入隊
「コバルトブルーの塔が長女のマリアンヌ様。彼女について知ってることは?」
騎士隊長のゴードンに訊かれ、僕は応える。
「マリアンヌ様はグリムワール王国始まって以来の才媛であります。類まれなる美貌はさることながら、その高い知性は国外からも高い評価を得ています。外交問題から国の内政まで、彼女の指導監督がもたらした国益は歴代王の中でもずば抜けたものがあります」
「うむ。そうだな。マリアンヌ様はこの国の宝で多くの国民から愛される存在だ。では、ブラウンの塔に住む次女のエレナ様は国民からどのような評価を得ているか知っているか?」
「はい。エレナ様は当第一の女剣士です。幼少の頃から鍛えられたその腕前に並ぶものはおらず、彼女の武勲を戦場で知らぬものはおりません。グリムワール王国の英雄とは彼女のことです」
「いいだろう。ちなみに、幼少の頃に彼女に剣の手ほどきをしたのは私なのだが、その話は今度にしよう。では、三女のクリムゾンの塔に住むミルフィーユ様は、その、巷ではどのように評価されている?」
ゴードンはどこか気まずそうに質問していたが、僕は騎士道精神にのっとって正直に嘘偽りなく応えた。
「ミルフィーユ様は国民から見下されております。学業はおろか武道にも一切関心を示さず、国民の生活に関わる活動はまるでしない。普段は塔に引きこもり、年々体重は増加の一途をたどり、醜く肥え太り……」
「いや、うん、もういいから。それ以上はいいから、やめてくれ」
ゴードンは一度ゴホンと咳き込み、話を続けた。
「新米騎士のアル。君のアカデミーの成績は校長から聞き受けている。成績は優秀、実技も常にトップクラスにいたそうだな。実践経験は?」
「魔獣ライゼン掃討作戦、盗賊団紅い瞳の壊滅、モーデリック遺跡の発掘に参加しました」
「ほう。あの失われた古代都市の発掘にも?」
ゴードンはメガネをくいっとあげて、羊皮紙を見つめる。テーブルの上には騎士を育成するためのアカデミーから発行された推薦書と、僕の経歴に関する履歴書、そして実技試験の結果が書かれた書類一式がある。
「学業においては何を学んだ?」
「法律です。グリムワール王国が定める刑法と民法、商法の三大法律と国際法学の諸問題に関するレポートを卒論として作成しました」
「レポートは読んだよ。正確にはマリアンヌ様が読んだのだが。いたく君の論文を気に入っていた。特に都市国家サントバハマとの交易に関する諸問題と解決策には目を見張るものがある」
ゴードンは羊皮紙を机の上に置き、メガネを外して眉根を指で揉んだ。目が疲れたのかもしれない。
「今回、騎士を募集することになったのは欠員が出たからだ。先日行われた遠征活動で、エレナ様が事故にあったことは?」
「ロッケンハルク島の件ですか?」
「そうだ。ロッケンハルク島はもともと誰も住んでいない無人島だったのだが、ここ最近、凶暴なモンスターが棲みつくようになってな。エレナ様が第一騎士団と第二騎士団、あと第十三騎士団を引き連れて遠征に出られたのだ」
ゴードンは再びメガネをかけ、ふうとため息をつく。「第十三騎士団は壊滅した」
「モンスターはそれほど?」
「いや、いやいや。そうじゃないんだよ。第十三騎士団というのはだな、いわゆる……閑職なのだ。もともとは三女のミルフィーユ様のために組織された騎士団なのだが……うむ、この話もやはりやめよう。とにかく、モンスターは第一騎士団と第二騎士団が無傷で倒した。その際にな、エレナ様が負傷された」
正直、言っている意味がわからなかった。なぜ第十三騎士団が壊滅して、他の騎士団は無傷なのだ。そして王国最強の姫君と呼ばれるエレナ様が負傷した理由もさっぱりわからなかったが、話したくない相手に、それもこれから上司になるかもしれない相手に無理やり問い詰めるのも気が引けたので、とりあえずこの場は納得することにした。
「正直な話、君ほど優秀な人材を迎え入れることを誇りに思う」
どうやらエレナ様の件は本当に切り上げるつもりらしい。ゴードンはまったく別の話を始める。
「だが、我々が現在、君のために用意できるポストは第十三騎士団だけだ。いや、もちろん君ほど優秀な人材ならばすぐに部隊長にまで昇進させることも可能だ。だが現在、この王国には人事権を持つマリアンヌ様は海外に遠征中で、エレナ様も城で療養中だ。三女のミルフィーユの馬鹿……ミルフィーユ様は政治に関心のないお方で、君を第一騎士団か第二騎士団に推薦する力はない」
「かまいません」僕はゴードンに正直に伝える。途中、変な単語が混じっていたような気がしたが聞かなかったことにした。「どのような仕事であろうと、グリムワール王国のために忠誠を誓った身であります。誠心誠意、ご奉公させて頂きます」
「うむ。そうか。君はやはり、評判通り筋の通った騎士だな。いずれ十三騎士団には別の人員が補充される。マリアンヌ様がご帰還され次第、君には別の隊への異動申請を出すつもりだ。それまでは主に雑務を中心とした仕事ばかりになるが、耐えず精進して欲しい」
「では、私は……」
「採用だ。明日から第十三騎士団の寄宿舎を君のために用意する」