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仕訳人、始めました  作者: 伊乃
第一章『ヒトゴロシ、承ります』
6/67

2-3(了)

 柔らかな問いかけに、水仙はチョコを摘みながら嗤った。


「寝室に一人、そこのなんだろう…バー?の影に一人、後はそこの使用目的わかんない部屋に一人。断られたらヤる気満々でしょー」


 ぎくり、と上泉の笑顔が固まる。少女の言う通りだった。


「上泉さんもお偉いさんだし。こんな内容話して断られたら今度は自分が危ない。保険はかけるに越したことはないもんねー。や、交渉に威圧として使ってこない所は評価しましょー」


 淡々と、少女は語る。気に入った形のチョコレートがあったらしく、指で摘んでくるくると回してからそれを口に入れた。


「んむ。まあ、心配しなくても受けますよー」


 もぐもぐと咀嚼しながら、水仙はあっさりと依頼を受諾する。対する上泉は、目の前のとぼけた少女を推し量れず、やや引き攣った笑みを浮かべた。


「…ありがたい。では報酬だが―――」


 続けようとする上泉に、水仙は人差し指を一本、掲げて見せた。


「一千万、いや一億か。まあアレを殺す報酬としては妥当かもしれん」


 腕組みし、そろばんを弾き終えたのか、懐に手を伸ばした上泉に、少女は立てた指を左右に振る。


「いやいや、一円から」


 何の気負いもなく、少女は言い放った。その意味不明の提示金額に、上泉は凍りついた。


「………一…円?」


 理解が追いつかない。リスクに対する釣り合いが、全くもって取れないではないか。


「そう、一円から。好きに値段をつけてくれればそれでいいです。―――あ、でもどうしようかな。今月ちょっとピンチだからちょっと色付けて欲しいかもー」


 確かに命に値段などつけられない。しかし、だがしかし、アルバイトと同等―――いや、母親のお手伝いの小遣い感覚とはどうなのか。全く持って、推し量れない。


「私が一円と言えば、キミはそれで働くのかね? そんなに、言ってしまえば、簡単に?」


 じっとりと、正体不明の汗を額に浮かべながら、上泉は問いかける。


「ええ、気分ですけどねー。こういうお仕事って、要するに自分の命をいくらで売れるかって話でしょ? 逆に殺されるかもしれないし、殺したところで足がついてお縄ってこともあり得る」


 チョコレートにも飽きたのか、少々面倒そうに封筒を引き寄せる。中身の分厚さに辟易しながらも、少女はぱらぱらと流し読みを始めた。


「でもほら、私って自分の命とかどうでもいい人なんで。報酬金額なんて基本言い値でいい。私のやる気があれば依頼を受けるし、やる気がなければ受けない。だから、一円からうけたままりますよ。…あれ? うけたわまります? うけたまわります?」


 資料を読んでいたらしいが、自分の言い回しがわからなくなったらしく、首を捻っている。


「そうか…」


 上泉はうすら寒い感覚を覚えた。目の前の少女は、言うなれば破滅願望があるとしか思えない。自分の命が惜しくないと言う柳水仙という少女は、ヒトとしては異端だろう。正直理解できないし、理解したいとも思えない。


「では、報酬は――――」


 安値を提示しようとして、止める。水仙の思考は、自分のやる気次第とのことだ。ならば、やる気を損なったらどうなるのか。気の向くまま、上泉自身を、食いちぎるのではないか。


「これで如何か。前金で支払おう」


 やる気になっているうちに、枷をはめてしまえばいい。一円から己の命を売れるのならば、多少高いくらいで調度良い。


「おーう。するっとポケットマネーでこんな金額が出てくるあたり、お金持ちは違いますねー」


 水仙の前に差し出されたのは一センチ程の厚さの札束が三つ。テーブルに突っ伏すように平服してから、少女はそれを無造作にパーカーのポケットに突っ込んだ。


「宜しく頼む」


 言葉少なに頭を下げ、上泉は少女を伺う。その眠たげな相貌からは、何の意思も読み取れない。わからない、本当にわからない少女だ。

 ややもして、資料を読み終わったらしい。ぽい、とぞんざいに資料をテーブルに投げながら、音も無く水仙が立ち上がる。エレベーターへと向かう少女を見送っていたが、ふいに少女が立ち止まった。


「ああ、そうそう。一応後処理はお願いしますよー。自分の命に価値はないけど、使い捨ては御法度ですので」


 振りむくこともなく、淡々と少女は告げる。


「守らなかったら?」


 戯れに聞いた事を、上泉は後悔する事になる。

 ゆっくりと振り返った少女の瞼は半分閉じられたまま。

 だが、そこから見える瞳は―――



「違約金の取り立て、致します」



 心臓を鷲掴みにされたような恐怖。

 真実、約束を違えれば少女は取り立てに来るだろう。

 自分の命に価値がないのであれば、それ即ち、他人の命にも価値がないのだから。

 言ってから、あっは、と嗤った少女は、それ以上何を語るでもなく部屋から立ち去った。

 あれは、狂っている。

 消える事のない悪寒と共に、上泉は、ぐったりとソファに身を沈めた。


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