よくある行事で…よくある恋愛で…(桃編②)
こちらは前投稿の「桃編①」の続編です。
初めて読まれる方はそちらから読んで頂けると嬉しいです。
※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。
桃が本当の両親の元へ行ってから、三週間の月日が経った。
谷原蒼と美鳥はそのことが寂しくて、やる気が出ない状態が続いたものの、桃と学校で会った時にそんな情けない姿を見せるわけにはいかないという理由で気丈に頑張っていた。
しかし人間は不思議なもので三週間も経つと二人でいることに慣れていた。
そんな時、蒼は幼馴染の中村葵からメールが届く。
内容は素っ気ないもので、『昼休みに屋上に来て』という一文だけ。ただ、そんな一文でも普段のメールとは何か違うオーラを蒼は感じた。そのオーラの根拠は全くない。なんとなくそんな気がするだけなので、もしかしたら大した内容ではないのかも、と思っていたのだが、美鳥にも同じ内容が届いたので、かなり真剣なものだと分かる。
本来は美鳥も行くはずだったのだが、急な生徒会の呼び出しがかかったので、蒼は一人で行くことになった。
扉を開けると、すでに葵の姿があり、メールで感じたように暗い表情。
「よう、いったいどうした? 急に呼び出して」
何気ない感じで普段通りに葵に話しかえる蒼。
しかし葵の表情は一刻を争うように余裕が感じられなかった。
「ごめん。でも急がないといけないような気がして」
葵が何を言いたいのか蒼にはまったく分からない。
ただ事態は緊迫していることだけは分かる。
「何かあったのか?」
「最近、桃ちゃんと話した?」
「いや、俺は会わないな。そもそも桃自身が家にも遊びに来ないし…」
「やっぱり。ということはみーちゃんもだよね?」
「たぶんだけどな」
葵はため息を吐いた。
その様子はまるで自分たちが桃への関心の無さに呆れたような反応。
「あのね、桃ちゃんの様子が最近おかしいんだ」
「様子がおかしい?」
「うん。なんか人間不信ていうわけじゃないと思うけど、誰かが近寄ると過敏になってるの。あと、口数も減ってる」
そのことを聞いただけで明らかにおかしいことが蒼は理解した。
元々、桃は人見知りをする性格ではあるけれど、他人と早く友達になりやすいタイプでもある。クラス替えなどがある四月にはそういう兆候がたまにあるのだが、この時期にその反応はおかしい。それよりも口数が減るっていうのも不思議な状態だ。
でも、それは慣れない環境に行ってしまったっていうのもあるので、その影響かもしれないと考えるならば自然なのか知れないのだが…。
「それって、つい最近か?」
「ううん、一週間前には出てたかな」
「そんなに経ってるのか」
とりあえず蒼は今日にでも話を聞いてみることに決めた。
桃のことなので、無理矢理にでも話しかけないと、いつまでもそのままになることは分かっている。基本的に弱みを自分の口からは言わないからだ。
だいたいの女の子がそういうタイプだと思っても問題はないと思うが、桃の場合は頑固な部分がさらに拍車をかけて、余計に口を閉ざしてしまう。
「教えてくれて、ありがとな」
「むしろ今まで教えなくてごめん。桃ちゃんに口止めされてたんだよ。それに私も環境が変わったせいもあるかもしれないって思ったし…」
葵は謝るように頭を下げつつ、後悔していたようだった。
(もっと早く蒼たちに報告してれば、こんなのことにならなかったのかもしれない。口止めされてもそこは無理をするべきだった)
そんな心の声を上げていた葵に対してのフォローの言葉があまり見つからず、かけれる言葉はこれが限界だった。
「葵が悪いわけじゃないから大丈夫だって」
「ありがと、そーちゃん。私も友達に呼ばれてることあるから行くね」
「おう、じゃあな」
蒼は急いで出て行く葵の後ろ姿を見つめながら、桃と『ある人物』を重ねてしまっていた。
その人物とは佐藤恋だ。
彼女も去年、そういう時期があった。悪い噂と共に。
ただ、あの時は友達ということで気が楽だったこともあり、普通に接することが出来たのだが、今回は身内の問題なので自分もムキになってしまう可能性がある。なおさら用心しないといけないのだ。
「なんだか、面倒なことになってるな。っと、報告報告」
美鳥に葵から聞いたことを教えてくれ、と言われていたので、蒼はその内容を簡潔にメールに打ち込み、送信した。
蒼はその日の帰りに校門で桃が出てくるのを待つことにした。
美鳥に報告のメールを入れ終わった後に、『一緒に帰ろうぜ』と桃にもメールを入れただのが、返事は来ない。まだメールを見ていない可能性もあったが、放課後を過ぎ、部活をする前にもその返事が来ないというのは余計におかしすぎる。
そもそも帰宅部の自分と部活に入っている桃が一緒に帰れることなどほとんどありえない。昔と違って、家も違うのだ。だから『無理』という返事ぐらい来てもおかしくないはずなのに、その返事すら出来ないほど弱っている。くだらないメールにもちゃんと一回は対応してくれる桃に限って、返事をしないというのが信じられなかった。
「はぁ、一回帰ればよかったかも」
蒼は授業が終わってずっと待ち続けていたので、さすがに足が辛くなってきたため、校門の壁にもたれて、そうため息を漏らした。
入れ違いにならないようにずっと待っているというのはこれほど疲れるとは思ってみなかったのだ。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「おう、待ちくたびれたぞ」
桃はびっくりした顔で蒼を見た。
その反応は蒼の予想通りのもの。
なんでここにいるんだろう、という表情だ。
そう思うなら、メールぐらい返せよ、と言いたくなってしまった。
「別に待ってくれなんて言ってないし。っていうか、約束してないじゃん」
「お前がメールを返さないから悪い。ほら、帰るぞ」
「今は家が違う」
「良いから、俺たちの家に来い」
蒼は桃の腕を無理矢理掴んで、引きずるようにして、自分の家へと向かう。
もちろん桃は抵抗するが、掴んでいる腕を振りほどくことはしないので心の底から嫌がってないのは分かる。
「放してよ! バカ兄貴!」
「バカだから今のお前が心配なんだろうがよ! お前の兄として俺は生きてきたんだぞ。一緒に暮らしてなくたって、お前の兄であることには変わりはないんだよ!」
「分かってるよ、そんなことぐらい!」
桃は一瞬、泣きそうになっていたことは腕から伝わってくる。
(なんでこうやって心配するの? いつも私が辛い時にこうやって助けてくれてさ。心配かけないようにしてた自分がばかりみたいじゃん)
振り返り、ついでに桃の心を読むとそんなことばかり考えていたが、張っていた糸を少し緩めたようで、反抗しなくなった。
蒼は無理矢理引きずっていた手を放して、二人で並んで歩いた。
ひとまず家に着くと、自分の部屋に招き入れる。
話す内容は間違いなく居間などで話せれるような内容ではないと分かっていたからだ。
桃は懐かしそうに部屋を眺めた後、いつものようにベッドに座った。
「いったい何があったんだ、桃?」
「慣れない環境だから、疲れてるだけだよ?」
「そっか、じゃあなんでお前、泣いてるんだ?」
え、というように桃は自分の頬を触る。
蒼はその様子を見ながら、ため息を吐いた。
どれだけ辛いことがあったのかは分からないけれど、この家に着いて、自分の部屋に入るだけで感情が揺らぐってことはかなりのことだったんだろう。もう環境がどうとかではないことなのは目に見えていた。
それに心を読める蒼には感情に出なくても、心が助けを求めていることはさっきのことからわかっていた。
桃がどう反論したとしても蒼には意味がない。
「お兄ちゃんのバカ。やっぱりここに来るんじゃなかった!」
「はいはい、そうだな」
蒼は感情が一気に涙として溢れ出始めた桃を抱きしめて、頭を撫でた。
子供の頃、よくしていた行為。
そのおかげでこうやって誰かが泣き始めると自然とこうしてしまいそうになる。癖になってしまっているからこそ、自然とそうしてしまう。
何分ぐらい泣いたか分からないけれど、落ち着いたのか桃は蒼から離れる。
校門で会った時よりも顔色が少しだけ良くなっていた。
「はぁ、やっぱりバレたか」
「バレないと思ってるお前が異常なんだよ」
「バレるついでにこれも見てよ」
桃は素直に自分の身に起きたことを話すために制服を脱ぎ始めた。しかし途中で、恥ずかしさが増したらしく、慌てて背中を向ける。
何を見せたいのか蒼には分からなかったが、前から服を脱ごうが、後ろから服を脱ごうが恥ずかしいのは本人の問題じゃなかった。問題なのは服を脱ぐ行為なのだが、本人は遠慮なく、制服を全部脱ぎ、ブラだけの姿になり、背中を見せる。
蒼はその後ろ姿を見て、言葉を失くした。
「こういう、ことか。お前が傷ついてた理由…」
「うん」
桃の背中に痣となって残っている無数の傷跡。
つまり虐待されていた。
たった三週間でこれかよ、と蒼はショックを受けた。
同時に殺意に近い怒りも湧いた。
「私って不器用だからさ、懐けなかったんだよ。本当の両親って言っても、ほとんど知らないようなもんだし…、ここにいるお姉ちゃんやお兄ちゃんとの方の思い出が強すぎてさ。だから一ヶ月って条件であっちに行った。絶対にここに戻るつもりで。それがね、表面に出てたみたいでさ。やられちゃったよ」
桃は友達とケンカしてしまった時に言うように話しながら、制服を着た。
蒼はその説明を聞きながら、後悔していた。
あの時に止めておけば良かった、と。いくら両親や美鳥が桃の気持ちに任せようとしたとしても自分だけでも止めておけば、こんなことにはならなかったはずだ。
「後悔しないでよ。私の幸せを望んでたんでしょ?」
蒼が本気で後悔して、怒っているのが桃にも伝わっていた。
なぜなら蒼が今までに見せたことのないような険しい顔つきをしていたからだ。
「悪いな、桃。これからお前はこの家に軟禁だな」
「両親にケンカ売るつもり? っていうか軟禁でも監禁みたいなことは止めてほしいんだけど」
「ははっ、学校にはちゃんと通えるんだし、文句ないだろう?」
「うん、ないよ。あるわけないじゃん」
「心配すんな、守ってやるから。ただ、みーちゃんにそれは見せるな」
「分かった」
美鳥が桃の身体に付けられた傷を見れば、勇気たちを殺しかねないと蒼は思った。
ショック過ぎて、倒れるぐらいならマシだが…。
それほどのインパクトがあるのだ。
その感情を抱いた自分がそういうのも間違っていると思うが、今はとりあえず気持ちを落ち着けることにした。
唯一、救いがあるのはさっきまで暗かった桃が嬉しそうに笑っていたことだけだった。
夜、蒼は勇気たちが住んでいるアパートへと向かった。
住所は念のために教えて貰っていたのだが、今まで訪れなかったのは家族の団欒をしたくなかったためだ。
今回訪れたのは、もちろん桃のことについて話すためだ。
本来は父親に任せた方がいいのかも知れない。でもそれ以上に桃への扱いに対しての苛立ちが消せ切れなかった。
美鳥と桃は蒼が出かけたのは知っている。しかし、コンビニに行くと嘘をついて、ここに来るということは教えなかった。理由は危険にさらしたくないからだ。もしかしたら気付いているかもしれないが、そんなことは今さらどうでも良かった。
家の前に着くと、二回ほど深呼吸し、気持ちを抑える。
すぐにでも怒りが爆発しそうだったから。
そして、チャイムを鳴らす。
チェーンロックされた状態で、ドアが開き、茜の顔が少し見える。
「あの、すいません。蒼です。桃について話に来ました」
「ごめんね、まだ桃は帰って――」
「ないですよね、家にいますから」
茜が穏やかな声で言うが、威嚇するように蒼が言う。
茜の顔色が一瞬変わるのを蒼は見逃さない。
表情から全部バレてる!?、というような表情が浮かんでいた。
「勇気さんいますよね。もう七時ですし、話し合い良いですか?」
「え、えぇ」
茜は拒むことが出来ないと思ったらしく、蒼を中に素直に入れた。
お邪魔します、と一言発して、茜の後を着いていく。
リビングに行くと、勇気は晩酌をしていたようで、蒼が来たことについて少し驚いていた。
その驚きようから、いったい何を言いに来たのかを理解しているような感じなのも分かる。
「のん気なんですね、自分の子供が遅いのに」
「言い方がキツいね、桃だって高校生なんだから帰りが遅い時だってあるよ」
「へー、俺たちと暮らしてるときはそんなことありませんでしたよ? 別に早く来いとも言ってなかったけど」
蒼は自分で理性を抑えられてないことが分かった。
一言一言に棘が出てしまう。
胸の中に湧き出てくるこの殺意に近い怒りが、すぐにでも理性をふっ飛ばしそうな勢いで溢れ出している。本当はもうちょっと落ち着いて話をしたいと思っているのに、それを許してくれない。
そんな蒼の心中を察しているのか、勇気の方もケンカ腰になりつつあった。
「ガキのくせに大人に偉そうなこと言ってんじゃねーよ! 最近のガキはどいつもこいつもよぉ!」
「んだよ、桃があんたらに簡単に懐かなかったのが、そんなに悔しいのかよ!」
「はっ、最初からあの家に帰る気満々だったんだろうがよぉ! 俺たちは本当の親なんだぞ! だからしつけてやったんだよ! お前らに似たから、あんな生意気な性格になったんだろ!? 違うのか!!」
蒼はキレた。
生まれて初めて。
簡単に、そして勝手に手が出た。
思いっきり勇気の顔を殴りつける。
「ざけんなよ! しつけと暴力は違うんだよ! お前らは親でも何でもねえよ! ただの腐った人間だろうが!!」
目の前にあったテーブルを思いっきり蹴飛ばす。
もう何がどうなろうと正直どうでも良かった。
ただ桃を守りたい。
その一心で蒼は勇気の上に乗っかり、そのまま殴り続けた。
勇気も反撃するかのように蒼を蹴飛ばす。
そのまま二人はもみ合いになりながら、転がり、蒼が上になった時、勇気に強烈な一撃を食らわしてやろうと手を振り上げた時に頭に衝撃が走る。
蒼は完全にもう一人の存在を忘れていた。
怒りで周りが見えていなかった。
だから茜がゴルフクラブで自分の頭を叩いた、と気付いたのは叩かれた後だった。
頭の痛みを抑えつつ、反撃しようとするも勇気の蹴りが運悪く鳩尾に入り、一気に行動が出来なくなる。
それからは勇気と茜のやり放題となっていた。
頭だけはなんとか庇うようにしながら、蒼は耐えた。たまに鈍い音がし、激痛が走り、涙が出そうになったが助けだけは絶対に求めない。それだけはプライドが許さなかったからだ。
必死に耐えながら、やがて目の前が暗くなっていき、蒼は気を失った。
「ねぇ、お兄ちゃん大丈夫だよね? 意識、ちゃんと戻るよね?」
「戻るよ。先生も今は眠ってるだけって言ったでしょ?」
弱々しい声が蒼の耳に入ってきた。
声の主は分かっている。
美鳥と桃だ。
なんで泣いているのかは分からないが、とりあえず 謝ろう。
理由を聞くのは、その後でもいい。
そう思い、身体を起こそうとするが激痛が走るのみで自由が利かない。
「あ、動いた」
「うんうん」
美鳥と桃が泣き声のような感じが聞こえるが、身体の自由が利かない理由を確認するために蒼は目をゆっくり開けることにした。
思ったとおり、開けようとすると眩しすぎて目が開けにくい。
何度か瞬きをして、目を開けると左から二人の顔が入る。
バカみたいに涙を流していた。
拭おうともせずに垂れ流しだった。
「だ…だらじ、な゛い゛…がら……な、みだ…ふげ、よ」
声も上手く出せない。
蒼は自分の状況がもどかしくて仕方なかった。
「心配かけといて、それ言う!?」
「お兄ちゃんのバカ! 無茶しないでよ、あと少し…一週間で私は戻れたのに。だから我慢してたのに、こんなお兄ちゃんがボロボロになったんじゃ…私が頑張ってた意味がないじゃん!!」
蒼には桃の言っている意味がよく理解できなかった。
頭がぼんやりとしているため理解出来ない。
そもそも、なんでこんな風になっているのかも蒼は忘れてしまっていた。
分かることは、自分が今居る場所は今まで見たことがない天井ということだけ。
「そーちゃん、勇気さんたちにケンカ売りに行ったの、覚えてないの?」
「あ…そ…うだ。お、れ…がまん、できなくて…」
美鳥の言葉で蒼は何で自分がなんでここにいるのかが分かった。
病院で入院していることを理解した。
その瞬間、悲しみが溢れてきた。
桃を助けるためにケンカを売りに行ったのに、負けてしまった。挙句の果てに入院するほど、ボロボロになって、二人を泣かせてしまったことがショックだった。勝つとか負けるよりも二人に心配をかけさせてしまったことで余計に自分の無力さを痛感した。
「ご…め゛ん゛」
蒼はそれだけの言葉でも精一杯だった。
美鳥が蒼から流れている涙を拭く。
「いいよ、私は気にしてないよ。桃ちゃんもだよ。ね?」
「気にするよ! 気にしてるよ、こんなボロボロになってまで助けてほしくないもん!」
「ぞ…っか…」
桃は病室を飛び出した。
現在自分の姿を見ていられなくなったことが簡単に分かった。
だからこそ桃を放っておけなくなったので、美鳥に目で合図を送る。
「分かったよ、行ってくる。後は任せて」
現在の美鳥も本当は心配だったが、全然動くことが出来ない蒼はもう泣くこと以外許されないことが腹立たしかった。
だから泣いた。
全ての感情を涙で流すかのように。
季節は秋というよりも冬に近くなっていた。
まだ十月の下旬だと言うのに外は寒そうだな、と蒼は思う。
それを身をもって味わえないので、よく分からないが、お見舞いに来た桃の姿を見ると、外が一気に寒くなったことだけは分かる。
蒼はまだ入院していた。
右腕と左足を骨折しているので、完治するのに時間がかかるらしい。
それ以外はある程度治っているのだが、一番動かす部分が動かせないというのはもどかしさを感じるばかり。最近ではそのことに慣れてきたため、どうでもいいやという状態になっていたりする。
「ほら、あーん」
「飽きたんだが、リンゴばっかり」
「定番だから食べて」
桃が今さっき剥いだばかりのリンゴを爪楊枝で指して、蒼の口に持ってきたので、拒否したが無理矢理口の中に捻りこまれる。
あれから二週間という日数が経っていた。
その日からずっと毎日桃はお見舞いに来ていた。
一日も休むこともなくだ。
どうやら桃が蒼の世話をする、と美鳥に頼み込んだらしく、これで桃の気持ちが晴れるならと許可したらしい。
いろいろ面倒を見てくれることは自由の利かない蒼にとっては嬉しかった。しかし、毎日リンゴを食わさせられるのは飽きていた。
「あのさ、そろそろ梨とか持って来いよ」
「えー、定番だから仕方ないじゃん」
「メロンが食いたい」
「私が切れないから諦めて」
「みーちゃんに頼んで、切ってもらってくれ」
「無理、お兄ちゃんの世話が私がするって決めてるし」
「ちっ、強情な奴め」
どうやら譲る気は全くないらしいので、蒼は困るばかりだった。
せめて果物を食べさせてあげたいという気持ちは分かるのだが、もうちょっとバリエーションを増やしてほしい。
でもリンゴを食わせて、満足そうに笑う桃を見ていると、冗談程度にしか文句を言えない自分が情けなく思える。
自分でシスコンだな、と自覚してしまうほどに。
「トイレとか大丈夫?」
「おう」
「早めに言ってよね」
「いや、ちょっと待て。そろそろお前が頼むのは嫌になってきた。つか、顔を赤くして聞くぐらいなら、看護師に任せろよ!」
「やだ。私がやる」
あれからずっとそれも蒼のトイレの件も桃の仕事となっている。
むしろナースにも譲らないほどだった。
一度、ナースがそのことで部屋に尋ねた時に、こともあろうか、桃はそれを遠慮したのだ。それ以降、桃が訪れてからはナースも遠慮したように来なくなった。一週間もそのやりとりを続ければ、当然といえば当然なのだが。それが蒼にとっては屈辱で他ならない。
「あのさ、お前は兄のを見たいのか!」
「別に見たくはないよ? 気持ち悪いし」
その言葉にちょっとへこむ蒼。
そこまで正直言われたくなかった。
「でもさ、美人のナースとかが来て、大きくしてたら腹立つじゃん。そういうこと」
「不可抗力だろ、それ!」
「それでも許せないの!」
「ははーん、もしかしてお前、俺のことが異性として好きなんだろ?」
蒼もなんだか腹が立ってきたので、からかってやることにした。
入院する前の桃なら、こんなことを言えば間違いなく怒るはずと予想してだ。もちろんそれで帰ってしまうのなら、仕方ないと思っている。むしろ自分を辱めた罪を知って欲しかった。
ただ、蒼は一つだけ昔と現在の桃の変化に気付いていなかった。
それは自分に正直になったということ。。
「うん、好きだけど?」
「へ?」
「だって私のために本気で両親の部屋に怒鳴り込みまでして、こんなボロボロになったんだよ? だからお兄ちゃんの前では素直になることにする」
「ちょ、おまっ」
桃はさっきより満面の笑みを浮かべていた。
今までのように悪戯な笑みではないことが蒼にとって、ショックだった。
せめて冗談と言って欲しかった。
告白するにはあっさりしたもので、自分の覚悟が全く出来ていない状態で、そんなことをあっさり言われても困惑しか出来ない。
「そういえば、従兄妹同士って結婚も出来たから、付き合うことなんて何の問題もないね」
「今までの好きは冗談じゃなかったのか…」
「うん。お姉ちゃんにも葵ちゃんにも負けたくなかったから、流れでは言ってたけどね。お兄ちゃんが本気で捉えてなかったから言いやすかったけど、さ」
桃はそのことを思い出したのか、顔が赤くなっていく。
あの頃に今のように顔が赤くなる姿を蒼は見たことがない。
そのことから桃が今回は本気で言っていることが分かる。
「左様ですか…」
「んで、告白したんだけど返事は?」
「お前、それイジメか?」
「いや、ケジメでしょ」
蒼はため息を吐いた。
こんな風に告白されれば、逃げ道なんてあるはずなんてない。この二人っきりの部屋で、ナースですら嫌がる患者のトイレの後始末を自ら引き受けてくれている。むしろあれを見られている状態で自分がもう誰かの婿になれないことは確定したようなもの。
だからこそ蒼はムードも何もないこの部屋で、桃の告白を素直に受け止め、付き合うことになった。
ただ唯一の思い出が出来たことが蒼にはちょっとだけ嬉しかった。
それは桃から頑張って、キスをしてくれたこと。
これがこの病室での唯一出来た恋人らしいことだから。
蒼はそれを忘れないように心に日記帳に書き込んだ。
あれから二ヶ月経った。
その間に勇気たちの件は解決していた。
蒼の行動も注意されたが過剰防衛とDVが認められたことにより、勇気夫婦が蒼たちに近づくことが出来なくなったということだけが両親によって知らされ、それ以上のことは何も教えてくれなかった。蒼たちもそれ以上のことを知りたくもないし、聞く気もないので、それで解決と言うことになった。
もちろん蒼も無事に退院している。
そして今日は大晦日ということだけあり、年末の大掃除を必死にしていた。
言葉を正しく使うのなら、美鳥によってさせられていた。
普段から美鳥に言われるのが嫌なので、蒼はある程度綺麗にしている。それでも部屋の隅々まで確認すると汚くなっているのが分かる。
入院していた間は美鳥か桃が軽くしてくれていたようなので、その分の手間は省ける。それだけはものすごくありがたかった。
でも今の現実を蒼は受け入れにくい――いや、受け入れたくなかった。
「ねえ、お兄ちゃん。ここはどうするの?」
桃が手伝ってくれていることだ。
退院出来たと言っても、蒼はまだケガの後遺症が残っており、まだ完全に大丈夫というわけではない。
そのため、桃が進んで手伝うことを選んでくれた。
曲がりなりにも妹から彼女へとランクアップしたことが、余計にそのやる気を上げさせてしまったらしい。
ただ部屋の掃除だけは絶対にして欲しくなかった。
「だから本棚の本まで出すなよ!」
「お姉ちゃんに言われてるから仕方ないじゃん」
「そこは聞き流せよ!」
蒼にとって手伝いと言うより、監視という意味合いが強いと感じているからだ。
そんな蒼の気持ちなど知らないかのように、本棚の本を雪崩でも起こすかのように桃は一気に落とす。
「もっと丁寧に下ろせ!」
「えー、いいじゃん。お兄ちゃんって本を大切にするタイプじゃないし」
桃は満面の笑顔で言う。
蒼はそういう意味で言っているのではない。
男にとっては定番のあれを隠してあるから言っているのだ。辞書のカバーやコミックのカバーの付け替えなどで必死に誤魔化している本やゲームなどを。
「お前、絶対分かってやってるよな?」
「当たり前じゃん。っていうかさ、もっと分かりにくいように隠しなよ」
呆れ声と共に桃は蒼の本を適当に取り、中身を開く。
どのページを開いたか分からなかったが、思いっきり桃が引いているのだけが分かる。
蒼はなんとなく気になり、心を読んでみた。
(うわー、思いっきりに中に出してる場面。こんなののどこがいいのか、分かんない。でも男の人って視覚で楽しむって言うし…ん、捨てよう)
迷わず桃は、その本をゴミ袋にぶち込む。
「って、おい! 捨てるなよ!」
「じゃあ売りに行くか。そっちの方がみんなのためになるし」
「そういう問題じゃなくて、だ!」
しぶしぶと出す桃に蒼はツッコミを入れることしか出来ない。
きっともう捨てられるか、売られるかの二択しかないのは分かっている。まだ美鳥みたいに説教がないだけ、ありがたいのかもしれないが。
「あー、もうこんな本がいるぐらいなら私がヤってあげるからいいじゃん」
「それは何のご褒美だ? 俺はいらないけど」
「だって、ここに載ってるんだけど?」
桃が再び適当に開いた本の中には足でヤられているシーン。
軽蔑されてる目が痛いほど突き刺さる。
せめて言い訳がさせて欲しかった。
それは、その作者の短編の総集編だということを。
でも言えるわけがなく、黙るしかない。
「私にもここまでの趣味ないけどさ、大丈夫だよ。されたいならしてあげる。ニーソで」
「せめてさ、お互い体験してから言おうぜ」
実はまだそういうことはしていない。
むしろ美鳥がいつもいるような状態でそんなことが出来るわけがない。
なのに、桃は恥ずかしげもなく、普通の態度で言うのだから、蒼は桃が怖かった。
「お姉ちゃんが駄目なだけでしょ、こういうのが。私は普通だと思ってるし。それに女の子の方がこういう話エグいからさ」
「その話を聞いてみたいぐらいだわ」
「うん、止めといた方がいいよ? あ、そうだ。今日は夜這いでもかけてあげようか?」
「いらね」
「そこは拒否すんな!」
「喋らずにちゃんと掃除して…っ!」
最悪にも美鳥が入ってきた。
桃の手に持っている本を見て、一瞬で般若の顔になっているのは言うまでもない。
こうして今年最後の大晦日、蒼の思い出は美鳥の怒涛の説教だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この作品も次の一人で最後になります。もし続けて読んでいらっしゃる方がいたら、もうしばらくお待ちください
誤字・脱字が多いと思います。気付いたら、再度訂正しております。まことに申し訳ございます




