来たれサッカー部!
――新築。
なんときらびやかな響きだろう。
この春、運動部の新しい部室がグラウンドの脇に完成した。
建設中から運動部員は興奮して、「洗濯機が運び込まれた」「エアコンを取り付け中」と、設備の充実ぶりを噂し合い、ついには「畳が青い」「壁が白い」と、そんなどうでもいいことまで目を輝かせて噂し合った。その部室がついに完成。部室の内部は噂より立派で、冷蔵庫やキッチン、シャワー室、テレビまである。
「あそこに住みたい」
部屋を見た者は口々にそう言った。しかし、その数が足りない。
俺たちサッカー部にもこの夢の設備の部室が与えられたが、男子と女子で部室がひとつしか貰えなかった。一緒に使いなさい……ということだが、部室は更衣室でもあるからそれは無理だ。
「男子は草むらで着替えれば?」
「いっそ男子は廃部でいいんじゃない?」
女子部員たちに勝手なことを言われ、試合で決着をつけようということになった。もちろんサッカー対決。新築部室を賭けた、
「男子サッカー部VS女子サッカー部」
の戦いだ。
俺たちは腐っても男子! 負けるわけがないと思うだろう。しかし試合が決まったとき、女子たちからは失笑の行進。
女子サッカー部は全国大会の常連だが、俺たちはいつも初戦敗退。選手権など大きな大会で女子が勝ち進むと、学校や保護者は狂喜乱舞の大盛り上がりで、そういう時、とっくに敗退している男子は女子のサポートをしなければならない。臨時のマネージャーとなって雑用にこき使われるのだ。
そんな情けない状態だから、女子部員たちは日頃から男子部員をバカにしていて、女子よりもかなり早い練習時間を終えて帰ろうとすると、
「今日はデート? ああ、デートには一人足りないか」
などとキツイ言葉を投げかけられる。たしかに男子部員はモテないけど、あまりと言えばあまり……。今度の試合は、単に新築部室を賭けるだけじゃない。負けるにしても、いや勝ちたいが、負けたとしても、男らしい負け方をせめてしたいのだ。前のめりに倒れるみたいな。
試合は一週間後と決まった。
男子部員は七人しかいないから、それまでに少なくとも四人集めなければ十一人には足りない。それが現実だから仕方ないが、男子はメンバーから集めなければならない。
「キャプテン、女子との試合はいつ?」
と、キーパーの岸田が部室に入ってきて俺に聞いた。
「なんとか一週間後にしてもらったけどさあ、それまでに部員を集めて練習しないとな……」
俺は頭を抱えた。今、使っているこのボロ小屋のような部室は、もうすぐ取り壊される。女子は人数が多いから余っている教室を部室として使っていて、だから俺たちが新しい部室を貰える思っていたのに、そんなに甘くなかった。このまま試合に負けたら男子は行くところもなく廃部かも……。
「あれ? そういえばキャプテン、メンバーが集まらなければ女子がメンバーを貸してくれるって言ってなかった?」
「貸し出しメンバーね……。言ってたけどさあ、女子をメンバーに入れてもなあ。へたすりゃこっちのゴールを狙ってくるよ。自力でメンバーを探さないと」
前途多難……。
そんな時、新しい問題が起こった。ディフェンスの山崎と近藤が、男子サッカー部を辞めて女子サッカー部のマネージャーになると言う。よりにもよって敵対してる女子部のマネージャーだ。しかも男子が。
「山ちゃん、コンちゃん、どーいうことよ!?」
まるで意味がわからなくて二人に問いただしても、二人は要領を得ないことをぶつぶつ言うだけでラチが開かなかい。だがしかし、二人はだらしない笑顔をときどき浮かべるのでピンときた。
「……お前らってさあ、彼女とかできた?」
「え……。それは……」
動揺してる。図星のようだ。
「バッカじゃねーの? その彼女って女子サッカー部のやつだろ!?」
「そ、そうだけど、偶然だよ。……なあ」
「う、うん」
山崎も近藤もしどろもどろだ。これはもう、女子のあからさまな破壊工作。こっちはまともに試合をしても勝てるかわからないのに、さらに念を押すように男子サッカー部を壊しにきた。どうしても新築部室が欲しいようだ。
「お前らって彼女ができたことないのに、急に女子部の彼女ができたっておかしいと思わない? 向こうが男子部を分裂させようとしてるんだよ。二人とも女子部のマネージャーになるんだろ? 男子部に戻らないように監視するつもりだよ。彼女なんて名ばかりで、雑用とかやらされるんだよ。もう、ほとんど奴隷」
「そんなことないよ……。マネージャーになるのは、少しでも一緒にいたいからって言われて……。それに俺、キスだってしたんだぜ」
山崎がボソッと言った。
「キスぅ!?」
そこまでするか女子部員。
「コ、コンちゃんもキスした?」
「……うん」
驚いた……。色仕掛けもそこまで手が込んでるなら見事だ。そんなに新築部室が欲しいか女子部員。
二人にもっと文句を言おうと思ったが、山崎も近藤も心ここにあらずのボンヤリ顔。すでに心は花園に飛んでる。俺はニヤける二人に言ってやった。
「勝手に行けよ! お前らなんかもう、友達じゃねーよ!」
サッカー部に残っていた七人は一年の頃から一緒のメンバーで、絆だけは強いと思っていたからショックだった。女子に友情までが壊された。
もう終わりかも……。
新入生だって弱いサッカー部を嫌って入らないのに、今さらメンバーなんて集まるわけがない。世間のサッカー部のイメージが「かっこいい」かどうか知らないが、この学校では「モテない。ノー運動神経」それが我が男子サッカー部。華やかな女子サッカー部の影に隠れる存在。遊びでテニス部とサッカーをしても、負けてしまうくらい情けない俺たち。
――その後、色々あたってみたが、やっぱり新しい部員は見つからなかった。ため息が出る……。途方に暮れてボロ部室に行くと、残りの男子部員が揃って俺を待っていた。嫌な予感しかしない……。
「……なに?」
「俺たち、彼女ができたからサッカー部を辞めます!」
みんなは声を揃えてそう言った。……うん、終わった。
「岸田、お前もか?」
「ごめんね。俺たちさあ、みんなで女子部のマネージャーに再就職するから」
笑えない冗談だ。
「……お前らってさあ、キスとかしたの?」
そう聞くと、みんなは一斉に顔を赤らめた。お前らは、キス一回でサッカー部と俺を捨てたのだ。
「キスってさあ、一回だけだろ? しかも極めて軽いやつ」
図星のようでみんなは黙った。そりゃそうだ、女子部のやつらは偽装の彼女になるのだから、何回もキスはしたくない。お前らの付き合いは、一生それ以上の進展がないまま終わるんだよ。
そんな俺の考えを読んだように岸田が、
「キャプテン、サッカー部を辞めるのは申し訳ないと思うよ。でもさあ、こんな機会でもなきゃ、俺たちに彼女なんかできないよ」
「はあ? お前、どうして彼女が突然できたか知ってるわけ?」
「知ってるよ。男子部を壊そうとしてるんだろ? だから向こうだって……俺の彼女、二年生の内田佳奈ちゃんって言うんだけど、佳奈ちゃんも、試合が終わるまでは彼女のふりをしてくれると思うんだよ。それまでに佳奈ちゃんの情が俺に移って、試合が終わっても俺と付き合ってくれるかもしれないだろ」
「佳奈ちゃんねえ……」
岸田の話を聞いて、他のやつらは静かに頷く。そんなに思いつめるほど、お前らは彼女が欲しかったのか……。もう俺は岸田の願いが通るように応援したい気持ちになった。がんばるんだよ、バカでモテない君たち。
男子部はすでに崩壊。いっそ俺にも彼女を送って、きっちり男子サッカー部を消滅させればいいのに。そうすれば、俺だってキスができるかも……。いンや、俺はそんなこと少しも考えていない! こうなりゃ玉砕! 女子サッカー部から助っ人を十人借りて試合をしよう。その十人はもちろん実質は敵で、試合となったら俺を裏切る。俺は一対二十一で戦う。男の散り方を見せてやる。
試合が三日後に迫った。
一年生の新島美絵ちゃんという女子部の連絡係に、「来てください」と言われて付いて行ったら、女子部の一年生ばかりが十人集まっていた。
「先輩、よろしくお願いします!」
「……どうしたの?」
「私たち、メンバーなんですけど」
一瞬、意味がわからなかったが、すぐに彼女たちが女子部からの貸し出しメンバーだとわかった。
「キミたちが……」
ちょっと驚いた。試合当日にメンバーが貸し出されると思っていたら、試合まであと三日もある。これでは練習まで出来てしまうではないか。それだけではない。彼女たちは女子部員だから敵のはずなのに、「先輩、がんばりましょうね」なーんて、かわいい笑顔で言ってくれる。
「……君らって俺を裏切らない? あの……女子部員だから、本当は俺と一緒に戦うのは嫌でしょ」
「そんなことないですよ」
一年生たちは口々に戦う意欲をしゃべる。これはどういう……。戸惑ったが、試合となったら向こうは三年生中心のレギュラーメンバーで来る。補欠の一年生とやっても難なく勝てるだろう。男子の俺が一人混ざっても実力はほとんど変わらない。そう判断したのかもしれない。あるいは向こうからしたら、男子部員の引き抜きに成功して、新築部室問題はすでに解決済み。単なる新一年生たちとの練習試合のつもりかもしれない。
「君らってさあ、今度の試合で勝った方が新築部室を使えるって知ってるの?」
「ほんとうですか!?」
一年生たちはざわめいた。
「じゃあ、勝てば私たちが部室を使えるんですか?」
美絵ちゃんが、俺に突っかかるように聞いてきた。美絵ちゃんは、唯一俺と面識のある女子部の一年生で、グラウンドの使用順とか、そういう女子部との雑用の連絡で、たびたび男子部のキャプテンの俺のところに来る。「美絵ちゃん」とみんなから呼ばれてる彼女を、俺もどさくさでそう呼んでいた。結構かわいい……。
「使えるんですよね?」
美絵ちゃんが、頬を紅潮させて俺の顔を覗き込んだ。
「……いや、キミたちが使うんなら、試合に勝っても負けても部室は女子部のもんじゃない。こっちが勝ったら男子のもんだよ。まあ……でも、もしも勝ったら、キミたち一年生は使ってもいいけど」
「うわーっ!」
一年生たちから歓声が上がった。
どうせ試合には勝てないから、どんな約束をしてもへっちゃら。それより気になるのは、さっきから美絵ちゃんが俺の腕を引っ張るように両手で掴んでることだ。話すときの癖なのか、今なんか俺と腕を組んでるみたい……。
「部室って、冷蔵庫とかあるんですよねー、先輩」
美絵ちゃんが俺の手を引き、大きな目にきらきら光りを反射させて言った。……ちょっと、あいつらの気持ちがわかった。美絵ちゃんに告白されたら、それが嘘だとわかっていても、俺も女子部のマネージャーになるかもしれない。しかもキスのおまけ付き……。
「先輩?」
「う、うん。なんでも揃ってるよ。エアコンもあるし、シャワーも使える」
「いいですねー。でも部室というか、私たち、今度の試合で女子サッカー部の先輩たちに実力を認めてもらいたいんです」
「そうなの……」
一年生たちの決意がどういうものかよくわからなかったが、意外とやる気の一年生たちに光が見えた気がした。男子サッカー部の破壊工作が上手く進んで、隙を見せたとしか思えない。ちょっとやる気が出てきた。女子部の連中からしたら、ひよっ子一年生に囲まれて右往左往する俺を笑い者にするつもりだったのかもしれないが、これなら一応試合らしくはなる。貸し出し女子メンバーにあからさまに裏切られたら、スコアは「50対0」になるかもしれないと心配していたところだ。まあ、接戦になったら、この一年生たちも俺を裏切るだろうが……。
俺は、一年生の女子を引き連れてグラウンドに繰り出した。「元」男子サッカー部のバカどもが、グラウンドで女子部のボールを磨いてる。
「じゃまだよ、お前ら!」
「あれ? キャプテン、女子サッカー部の控えのコーチになったの?」
「ふざけんな! お前らと一緒にすんなよ。彼女たちが男子サッカー部の新メンバーだ」
「……だって、その一年生たちって女子部の補欠でしょ」
「俺は、この一年生たちと女子部をぶっ潰す!」
当てつけに元サッカー部の連中に言ったのだけど、それを聞いていた美絵ちゃんに、
「女子部をぶっ潰すんですか?」
と言われた。
「潰すっていうか、一試合だけね……」
そういうわけで練習をはじめた。
一年生たちの動きは素早い。キビキビと小気味よく動く。
女子部のレベルは思った以上だ。三年生中心のレギュラーメンバーなら、当然もっとすごいだろう。はっきり言って、この一年生と戦っても、元の男子部員では勝てそうもない。いつもバカにしてるくせに、女子部の連中は俺たちを男子だからと買い被り過ぎだ。一年生たちがメンバーになったことで、予想外の戦力アップ! まあ、俺を喜ばせて、試合となったら一年生たちに裏切らせて俺を笑い者にするパターンかもしれないが……。
「君たちって、中学生からサッカーをやってたの?」
そう聞くと、彼女たちはほとんど同じ中学からサッカーをしている仲間で、中学生の時には全国大会で優勝したという。まじか……。そういえば聞いたことがある。さすがは名門女子サッカー部で、部員の気合いからして違う。なんか、女子部のやつらはこんなのばっかり……。
意外だったのは、この一年生たちは俺の言うことをよく聞いてくれることだ。三年生の俺の言うことを聞くのは当然だが、日頃、女子部の連中に軽く扱われてるから、一年生にもバカにされてるかと思った。
俺はドリブルやトラップが得意で、練習に不熱心だった他の部員をよそにいつも一人でその練習をしていた。その技を教えると、一年生たちは真剣な眼差しで俺の話しを聞き、
「はいっ」
と元気な返事をして教えた運動を繰り返す。これには感動。今まで俺の指導をこんなに素直に聞いてくれた者は男子にもいない。
ついに、試合当日となった。
グラウンドに行ったらすでに女子部が揃っていた。土曜日の午後、この青空の下で残酷な試合が始まろうとしている。女子部員はジャージを着て練習と同じ格好だが、俺たちは試合用のユニフォームに身を包んでいた。オレンジ色の派手な女子の試合用のユニフォームと違って、男子は白を基調とした地味なものだ。それを一年生の女子たちに着せるのはかわいそうだが、男子サッカー部のユニフォームを着せることで一年生たちが俺を裏切りづらくなるかもしれないという計算があった。それに、この試合に負けたら男子は廃部かもしれないから、最後の男子サッカー部のユニフォームの披露になるかもしれない。そういう意味もある。
「そのユニフォーム、恥ずかしい?」
美絵ちゃんにそう聞いたら、笑顔で首を横に振ってくれた。
この三日間、練習を一緒にして彼女たちの気持ちがわかってきた。彼女ら一年生の実力は相当なものなのに、一年生からレギュラーに一人も選ばれないのに彼女たちは不満を持っている。彼女たちなりのプライドがあって、自分たちを最初から補欠メンバーとしてしか扱わない女子部の先輩に軽い恨みがあるようだ。小さなわだかまりかもしれないが、きっとこの子たちは真剣に俺と戦ってくれる。そう信じるしかない。
「――ピーッ!」
ホイッスルが鳴り、男子サッカー部対女子サッカー部の新築部室を賭けた試合が始まった。フィールドにいるのは女子だらけで、男子と女子で部室を賭けると言っても茶番に思うだろうが、俺は真剣だ。とにかく、最後に残った俺だけでも一生懸命やらなければ、すべてに対して申し訳がない。万が一、試合に勝って新築部室を手に入れたとしても、部員がいないから廃部は免れない。負けたら男子サッカー部は廃部というか部室もないから自然消滅で、どちらに転んでも明日はない。
試合が始まって、一年生たちから俺におもしろいようにボールが集まった。俺がスルーパスを出すと、フォワードの美絵ちゃんがスルスルと前に動いて……シュート!
ズバッ!
と、あっさり1点目を俺たちが取ってしまった。
「キャーッ!」
喜ぶ一年生たち。喜んで俺に抱きついてくる彼女たちに戸惑ったが、遠慮気味に抱擁を返した。一応、一年生たちと速攻中心で試合の作戦を決めたが、まさか本当に点が取れるとは……。
試合はそのまま、
「1-0」
のリードで変則の前半三十分ハーフが終わった。ハーフタイムに一年生たちは興奮を隠さない。きゃーきゃー笑い合っていて、なんてかわいい……。
そして、運命の後半三十分ハーフが始まった。
みんな、ありがとう……。もういいよ。
一年生たちは、恐い女子部の先輩に意を含まれているんだろう。ここからは俺を裏切ってもいい。俺はみんなを恨まない。もしかしたら、一年生たちは俺を裏切るつもりがないかもしれない。だが、もしもこのまま勝ってしまったら、彼女たちの立場がない。女子部はあんなに手の込んだ部員の引き抜きをして男子部を追い込んだ。どうしてもあの新しい部室が欲しいのだ。勝ってしまったら、一年生たちは今まで通りの女子サッカー部の一員ではいられないだろう。一年生たちのお陰で女子部に一矢を報いることができた。それだけでもう十分だ。
俺は故意に運動量を低下させて緩慢に動いた。しかし、それでも一年生たちは司令塔の俺にボールを集めてくる。俺が隅の方にひっそり移動しても、そこにパスが飛んでくる。
「先輩、ケガですか!?」
美絵ちゃんが俺に駆け寄ってきた。
「うん、ごめん……」
「隅で休んでいてください!」
美絵ちゃんは疾風のように駆けて行った。その背中に、
「もういいよ……」
と声をかけたが、美絵ちゃんは不思議そうな顔を俺に向けただけだった。もういいのだ。俺がケガをしたことにすれば、彼女たちも負けやすいだろう。本当にありがとう。俺は君たちに感謝してる。
俺がゲームに参加しなくなってバランスが崩れた。徐々にプレッシャーを掛けられ、こっちは守りで精一杯。それでも僅かの隙に前に走った美絵ちゃんにパスが通る。誰もあの素早い娘に追いつけない。最後は軽いステップでキーパーまでかわし、美絵ちゃんの放ったシュートは無人のゴールに突き刺さった。
わっ
という動揺がフィールドを舞う。あんなスピード見たことがない。笑顔でほかの一年生たちと喜ぶ美絵ちゃんに、俺も駆け寄ろうとした。そのとき、
「ゴーゴー女子部! ゴーゴー女子部!」
と、野太い声援が女子サッカー部に向けて上がった。今は女子サッカー部のマネージャーと化した、元男子サッカー部のやつらだ。なんという無神経。今は、例え敵でも美絵ちゃんに拍手を送るべきだ。「ゴーゴー女子部」と、いつまでも連呼する声を聞いて無性に腹が立った。お前らなんかもう、謝ったって絶対にサッカー部に戻さない!
「うおおおおおーっ!」
俺は一年生に加わって女子サッカー部を攻めた。もうケガの振りなんかしていられない。
しかし女子部も必死で、ボールの支配率は向こうが完全に上回った。後半になって一年生たちの運動量が落ちたのも原因で、ついに女子部に1点を返される。
スコアは「2-1」
でも、一年生たちがわざと点を取られたわけじゃない。彼女たちは必死に戦ってる。あんな「ゴーゴー女子部」なんて軽薄に言ってるやつらとはわけが違う。
残り時間五分となって、ついに女子部に2点目を返された。
スコアは「2-2」
サッカーは追いつかれた方が不利と言われている。勢いに乗る相手を止められない。しかし一年生の執念ともいえる活躍で、最後の女子部の怒涛の攻めを防いだ。
同点で試合終了……!
みんなは2点リードを追いつかれたが、最後の攻めを守りきって、同点という結果に満足しているようだ。俺も一年生たちのすがすがしい顔を見て満足だった。
引き分けだったが俺たちは負けなかった。新築部室なんかもうどうでもいい。試合に勝ったとしても、部員がいないからどうせ女子部に取り上げられる。あんなもの、勝手に使えばいい。
「早くして」
と、俺は女子部員に呼ばれた。
「PK戦……?」
女子部は決着をつけたいようだ。
PK戦は五人が順番にシュートを蹴って、そのゴール数で勝敗を決める。やるしかしょうがない。
女子部の最初のキッカーは、あっさりとPKを決めた。決めて当然、みたいな顔がシャクに触る。その女子部員が引き上げざまに俺たちの最初のキッカーの美絵ちゃんに声をかけた。
「わかってるね」
というその口の動きを、俺はハッキリ見てしまった。
泣きそうな顔で美絵ちゃんが俺を見る。さっきから、女子部のやつらが一年生たちに鋭い視線を送っているのも気になる。「お前ら、なにやってんの?」という感じか……。それはそうだ。俺だって、一年生たちがどうしてこんなに男子のために戦ってくれるのか意味がわからない。
俺は美絵ちゃんのところに走った。
「美絵ちゃん、大丈夫?」
「先輩、すみません。私……」
「いいよ……。PKは飛行機を落とすつもりでさ、空に向かっておもいっきり蹴りなよ」
「えっ?」
外せ……という意味だ。
一年生からしたら、男子部というか、一人ぼっちにされた上にボコボコにされようとしてる俺がかわいそうだったのだろう。だから一緒に戦ってくれた。でも、もう十分だ。
「……先輩、飛行機を落としたら問題になりますよ?」
「なら、鳥を落とすつもりで空に蹴って」
「今夜は焼き鳥ですね」
「うん、なるべく鳩を狙ってくれ。カラスは筋があって嫌だ」
「うふふ……」
脱線する会話に、美絵ちゃんは苦笑いした。
――ピーッ!
少しの静寂のあと笛が鳴り、美絵ちゃんがPKを蹴ると、ボールはゴールの左上に見事に決まった。
「きゃーっ!」
歓声を上げて喜ぶ一年生。青い顔の女子部員……。
外そうとしたのが間違って入った?
と思ったら、美絵ちゃんは右手の人差し指を突き出し、得意そうな顔で俺を見た。
「ふっ……」
なんだか楽しくなってきた。
入って当たり前と言われるPKだが、やってみると難しい。が、向こうもこちらも難なく決め続け、ついに最後のキッカーの俺の番となった。祈るように俺を見る一年生たち。俺が外せば試合終了で、もちろん俺たちの負け。俺は慎重にボールをセットした。
どうする……?
わざと外そうか、正直迷った。これを外せば試合には負けるが、一年生たちの立場を救うことができる。入れば延長PKで勝敗はわからなくなるが、負けるのであれば俺が外して負けるのがいい。だがしかし、それは俺が一年生たちを裏切ることにならないか……。
「先輩、私たちに構わず入れてください!」
美絵ちゃんの声が聞こえる。ああ、ムキになる子だなあ……。おそらく、一年生たちは試合前に裏切りの指令を受けていたのだろう。それを潔しとせず、最初から俺と一緒に全力で戦うつもりだったのだ。
ピーッ!
俺は走り込んでボールを蹴った。ボールは大きく逸れ、ゴールポストの遥か上を通り過ぎていった。
男子サッカー部のボロ部室に、元の男子部員が揃って戻ってきた。
「あなたたち、どなたですか?」
それ以外にかける言葉を俺は知らない。こいつら、どのツラ下げて戻ってきた。
「キャプテン、申し訳ありませんでした!」
岸田をはじめ、ほかの連中も揃って俺の前で土下座した。
「芝居くせえ……。お前ら、その土下座も練習してきたんだろ」
「キャプテン、俺たち戻ってもいいでしょ?」
「お前ら彼女はどうしたの? ふられた? あたりめーだバカ。岸田もだろ」
「うん、だめだった……」
「そりゃそうだ。彼女は普通の手段で見つけろよ。裏切り者が栄えた試しはねー。お前らの人生ノートにそう書いとけよ。アンダーラインも忘れずにな」
痛々しくてちょっとかわいそうだったが、簡単にサッカー部に復帰させるわけにはいかない。少なくともしばらくはダメだ。癖になる。
男子サッカー部のボロ部室は、顧問の先生に頼み込んで取り壊しを待ってもらえることになった。ここから、男子サッカー部を復活させるしかしょうがない。
「キャプテン、あのPKってわざと外したの?」
まだ許してないのに、岸田が椅子にふんぞり返って俺に聞く。
「うるせー、お前に俺の気持ちがわかるか」
殺風景だった部室に花が飾られている。一年生がやったものだ。あれから一年生の女の子たちが遊びにくるようになり、部室が急に華やかになった。美絵ちゃんなんか、毎日のように顔を出す。
一年生たちは上級生とギスギスしてるそうだが、彼女たちはしたたかで、表面上は、
「勘違いしてました!」
と言って謝ったというし、新築部室は女子部のものになったのだから、なんとかなるだろう。
とにかく、来たれサッカー部! まだまだ俺は、ここでがんばる。