3-2
憩いの場所を視界に収められる位置に頭が来た時、水仙は先客の存在に気付いた。壁に寄りかかるようにしながら、幸せそうに眠っている少女。ふむん、と唸りながらも、水仙は梯子を登りきる。足音を立てる事も無く、少女の前を横切り、己の指定席へ。場所を侵略されているわけでもなし、共存は可能との判断だ。
日当たり良好な指定席。眠り続ける少女の目の前だが気にすることはない。くぁ、と欠伸を一つ。己の身を包む制服が汚れる事など考慮せず、ごろりと横になった。後は自分の腕で枕を作れば、完璧。
「ほあたっ!」
さて寝るか、と思ったところで、眠っていた少女の声。びくん、と身体が震えてカッと目を見開いている。目が合った。
「秘孔突こうとして突かれた夢見てたんだよねー知ってる」
「………まるで同じ夢見てたかのように言い切るじゃないか」
目覚めた少女に話しかける水仙と、頬を引き攣らせながら答える少女。それきり会話もなく、じっとりとした視線を交わし続ける。
「じゃ、私寝るからさー」
「おい、待ておい。限りなくナチュラルに放置プレイとかこれは何の御褒美だ? 濡れるぞ」
「勝手に溺れてればいいんじゃないかな。めんどくさいから話しかけないで欲しいなー」
「合意の上ということか柳。その熟れた肢体を味わい尽くせと」
「首刎ねるぞー? めんどくせーやつだなー」
「物騒な発言もまた輝くな。貴様のパッション、この四法院美影に刻みつけてみないか!?」
「のーさんきゅー」
四法院美影と名乗った少女は、寝に入ろうとする水仙にまとまりつくように話しかける。どうも、この二人は旧知らしい。しっしっとばかりに手を振る水仙を見ても、美影のテンションは全く変わらない。
「合体が不可能なら会話のキャッチボールといこうじゃないか、なあ」
美影は寄りかかっていた壁から身を離し、水仙へと擦り寄ってゆく。スポーティーに短く切り揃えられた鳶色の髪が怪しく揺れた。メリハリのついた体躯は雄を誘う色香に満ちており、四つん這いでにじり寄る姿はさながら雌豹。己の頬を撫でるショートボブの髪を指先でゆっくりとかき上げる。その姿もまた得も言われぬ色気があった。
―――が。
「うっざいわー。この百合どっかいかないかにゃー」
びしっ、と乾いた音が響いた。水仙の人差し指が美影の額を弾いた音である。割と遠慮のない一撃を貰い、のけぞるように後退する変態が一匹。
「あんッ! イタ気持ちいい! でも、涙が出ちゃうッ!」
美影のやや垂れた目尻には泣き黒子が一つ。かなり痛かったらしく、冗談混じりに言いながらも目尻の涙をそっと拭っていた。
「しかし、百合だけではない美影はバイセクシャル。男だろうが女だろうがどちらでも構わん。どうだ、格好良いだろう」
四法院美影の辞書に後退の二文字はないらしい。豊かな双丘を腕で協調するかのように持ち上げながら、誇らしげに胸を張る。
「心底どうでもいいです、はい。げらうぇいひあーおーけい?」
当然見ていない水仙。眠たげな半開きの眼はそっぽを向いていた。しかし、どうにもならない状況を嫌々理解すると、寝そべっていた身体を起こして数少ない知人を視界に入れる。
「気にせず眠ると良い。だらしなく開いたワイシャツから見える谷間に辛抱堪らんが、我慢する努力はしよう。無理だと断言しておくが」
美影の視線は遠慮することなく、第二ボタンまで開いた水仙の胸元に注がれている。ブレザーは羽織るだけでタイはつけることもない水仙の姿は、美影からすれば極上の果実に違いない。
「他界他界してあげようかー。きっと気持ち良いと思うなー」
「うん? 気のせいかな。『高い』の文字が違う気がするのだが」
あっはっは、と重なる全く笑っていない笑い声と若干引き攣った笑い声。水仙の視線に押され始めた美影がじっとりと脂汗をかき始めた頃、終礼の鐘が鳴った。