3-6(了)
「………アンタも、大概狂ってるね」
流石の水仙でも、他人の人生を娯楽代わりにする趣味はない。確かに他人の命など簡単に摘み取れるが、面倒事になればなるほど労力がかかるだけで達成感など皆無。殺人に多少の愉悦を感じる事はあるが、そこに達するまでに依頼人が感じた懊悩や苦悩までも読み取る必要性などない。ただただ機械的に殺すだけ。足掻く姿に魅力を感じるなど、正気とは思えない。
呻くように呟いた水仙の言葉にも、碧眼を数度瞬かせただけ。アレクシアは水仙に背を向け、ひょいと肩を竦めて見せた。
「世の中ギブアンドテイクだ。こちらも慈善事業ではないのでね、無料で面倒事は引き受けないよ」
殺人にかかる労力に見合うだけの見返りが果たしてあるのかどうか。何に価値を見出すのかは個々人に委ねられるとは思うが、この場合はギブアンドテイクが成り立つのだろうか。全く持ってわからない。
アレクシアは言いたい事を言い終えたのか、ひらひらと手を振りながら森の暗がりへと歩き始めた。そしてそれを追うように沙織らが続く。最早水仙に用はないらしいが、結局何がしたくてアレクシアという女は此処に来たのだろうか。
仕方なく、捨て置いた白木の仕込み刀を拾い、どこかに置いたままの竹刀袋を探すことにする。程なくして木の根元に放り出してあったそれを発見、回収する。片腕が使えないため、紐を縛ることはできなかったが、収納。
「―――ああ」
何となく肩すかしを食らったような、モヤモヤするような感情を抱えて水仙が帰ろうとしたところで、声が聞こえてきた。もう面倒だから無視しようか真剣に悩んだが、結局は振り向いてしまう水仙。見れば暗闇に紛れる寸前のアレクシアが振り向いていた。
「本題を忘れていた。暗殺業など廃業して、私の所に来い。退屈はさせないと約束しよう。それと、報酬も、な」
我々は歓迎するぞ、と言葉を残しながら、満足げに一度頷いたアレクシアはさっさと暗闇に消えていった。成程、挨拶というのはスカウトも入っていたらしい。本題が一番手短とかどうなってんだ、と憤りたくもなる。というか返答は聞かないのか。
呆気に取られた水仙の目に、石動沙織の姿が映った。口元には、鮮やかな笑み。柔らかく柔和な、恐らくは彼女本来の笑顔なのだろう。
「また途中で終わりましたが、有意義な時間を過ごせました。また、お会いしましょう」
昨日の敵は今日の友、とでも言うのだろうか。直前まで殺し合っていた仲だというのにあっけらかんとしたものである。対する水仙も、ふふん、と緩い笑みを浮かべてそれに応じた。
「私も楽しかったですよー。次があれば、また」
強敵と書いて、トモ。互角とも言える闘争の果てには、同類故のシンパシーが残った。お互い満たされる事などなかった。しかし、今宵の闘争は、確かに両者の隙間を埋めたのである。
これはこれでアリな関係なのだろうと、水仙は考える。欠片も油断出来ない、殺し殺される犬猿の仲。お互いが同時に肩の高さまで手を上げ、軽く拳を作る。両者の距離は遠いが、まるで拳を合わせるかのように挨拶。二人の関係を端的に表す、一番の別れ方だった。
沙織とも別れたところで、少女は考える。取りあえず病院に行こうか。肘の腫れ方を見る限り砕けてはいなさそうだが、折れていたりヒビが入っていたりしていそうだ。入院とまではいかないだろうが、割と面倒な気がする。
そう言えば依頼はどうしよう、などと考えるが、まあいいかと思考を打ち切ることにした。依頼に期限はないし、そのうち隙が出来るだろう。それはそれ、これはこれ。受けた仕事はきっちり片付けましょう。
瞼はいつも通り半分程まで閉じている。
怪我をした言い訳は何にしよう、などと考えながら、水仙は帰路に着いた。




