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「何しに来たんだよー。暫く学校は休むって言ってあるだろー?」
仕方なく、本当に仕方なく、ドアを開ける。そこには額を赤く腫らした四法院美影が仁王立ちしていた。にやりと笑みを浮かべた彼女は、水仙のあんまりな対応に関しては何も言わず、スーパーのビニール袋を三つほど抱えて部屋に上がり込む。
「一人では何かと不便だろうと思ってな。サポートしてやろうと来たわけだ。ああ、心配するな。勿論泊まるぞ」
「いや帰れよ」
即座にツッコミを入れるが、当然の如くスルーされる。美影はビニール袋の他に、背中には大きめのディパックも背負っていた。有無を言わさず居座る気満々である。
深々と溜息を吐く水仙を尻目に、美影はキッチンへと入ってゆく。冷蔵庫を勝手に開け、袋に入っていた食材などを詰め込んでいった。うむ、と満足げに一つ頷き、棚に置いてあったコップを一つ取り出し、ミネラルウォーターを注ぐ。勝手知ったる他人の家、というやつだ。
「効き腕を怪我しただけで生活は結構難しくなるものだ。食事も作れないだろうし、風呂にも入れないだろう?」
ほら、と手渡されたコップを受け取り、水仙は嘆息する。確かに美影の言う通りではあるが、別に死にはしないのだから放っておいてくれても良いわけで。ぐい、と水を呷り、一言物申してやろうとも思ったが、結局止めた。追い返そうとしたところで引き下がるような女ではないし、既に準備してきたあたりもう介護すると決めているらしい。こうなったら梃子でも動くまい。
「へいへい。まー少しくらいは面倒みられてやろーじゃないか」
勝手にしやがれ、と諦めの言葉も口にする。夢見もあまり良い物ではなかったし、入浴とは言わないまでも身体を拭くくらいはしたい。髪もいつもの艶やかさは幾分損なわれているようにも見えた。
「任せたまえ。尽くすのは非常に得意だ」
自信満々の四法院美影である。家主の許可を得たからか、やおら上機嫌に鼻歌など歌いながら食事の準備を開始した。
人をあまり寄せ付けない水仙への対応を見る通り、四法院美影は面倒見が良い。しかし、必要以上に他人と接したがらない。いつも突拍子もない発言を繰り返してはいるが、それは自分に必要以上に関わる人間を減らす為だった。意味不明の言動は、傍から見ていれば楽しいかもしれないが、近づき過ぎれば毒となる。彼女は周りの反応を見ながら、距離感を調整していた。分かり易く壁を作ることは滅多にないが、絶対に踏み込ませない。
美影は必要以上に尽くす人間だった。それがついさっき知り合った人間であっても、彼女のスタンスは変わらない。自分がする事で他人が幸せになるのなら、己を犠牲にしても他人の世話を焼きたがる。
行き過ぎた自己犠牲の精神と、ヒロイズム。自分が尽くす事で他人が笑顔になる。それに快感を覚えていた。
それは断じて博愛ではない。自分は良い事をしている、他人を助けている、と自己満足に浸るそれはエゴイスティックな自己愛に他ならない。それは傍から見て異常なことなのだと、彼女はとある事が切っ掛けで自覚した。
それから四法院美影という少女は他人に深く関わる事をやめた。知人として認識するラインを極端に上げる事で、他人を他人として識別する事にした。
それは当然苦痛を伴う。
自分を抑圧する事に他ならない戒め。