ、酷く優しい声の主に抱き締められているんだなと分かる。酷く優しい声の主も誰だか私は知っている。だってここには彼と私しかいなかったから。


「今まで貴女が泣かなかったのが悪いのです」


 強く抱き締める彼はこの状態でも最低なことを言う。

 そこは心にも思ってなくても私を慰める言葉ぐらい言えよ。心の中で罵倒したのが分かったのか、彼は更に抱き締める力を強めた。

 抱き締める力が強いほど、苦しい。苦しくて呼吸が出来ないほど辛い。

 私を圧迫させる彼の胸を押すが、状況は何も変わらない。


「あぁ、もう少し力を強めたら…貴女は死ぬのですね。私の前から消えるのですか…弱くて儚くて、脆いものなのですね、貴女は」


 そう思っているのなら早く離して欲しい。本当に死んでしまうかもしれない。

 彼はもしかしたら、私を殺そうとしているのか。めんどくさいと分かったから殺そうとするのか。彼にとって私は価値のないものだから、いなくなってもいいのだろう。

 私の考えをあざ笑うように彼は抱き締める力を弱めた。簡単に腕から抜け出せるぐらい力が弱まる。けれど、私は彼の腕に居続けた。


「力は弱めました。今なら僕から逃げれますよ?」

「…別に。力が抜けて立てないだけよ」

「そうですか」


 クスクスという笑い声が私の耳に刺激を与える。彼の顔はどういう顔をしているのか気になったが、見ることはしなかった。

 胸に頬をすり寄せ、耳で鼓動を聞き取る。規則正しく鼓動する音を聞き、安心した。

 鬼ごっこの疲れか、それとも泣き疲れたのか、安心すると同時に眠くなる。まだ体は土にまみれて汚い状態だというのに、うとうととしてしまう。


「眠いのですか?」

「眠いけど風呂入りたい…」

「我が儘ですね」


 ふぅと息を吐いた彼にレオンに抱き抱えられ、ソファへと降ろされる。そのままの足取りでレオンはどこかに消える。

 水音が聞こえ始めたと思ったら、どこかに行っていたレオンが私が寝転がっているソファの下に膝を付く。


「まだ夜じゃなくて夕方なのですけど…」

「うん…」


 今頃気付いたが部屋には窓がある。窓から見える空は赤くなっていて、落ちようとしていることが分かった。

 ため息をもう一度吐きながら、レオンは邪魔だなと思っていた私の顔にかかっていた髪を払う。そのまま、そっと私の髪を撫でた。


「まだ会って二日ですけど、僕は貴女に興味を持ってしまいました」

「…そう」

「そうです。貴女のことが知りたいと思いました」


 にっこりと微笑むレオンを半分寝ながら睨み付ける。

 私は別に興味を持たせることなどしていない。この世界の住民ではないから興味を持っただけだろう。すぐに興味は失せる。


「だから、貴女も僕に興味を持って下さい。僕のことを知って下さい」

「……知りたいとは思わないけど」

「いいえ、知りたいと願って下さい。貴女は僕の名前を知っているのだから、僕は貴女の名前を知っているのだから…他人ではないでしょう?」

「なにそれ…」


 他人ではなかったら知る権利があるのか。他人でもなくても知らなくていいだろう。私は知りたいとは思わないのだから。

 でも、本当に知りたくないのか。本当は知りたいと思っているのではないのか。


「いやよ」


 そう思う時点でレオンの思惑通りなのかもしれないと思うと嫌だ。彼の言う通りになるのだけは絶対に嫌だ。

 うとうととしながら見たレオンは嬉しそうに笑っていた。


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